‥やっと打ち込める瞬間が味わえた。
かすかな薄い透き通った氷でも、登れる可能性があるのなら
喜んでピックを刻み、引っ掛け、バランスを保ち、高度につなげた。

中アの正沢川悪沢と幸ノ川は冬季遡行の入門といえるだろう。
端的には易しいムーブの連続だ。巻きや釜が覗かれるいやらしい場面も
あったが、総合的には易しく優しい沢だ。
そしてまた、本チャンの隠れた悪さと玄人うけする渋さも併せ持っている。
夏のそれとは様相を変えた美しい冬の谷。
悪沢は小さいながら下部にCS滝を連続させ、巻きに苦労と緊張を漂わせ、
その後はザックリ真ん中が割れた60mの大滝。Vから敢えて上部はWの
ラインへ。その後は間断なくナメ滝の氷が連続する。
幸ノ川は全くストレートに滝を連続させる。20個ぐらいあるだろう。
下部は嫌らしいベルグラの巻き登りがあるが、それからがもう有頂天で
沢屋、いやアイスクライマーいや、とにかく山屋である冬季遡行者の僕らを
喜ばせる。
大滝もいつのまにか通り過ぎ、氷瀑の連なりは次にまた次にと見え隠れ
している。一体何百回バイルを振るうのか、幾つ滝を越えれば安心できる道に
飛び出すのか‥。
最高の氷の谷とはお世辞には言えないが、この時期のこの年の条件から
すれば110%の山行の内容と断言する。
文句はない。体の疲れとこの報告が喜びを保証している。
真からありがとうと中アの谷に感謝したい。

「山の持つ、奥深く冷厳なるたたずまい。
そこに向かい足音を残す僕らは流離いの旅人、の実は影なのかもしれない。
「心涼しきは、無敵」。このキヤッチフレーズは僕の愛読書の一人物の言葉だが、
言い得て妙である。
山の恐ろしい無情で無敵な力に対して、無心で挑む。そこには寒さや激流や墜落の
恐怖がある。それを心涼しきに感じるほど、精神を研ぎ澄ます。
小さな僕らが大自然の山に憧れる。
過去から幾何万と山に焦がれた人たちは流離った。僕らもそれに魅かれ誘われ繰り返
す。
旅人は永遠にくりかえす。何度もまだ見ぬ地、見果てぬ思い、それらを背負い続
け‥」。

記録:治田