■朝日連峰/三面川竹ノ沢[溯行]

2008.6.1
治田敬人、高橋弘、長嶋剛、成田一實
 あの出合に集まった、つわもの3人に「これから竹に突っ込む。登るためにワイとしてはとことんやりたい。力を合わせ全力を尽くす。何かあれば言葉に出して行動しよう」とパーティの士気を高めた。確かにこれは必要なのだ。名にしおう竹の沢を前にして一歩も引かぬ決意(大粒の雨が降れば即撤退がこのときの条件だけど)が必要なのだ。そうして胸までの渡渉をグングン踏み込んでいったのだ。

 いや、前日の入山日に予想以上の雨に叩かれ、道なき急斜面の歩行の連続にホトホト疲れてキスケ沢にたどりついたのだ。連続した豪雨の下に見た本流の流れは、それはもうまったく遡行という概念を超えた、うねる龍のように荒れ狂う凄まじく増水した三面川の姿だった。まったく動けない。今日はここで泊のみ。陣を張り夜の天気に明日を賭けるとし、釣りと宴会に走る。朝方に雨が騒ぎ、ヤバイ。悔しいが戻るという話をし、茶と食事を進める。さて、明るくなると雨が止む。覗けば本流は遡行可能な状態まで減水。これはやはり賭けだ。
 僕の頭の中には、頭上にある曇天の雲は停滞前線によるもの。決してハイ&ローの気圧差が強くない、おとなしいはずのもの。一番強い雨の峠は昨日去った。これならやっぱ突っ込むべく、最低出合までは様子見だろう、と決断する。様子見とはいえ登る覚悟で向かうことに皆も異論はない。本流はゴツし。悠久の深く重い流れ、やっと竹の沢につく。これなら行けると気合をいれた。

 あまりにゴルジュだ。威圧する両側の壁が嫌になるほど続く。この竹には高橋が中流部まで、ゲストの成田が上流部までたどりつき、その上を越せず涙を飲んでいる。共に経験から河原なしの延々ゴルジュと闘う沢という。だが、やはり予想以上だ。狭く切り立ったゴルゴルの壁の間に激流が渦を巻き流れ落ちる。恐ろしいほど強烈。その行動には充分な判断を要求される。僕もマジで本気でやろう。一瞬の油断もない。何が何でもやってやると久々の闘志が溢れてきた。つまり竹の沢とはそういうとんでもないところなのだ。
 でもそういう沸騰するほどシビアな場面でも努めて平静に分析した、最後は誰も出なけらば僕がやろう、そういう意気込みと判断を絶えず下しながら歩を進めた。ただ、そういいながらトップは高橋&長嶋の最強コンビが引っ張っている状況で、僕と成田はそれを見て安全なラインを真似して動いている。
 早速、第一関門。大釜8mが渦を巻いている。自然体の高橋が飛込みの泳ぎから水流左をシャワーでナイスクリア。相変わらず強い。その後にスダマ沢着。ここは河原なく泊に適さない。過去の記録からスダマ上に泊地はあるような。これからさらにゴルゴルだ。深い青い水流と白泡にどこどこと攻める遡行が始まる。
 何度も流心を越える飛び込みをした。何度も泳ぎでジワジワ攻めた。最低進行予定のダンブチ沢も越えさらに進める。ここまではいちいち細かい記憶がないのだ。ずっと激しいゴルジュが続くとだけは確実に言える。小滝沢上部は本日の核心。右から懸垂で水流を攻めるが、最後はどうにもあきまへん。左岸残置スリングも見えるが、そこまでの攻め方の組み立てができない。泳ぎからの白泡激流の淵がどうにもならない。考えあぐね、左のルンゼから巻こうと攻めてみる。治田リードだが、これは自分でいうのもなんだが凄まじく悪かった。カム3本での支点はとったが嫌になるほどの垂壁凹角のクライム。体感で沢にありながらX+はつけたい。クタクタになって予定の三五衛門沢の少し上の河原で泊。砂地で最高のとまり場。焚火で濡れ物を乾かし、十分くつろいだ。  早朝から気合は入れているが、やはり腰から先の泳ぎとなるとちょっと辛い。だが行くしかない。魚止めの手前の大釜と滝ははどうにも水流が強く、左巻き。魚止めの滝8mはハングを華麗に高ヒロポンがリード。これは難い。後続、皆何とか這い上がり、続く釜は長嶋氏が怒涛のごとくの攻めで一気に攻略。要するにひたすら泳ぎ、滝間近の残置スリングをヒールフックでつかみ、カムをセットして切り抜けたもの。一同、良くやった、で溜飲。次に右からの懸垂で相模沢の出合だ。これでだいぶ水量も減る。小休止し力を貯める。
 この上の1m滝は、手前で成田のハンドアップで治田が這い上がり、トラバース。ヒロ&長さんは滝直下の白泡の中の岩から立ち上げクリア。この沢一番の河原といえばこれからの金堀沢手前まで。大岩魚が悠々と泳ぐ、まさしく桃源郷のようなところだ。
 だが、僕らは突き進む。金堀沢出合から右に半分の水量で減した竹をつめていく。しばらく穏やかな渓相だが、行く手にどうにもならない五段の滝が遠目に登場。近くでもどうにもならん。さて巻くか。連瀑の手前右ルンゼから巻くが、なんとなく弱みを狙い巻いていく。最後は20mの懸垂下降で舞い戻る。これで一安心と言いたいが、とんでもない。過去の遡行図もそうだが、何気ない悪場が記録されていない。次の左に曲がる滝も曲者だ。滝の左をへつり気味で登るがいやらしい。冷静にWーが一箇所だけど、うまくザイルも張れず悪いのだ。なんせトップ高橋は途中よりさらに悪い流水に降りて対岸のリッジを登ったくらいだ。
 空はうす曇で、重そうな雲で埋まる。ゴロゴロきそうな雰囲気が、足の運びを早くする。三人オナカ沢をわけ、幅広の20m滝が堂々のお出まし。空のせいと増水のせいで右巻きであっさり交わす。その上はCS8m滝。よく名に聞く滝だが、貧弱だ。左ハング壁も迫力それほどでなし。これもこの場のセオリーとおり右巻きであっさりと綺麗にやり過ごす。さらに続く連瀑も対岸に移り、左巻き。このラインも無理なく、まったく沢登りの素晴らしきを感じるところだ。その上は穏やかになるが幕地はない。先の高巻きの平坦地に戻り、宴をする。グッドスリープ。

