■南アルプス白峰三山[縦走]

2005.12.29‐2006.1.1
青山方子
12/28
 高尾で乗換を間違えた。高尾では前にも失敗している。引き返し、特急で甲府へ。
 甲府駅にビバーク仲間はいないのか、心細い。改札の近く踊ってる若者達の先でシュラフにもぐる。

12/29
 早朝のバスでは熟睡してしまい終点の芦安で起こされる。乗客は私だけ。運転手に見送られて、夜叉神峠登山口を目指す。
 登山口まで1時間半、芦安がペーターの村だとするとハイジの家あたりか。などと思いながら歩くうち、親切な登山者が車に乗せてくれた。ありがたい。登山口は身支度する人でにぎわっているが、ほとんどが鳳凰三山へ向かう様子。県警が登山情報を配布していて、これまたありがたく頂く。
 通行禁止の文字を横目で見ながら一人、ゲートの先を進むが、夜叉神トンネルまで行くと頑丈そうなシャッターが降りていた。通行不可?だから皆登山道を登っていったのか?茫然としていても仕方がないので駐車場まで引き返し、にぎわう登山道を夜叉神峠へ1時間登る。しかし峠から先の下りは、鹿の足跡が最新のトレース。登山者は鳳凰三山にしか向かわない。つまりトンネルは通過できたらしい。やられた。峠からの展望はなかなかよく、輝く北岳や農鳥岳がはるか高くに見え、これから降りる谷底ははるか下だ。
 またアスファルトの林道に降り立ち、あとはサクサク歩く。鷲住山を下り谷をわたった後、林道へ登り返す斜面が沢の高巻き的で、少し悪かった。スタート地点であるき沢橋まで歩けば、あとは急登をゆっくり進むうち尾根にのり、雪も増えてきてそのうち御池小屋に到着。
 今日は避難小屋泊り。小屋の内外には見たところ7張ほどテントがあった。

12/30
 ぼちぼち歩きはじめ、心地よい雪山を楽しむ。ザックの荷も苦にならず快調。吊り尾根まであがると稜線がきれいに見えるが、山頂付近に雲がかかりはじめているのが気にかかる。八本歯のコルは鎖が使えたので問題なく通過。北岳へは主稜線より手前で荷物を置いてピストン。ここまで杖できたが、風がかなり強くなってきたのでピッケルを取り出す。山頂は雲の中。バットレスの時も風が強くガスっていたけれど、半年も経たずまた来れたよ。北岳山荘には予定より早く着いたので、さらに間ノ岳・農鳥小屋へ向かうことにする。昨夜から、可能なら農鳥小屋まで進んでおこうと考えていた。晴れの予報は今日までらしく、ガスると間ノ岳から先のルート探しが難しいだろうと予想していた。
 悪天になる前に通過してしまう計算が、だんだんとガスが濃くなりはじめ、ひっきりなしに吹いている西風が予想以上に猛烈になり、高度を上げる程勢いを増し、耐風姿勢をとりつつタイミングを計らねば足を前に出せなくなってきた。そのころには、北岳山荘に戻るには時間的にきつくなっていて、間ノ岳目指して進むよりない地点だった。といっても、突風でいきなり宙にさらわれるようなことはなさそうで、強風とはいえ10秒ごとぐらいにやや弱まりその間進めるといった規則正しい状態で、左へ右へ荒れ狂う台風のような風でもない、落ち着いて慎重に行けばいい。南北に連なる稜線は東側が切れていて、道は稜線上か風上側の西側、残念なことに風を除けられる場所は全くない。吹きさらしの右の頬が凍傷にならないよう5分に一度は目出帽をたぐりフードをよせ、たまにマッサージもして感覚を確かめた。シャリバテ防止に、努めて何度かザックをおろしチョコやナッツ類を口にし、茶を飲んだ。間ノ岳を越えねばビバークは不可能なので時間も気になるが、これ以上天候悪化で追い込まれると食糧や凍傷を気にかける余裕がなくなるかもしれなく、可能なうちは最良のコンディションを保っておきたいと思った。まだ疲れてもいなく、ザックも靴もアイゼンも体の一部のようになじんで調子はいい。岩を登り降りしながら進む。晴れて風がなければ気持ちのいい場所だろうけれど、緊張の場面が続く。一度、岩に足をかけて体重移動している最中、ひときわ強い風に体とピッケルが岩にぶつかった。反動で体が投げ出され、2m弱下の雪の上に顔からつっこんだ。幸い怪我はなかった。動くのがおっくうだが、雪につっこんでいては冷えるばかりなのですぐ起き上がり雪をはらう。お茶と食糧をとり一息。それから目出帽が濡れているのに気づき、ここは一つじっくり行こうと決め交換する。強風の中でザックを開けることからして面倒くさいのだが、交換してみれば前面1/3が凍りついていた。ついでに手には薄手のインナーも追加。ここまでの作業で体の芯の芯まで冷え切ってしまったが、これがベストだと思った。
 間ノ岳は遠かった。やたら遠かった。耐風姿勢で風を待ち、10歩進んで、また間合いを計ってというような進み方の繰り返し。間ノ岳到着はうれしかった。よくがんばったよ。山頂からはダラダラの下りになった。ガスっているなか、変に複雑な地形で気は抜けないものの、まっすぐ歩ける程度に風は弱まった。
 農鳥小屋までも遠かったが予定時刻には到着。いくつも棟がある。しかし、どの入り口も閉まっている。ぐるぐる何周しても冬季小屋などない様子。がっかりだ。もちろん登山者もいない。仕方ないので最も風の弱そうな小屋と石垣の隙間にテントをはる。ところが、夜半から翌朝にかけてさらにものすごい強風となり雪も叩きつける。生きた心地がせず、ポールが折れないかひたすら恐ろしい夜だった。ゴルジュで増水とどっちが怖いだろう、と自分を慰め、調査不足の自分を呪い、万が一・・・とあらゆる想定を練りつつも、いつしか熟睡していたらしい。

