南会津・楢戸沢〜会津朝日岳北壁

2005.10.8-.10
治田敬人、高田貴、石川真也、青山方子
 沢の遡行からの岩壁登攀にこだわれば、国内には幾つかの候補が見つかる。たいていのものは沢よりも壁をメインに捉えている場合が多い。だが例外もある。この南会津の只見にある楢戸沢からの奥壁はそれらとは逆に、豪雪に磨かれた険谷をメインとし最終章として小さな壁がある。壁は小柄だが会津朝日岳にダイレクトに突き上げて魅力たっぷり。その北壁と称する壁の存在は、位置する場所からも大変貴重でそれに触れた者は幾人といない代物だからである。


会津朝日岳北壁を登る
10月8日 曇り後雨。
 アプローチは苦労する。車利用だが、入下山を考えると名 案が出ないが前沢林道からの山越えのラインを企てた。なんの苦労もなく短時間で本流右岸の林道に到達。終点よりか細い山道を辿り早めに沢に降り立つ。そこは下流のゴルジュ帯で谷は浅いが、明るい小滝とえぐれた釜は洗練されており珠玉の美しさだ。第一関門といわれる6m2段の小滝は、取り付きを全身の突っ張りで近づき瀑水を難なくクリアー。その上から河原が断続する。概して滝は小さく直登はほとんど可能だ。ただ下の二俣手前の8m滝はそこそこ悪い。残置ピンのある右のカンテを登るが最上部が草付きで一歩が踏み出しづらい。カムを2発決めて一気に乗越す。
 曇り空からポツポツと雨。さらに安全な泊り場が見つからないのには閉口する。時間も迫りこれ以上は深いゴルジュの真っ只中に入り込む。石川が難儀して左岸の支尾根の高台に平場を発見。沢床より50mは高い唯一安全な場所だ。雨も強くなりタープに水が溜まる。それでも青山は焚火をするし、酒が入れば気分は極楽。対岸の岩壁が凄みを放ち、明日の遡行を物語っているようだ。

10月9日 小雨後曇り。
 気合満タンで出発。早速、左右の側壁の中にどうにも直登不能な10mの滝が現れる。ツルツルの樋状の滝に手が出ず懸垂下降で戻り巻きに入る。沢の形状と上部の状態を読み右岸を選定。一回は岩尾根を懸垂したがすぐ上に直登不能の滝があり登り返し、さらに一つ岩尾根を越えて50mの懸垂下降で舞い戻る。残置ボルトのある2段の滝は苦労しないが、その上に続く幾つかの凹状滝が手強くテクニカルだ。中でも5m滝は滑りやすく困難。治田は水線に体を入れ強引にシャワーで突破。高田は左の垂壁を微妙なクライム。後続はともにテンションのかかったザイルのお世話になる。さらにその上も高度感のある8m滝で右のカンテにザイルを張る。見た目より易しいが支点も取れず墜落は許されない。この核心部はゴルジュと滝の迫力から逃れようと巻きを選べばさらに悪い登攀に上へと追い上げられ戻れなくなるだろう。つまりは何が何でも登らないと遡行につながらないところだ。
 右より岩稜が落ちてきて沢は左折し3mCS滝を構える。だいぶ奥まで入りこんだが、どうも北壁の位置がわからない。どん詰まりまで行こうと考えていたが、この岩稜から落ちてくる手前のルンゼの奥に壁が展開するだろうと雰囲気的に読んでそこを詰める。グイグイと緩いルンゼと上部のスラブを登れば支稜に抜ける。そこからは右側に一つルンゼを隔てて広大なスラブ壁が存在する。「あれが北壁か。くそー、でもどうやって到達するのだ」と嘆く(でもその壁は目指す北壁ではないということが後で判明)。僕は以前、反対側の白戸川の洗戸沢を忠実に詰め稜線から会津朝日岳に立ったことがある。そのときの記憶では稜線の左手に壁が長く存在していた。その壁がここからは遠くに見えるのだ。
 僕らは支稜の藪こぎ登りを選ばず右側の小さなルンゼにトラバースし快適にそれを登った。やっと頂上だ、と思い稜線に抜ければ、なんと頂は右手になく左手にあるのである。はて?さっき見えた壁から頂の位置がピンとこない。頂に向い藪をこぎ始めると、左側にすばらしい空間が展開してきた。岩壁が谷底に向い綺麗な放物線で吸い込まれそうに落ちている。「壁だ壁だ。北壁が出てきたー。騙されたー」と一声。悔しいが諦めるかと口にする。高田は「とても残念で悔しいです」と睨んでくる。僕は身を乗り出し再度壁をつぶさに読む。「よし、時間も早い。下降して壁をやる。左のリッジ状側稜を下降し、カール状に降り立ち登攀だ」。そう決めれば行動は速い。ただ残念なことに青山が岩靴を忘れリタイヤ。上部は傾斜がきついのでフェルト底では不安は拭い切れず致し方ない。            
 下降のリッジは上から見ると懸垂下降があるかなと思ったが実際下ると左側に逃げられアッという間にカール状に近づいた。そこより50mの懸垂下降とクライムダウンで、スタート地点に降り立つ。壁はそこから下はルンゼ状にすぼまり楢戸沢へと吸い込まれている。
 扇状に展開する上部を眺める。登攀前なのに感動が襲う。壁全体は幅約100m、高距200mほどですっきりしている。この壁はクライマーからは見向きもされず、沢屋からも楢戸沢を含め敬遠されてきた。やっとこの舞台に立ち、こいつを攀じれる。一言「登らせてもらうよ‥」。壁に挨拶を交わし緩いスラブにザイルを引く。ノーザイルでも可能なラインの2ピッチを引いて、そこよりルンゼを横切り傾斜の強まる手前で3ピッチ終了。最後はさらに傾斜が強まる。残置の支点はなく新鮮だがスリップは致命的だ。最終ピッチのトップ高田は悠々と登ってゆく。稜線直下がW−のグレード。計4ピッチで決着。クライミングの派手なムーブもライン読みの醍醐味もここにはない。あるのは沢から岩への継続した山登りの単純にストレートで重厚な喜びだけだ。
 頂を去り、安心できる登山道を下り避難小屋に着。今宵の宴は大酒飲みのハイカーもいて大いに盛り上がる。10時間行動の疲労も忘れ、懸垂や腕立伏せ、はては腕相撲大会と夜中までバカ騒ぎが続いた。

10月10日 曇り後雨。
 一般道を下降する。振り返ると北壁が良く見え登攀ラインまで伺える。秋の一大イベントはこれで終わった。車の回収は前夜同宿のハイカーに拾われて林道歩きの2時間弱が短縮になった。

楢戸沢は珍しく枝沢のない単一水系の見本のような狭長な沢だ。スケールは中級で雪に刻まれたV字状ゴルジュの険しさと滝の登攀と巻きが妙味。北壁はスラブ壁で難しくはないが稜線に一気に伸びていて爽快。継続して山頂に立てば感慨深さで胸がいっぱいになる。

記 治田敬人

【記録】
10月8日 曇り後雨。
 前沢林道7:30〜山越えし楢戸沢林道9:00〜下の二俣12:25〜BP14:00
10月9日 小雨後曇り。
 BP6:30〜稜線13:05〜登攀終了15:55〜避難小屋16:30
10月10日 曇り後雨。
 避難小屋7:00〜車回収10:30

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