 本日稜線へのつめ上げを目標に最後の闘いを望む。朝から気合沸騰だ。早速両岸ゴルジュの滝と淵に突撃。浸かり、シャワーでクライムを黙々とこなすが、目の前の3m滝がいやらしい。むしろその先の15m滝の方が攻めやすそうだ。釜から泳ぎの立ち上げはハングして足がまったく決まらない。果敢にもトラバースで切り抜ける。これは高難度。X+はあると思う。以下後続にはピトンをぶち込みツーポイントのピトン支点をつくり切り抜ける。案の定上の大滝は右巻きで難なく足元とする。
 さらにその上の地図上の大滝20m。これも右で小さく簡単に巻けた。ありがたし。
 さらにさらにその上の15mの逆くの字滝。高橋ヒロポンが薬中の強みか、ピトンを2本ぶち込み、最後は水流を飛ぶという離れ業でクリアだ。まだ、恐ろしきは続くかと思われたが、これで神経をすり減らす悪場はおしまい。
 あとは青空の下、ひたすら光る水がキラキラ落ちる優しい滝を登りまくる。そよ風で左曲がりのナメを越えたとき、僕は終わったと感じた。稜線まで抜けなくて終わりとは実に不遜だが、どう考えても竹の沢遡行のドラマの終焉に思えたのだ。不思議に涙も出ず、ただその美しき源頭に感動した。これを求めて、このやり切った充実感を求めて幾日も、このろくでもない愛すべき仲間と遡ってきたのだ。あれもこれもあった、皆の力を出し合って一つ一つ解決してここまで来た。感慨無量。「ああ、竹が足元になり、一つの沢として僕の体に溶け込んだ…」 あとは機械的に脚をあげて稜線。狐穴小屋で祝杯を挙げる。

 最終日もなめられない。地獄の下山だ。僕は朝起きると異常に右足の膝が腫れて曲がらなくて苦労した。無理に歩き、膝が曲がると痛いのだ。こんなことは始めてだ。だが、降りるしかない。この状態を嘆いても何の役にも立たない。ただひたすら歩く。皆よれよれでバテバテだ。傷だらけの戦士・ウォリアーだ。だが、心は満足、充実感で一杯。増水したやりがいのあった竹の沢が休憩ごとに脳裏を回る。やっとこさ三面の小屋。僕が一番乗り。というか膝が最悪でその膝のペースを守った結果だった。小屋には単独のハイカー、蒸し暑い蚊取り線香漂う中で、一言二言。共に膝が痛いという発言。彼は僕に、それではとシップを渡してくれた。その後ゴツイあの面々がドヤドヤ降りてきた。大休止し最後のピッチ。だが、山の神は恐ろしい結末を我らに与える。先の単独登山家が先行して駐車場へ向かったが、小屋の先の小沢を渡るところで、その滝頭から墜落してしまったのだ。長さんが発見し僕も覗くが、既に絶命と読みとれた。リックを浮かせ体を水に沈めていた。無念。僕らも疲れきっていたのでその場の処理はせず、急いで下り、とにかく警察へ連絡しようと一目散に行動した。
 悲しい結末は、この前のメールで会員皆に伝えた。冥福への祈りはきっと伝わると思う。

 嬉しく楽しく、苛め抜かれた竹の沢よ、本当にありがとう。さらに竹の沢の朝日連峰は山の非情さ恐ろしさを植えつけてくれた。その山に踏み入り、激しく楽しい充実した山を求めるなら、さらに僕らは謙虚になり山を勉強しなくてならない。酒を飲み、浮世を笑い、汗と努力を惜しまない。そんな山屋に僕はなりたい。

【記録】
8月31日
 奥三面P0730〜キスケ沢1330
9月1日
 幕営地0750〜三五衛門沢1630
9月2日
 幕営地0730〜左ハング壁の連瀑巻の台地1630
9月3日
 幕営地0700〜狐穴小屋1400
9月4日
 小屋0530〜道陸神峰越え三面小屋〜P1500

治田 記