■八ヶ岳/横岳西壁小同心クラック[登攀]

2006.12.16
高橋弘、青山方子
 そいつは突然やってきた。
 早朝へッデンをつけて美濃戸を発つ時には雪はなかったが、行者小屋に向かう鮎島・佐藤ペアと別れると次第に雪道に変わっていき途中スパッツを装着し、赤岳鉱泉につく頃にはなつかしい雪山の世界になっていた。ピーンと冷気が張りつめている。ここに登攀に不要な夕飯と寝具をデポするためザックを下ろし、煙草に火をつけると グググー・・・グオー・・・グエ、き、きたー
 こんにちは、ご無沙汰してました。また宜しく。
 したり顔してやって来たのはふるくからの馴染みというか、腐れ縁の"足攣りくん"だ。
 そうだ、こいつがいたんだ!今年は冷たい沢にあまり行かなかったのですっかり忘れてしまっていたよ。
 寒さ、疲労に寝不足が重なるとてきめんにあらわれる。そんなに疲れたとは思わなかったが、ここのところアイゼントレでお茶を濁しザックを担いで山に登っていなかったから、思いのほか足に負担がきていたのだろう。
 さあ、それからは目の前に仰ぎ見る小同心のアプローチと技術的不安のことは吹っ飛んでしまい、足のコンディションのことだけが頭の中でぐるぐるまわる。踏みあとがついていた大同心稜を足に負担がかからないように頻繁に立ち止まり大腿四頭筋の様子を見ながらゆっくりを心がけ登りつめると、雲稜ルートに取り付こうするパーテイが見えた。あんなぶっ立っている壁を前にして談笑しながら準備している余裕がカッコよすぎ。青山さんと自分は冬壁に登るのは初めてで(まして自分は冬の八ヶ岳は蓼科山に2回!登っているだけ)、ザック背負ってアイゼン、手袋で岩に登れるものなのか手探り状態で、あの二人の境地ははるかに遠い。ついで南稜にも1パーテイ取り付いていた。ここから小同心にむけてトラバースしていく。うれしいことに(足には全くうれしくないが)トレースは無く、ラッセルになかに時々アイゼンの前爪だけしかささらない草付きが混じったりして気が抜けない。ただし足元の傾斜はそんなに無いので、滑っても下のルンゼ源頭で止まりそうな気はした。足を労わっているうちに時間が押してきて、もうノンビリというわけにもいかなくなる。
 遠望したときは小同心クラックは一目でそれとわかる綺麗なラインであったのだが、近づいて見るとよくわからなくなってしまう。登れそうな凹角があったので、ここだろうと最初登ろうとしたところは、下山してから見てみると小同心の左脇のなんとも見栄えのしないルンゼのようなところだった。いまいち確信がもてず、再度トラバースをつづけると行き止まりになった台地に目指す取り付きはあった。"がんばりすぎているなあ"と、トラバース中、予兆はありありだったが止まるともうダメ。足攣りまくりの状態でギアをつけながら順番を話し合い、とりあえず高橋がまず様子を見ることになり、"ええいままよ"と登りはじめる。いざとなればどうにかなると思った足はどうにもならず、少しでも曲げるとグウィーンと攣りがはいるので、ヤジロベーのように体を左右に揺らしながら20センチくらいづつフットホールドを上げて行く状態で、お先真っ暗なのは眼前の垂直に伸びる凹角をみるにつけ明らかで5メーター程登ったところで岩角にランナーをとり、回復を待った。回復どころか両足にきて悶絶しながらほうほうの態でようやく取り付きに戻った。
 "大丈夫ですかー?"
 "ダ、ダメだね"
 ・・・・・
 "わたしが登りましょうか"
 "それしかないよ。お願いします"
 こうして、アイゼン本番山行の栄えある最初のピッチは青山さんに。
 "指が冷たくて岩が握れませーん。温ったまるまで3分待ってくださーい"と途中何回か止まりながらも安定した登りで、凹角から悪そうに見えたスラブ、チムニーを越えて取り付きから見えていたピナクル基部の最初のビレイポイントにたどり着いた。問題はフォローできるかだ。青山さんもそれを心配しているのはわかる。俺はもっと心配でたまらない。実はビレイポイントの台地は其処だけ陽射しが射し込んでいるところで、ビレイしながら必死に太陽光線をチャージしていたので可能性は高まった実感はあったのであるが、如何せん登り始めてみないと自分でもつるかどうかわからないのが悲しい。恐る恐る登り始める。微妙につり気味だがだましだまし登っていける。やったぜ!これなら大丈夫だ。ビレイポイントに到着し青山さんに感謝を告げ2P目はそのままチムニーに突入だ。途中ルートが二手に分かれているところは左のまっすぐ煙突のように伸びているほうを快適に登って50M近く延ばしぺツル2本打ってある安定した肩まで。3Pは青山さんが左からまわりこむとすぐ其処が小同心の頭だ。大同心はここからだと下に見え、見映えしない。一旦ザイルを解き、最後に控える城砦を、どのラインを登ろうかと偵察しながら稜をたどる。最終ピッチは40Mザイルを延ばす(ここが一番難しかった)と横岳頂上で、標識にビレイポイントを作り青山さんを迎え入れる。感謝感激雨あられ。
 出発の週に交わしたお互いに不安を告げるメール、今朝突然襲っってきたつりによる小同心取り付きでの恐怖はこうして苦笑いとともにふり返れるものになった。青山さんは"冷たくならない高橋さんの手がうらやましい"としきりに言ってくれるが、ついでにガラスの足ももらって欲しいところだ。とはいいながら足よ、お前さんには感謝してるのよ。マジ。ホント。今シーズンもよろしく!

高橋 記

【行動概要】
12月16日(土)晴
 美濃戸山荘0630 - 赤岳鉱泉0830 - 大同心基部0930 - 取付き1030/1100 - 横岳頂上1300 - 地蔵尾根下山 - 行者小屋1500(登攀用具を寺本・佐野Pのテントに下ろす) - 赤岳鉱泉(デポ回収) - 行者小屋1630

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