12/31
 引き続き風はうなりまくり、テント全体が飛ばされそうな勢いできしんでいる。外に出れば吹き飛ばされるだろうから、今日は停滞だとシュラフにじっともぐっていた。事前の天気予報ではこれからさらに悪化するはずで、前進も後退もできずテントが壊れないことを祈るのみかと憂鬱だった。しかし用もあり起き出して荒れ狂う外に出ると晴天の霹靂、快晴だった。時計を見れば既に8時。昨日の雲とガスはいったどこに行った?日本海の低気圧、奴が早く去ったのか?奴ら2つ玉じゃなかったよな、ワナじゃないよね?全くわけがわからない。ともあれ今がチャンス、農鳥岳さえ越えてしまえば下山は確実なのだから、朝食を取る間も惜しくビスケットを頬張りながら即撤収。凍傷にそなえ顔まわりの防御は入念にする。ピッケルとワカンは風でずいぶん移動していた。
 40分後には出発、した途端に強風で小屋の前で足をとられる。5分後風にふられ岩にぶつかる。昨日より確実に風が強い。山ではいかほどか。戻って停滞すべきか山頂方向を見上げながらかなり迷う。テントと自分の耐風性を比べれば、何となく自分の方がましのような気がして進むことにする。慎重に慎重に、稜線から東へ転落しないよう、夏道には関係なく風上の西側斜面を歩くことにした。ひどい強風だが、行程は昨日より短く、快晴で見通しがきくので気持ちにも余裕がある。昨日以上に苦労しつつも西農鳥岳に到着。そして、風が消えた。唐突に終わった。元から快晴の空には何の変化もない。いきなり信じられないので、とりあえず先を急ぎ農鳥岳へ向かう。快適な稜線漫歩で無風快晴、汗ばむほど、何と言うかいきなり極楽。農鳥岳の山頂まで着けば、もう安心。大休止し、やっと四方八方の山々を愛でる気にもなる。北アルプスから中央アルプス、目の前の塩見岳、富士山、360度最高の展望。北の方まで雲ひとつない。見渡す山々でも、みんな今ごろ最高の稜線を楽しんでいるだろう。いったい風はどこへ去ってしまったのだろう?
 名残惜しみつつ山頂を下り、大門沢下降点で稜線に別れを告げる。トレースもなく途中夏道を失ったので、まっすぐ谷を下りた。谷は下るほど雪が深くなり今回初めてワカンが活躍。ここまで来ると山を降りるのが惜しくなる。時間は早いが大門沢小屋に泊ることにする。日が暮れるまで、外で富士山を眺めながら今年一年の充実した山行を思い返していた。何だか山の神様に感謝でいっぱいだった。

1/1
 小屋は快適だった。日が昇る前から歩きはじめる。ラッセルのあとを辿り下るうち、瀬を渡ったり並行したり、なつかしい水と共に歩くことになる。白々と明けてきて、足元も乳白色にはっきりしてくる。雪は徐々に減り、木々は雪も載せず空に幹を伸ばしている。小さなコルを越えると南向き斜面となり、地面が所々顔を出している。パリパリっと音がして枯葉の香りが立ちのぼる。山の上には匂いがなかったと今になって気付く。枯葉はどれも似た茶がかった色をしているが少しづつ違う。この間まで赤黄茶緑、と色も形もとりどりだったはずの落葉が、冬の今、雪の白と対比する茶という一色の集合になっている。雪の白・木々と岩の黒っぽさの2色刷り+空の色の世界から、ここで地面・枯葉の一色が追加、香りまで加わった。里が近づいてきた。雪面が小さくなり空がすっかり朝になったころ、鳥の羽ばたきとさえずりで生物の気配に満ち始める。春の国に降りてきたようだ。今度は音まで加わった。もうすぐ林道、そして集落だ。下山を惜しみながらも足取りがはやる。山の中では動物の足跡と雪と雪を載せた木々の静かな世界だったし、森林限界の先は雪と岩と風音だけだった。山を縦に旅したんだという気がする。奈良田のバス停に向かう途中、老婆に話しかけられた。雪は多かったか、風はきつかったか。また来なされと言われて、無事旅を終えたのだと感じる。バスに乗ると、山には雪がありますかと聞かれ、降りてきたんだと思う。身延まで戻れば初詣の人たち。おだやかな日和。山上とは無縁の確固とした生活の続いている下界で、今日は元旦だ。

青山 記

【記録】
12/29(快晴)
 甲府6:30-(バス)-芦安7:10--夜叉神峠東口登山口8:20--夜叉神峠9:20--10:00西口登山口--12:00あるき沢橋--15:00池山御池小屋
12/30(快晴 後 暴風の曇り)
 池山御池小屋発6:30--手前の分岐11:00-北岳11:30-分岐12:00--北岳山荘12:40--間ノ岳15:00--農鳥小屋16:00
12/31(快晴 強風後無風)
 農鳥小屋8:40--農鳥岳11:00-大門沢下降点12:00--大門沢小屋14:00
1/1(快晴)
 大門沢小屋6:00--奈良田バス停9:00

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