■白山/尾上郷川カラスノ谷[溯行]

2007.9.29−.30
鮎島仁助朗、鳥本真司(一橋大山岳部OB)
 私が目をつけたのは、「山スキールート集99」という本で、大平壁を滑ったという記録があったのを見てからである。もちろん、それまでは大平壁という言葉すら聞いたことがなかったわけだが、白山の主峰の一つ、別山に頂上岩壁があるんだ・・ということが脳裏に刻まれたわけである。さらに、「新日本百名谷」を捲れば、この大平壁の下流であるカラスノ谷を100名谷として推している人もいた。さらに興味が増していく。従い、カラスノ谷は、いつかは行きたいルートの一つとしてインプットされていった。  さて、今年の沢での目標はズバリ「白山」だった。その中でもやはり、百名谷に選ばれている地獄谷が第一候補。神出と行く予定が、天候も悪くなり、また神出の都合も悪くなり、キャンセルとなる。まぁ、これはしょうがない。となれば、カラスノ谷である。  しかし、やはり遠い。また、それほど難しくなさそうだし、これは浜松に住む鳥本を動かすしかない。っで、問題はアプローチ。石徹白から登山道を上がり神鳩小屋からブナゴヤ沢を下って、カラスノ谷にいくというものが主流のようである。「登るために下る」というのを嫌う私の本分としては、許容範囲を超えているが、しょうがないのかもしれない。まぁ納得はできないが、まずは登ることが優先だ。

大平壁を登る鳥本
 9月28日深夜、浜松に鮎島さんを迎え、自分のクルマで夜のうちに郡上に入り、石徹白(いとしろ)の別山方面への登山口の駐車場に辿り着いたのが4時半頃。しばし仮眠を取り、迎えた29日の朝…さあ!がんばる…ぞ?空はどんより曇り、しとしとと雨が降っている。天気予報では、今日は悪くなかったはずだが、雨足が強くなったので「もうしばらく寝るぞ」という鮎島さんにならってしばらくは車中で待機。やがて、雨が止み、行動に移ったのが7時過ぎ。
 樹齢1800年といわれる、東海きっての巨木、石徹白の大杉を横切り、神鳩ノ宮避難小屋まで一気に登っていく。今回の参考資料にした山行記録が、「さ、朝ですぞ」とか、特徴的な言葉遣いをしているもんだから、特に意味もなく「〜ですぞ」を末尾に付けて言葉遊びに興じながら登る我ら2人。ああ、この頃は平和だったな、と後にしてみたらつくづく思うのだが。
 赤い屋根を乗っけた神鳩ノ宮避難小屋、殊のほかに整備が行き届いており、清潔かつ快適なり。ここで一晩寝て行きたいくらいだ。さて、ここからは沢を下ってカラスノ谷と合流する別山沢出合まで降りていくことになるのだが、どこで降りていいのか探しているうちに間違って南に下る沢を下ってしまい、もう一度小屋に戻って、しばらく登山口を進んで赤テープの付いた下降ポイントまで至るのに結局1時間以上のロスをしてしまう。概して楽に下れる沢であったが、途中に2箇所大きな滝が下っており、一つは懸垂で、もう一つは巻いて下る。そのまま下ると厳しいゴルジュ帯に入るという情報があったので、向かって右を併走する沢に比較的平坦なところから移動し、出合に着いたら12時半という具合。
 ようやくここで本番。なんちゅう長いアプローチ。カラスノ谷・モミクラ谷の分岐まで、難しいところは無いのだが、越えていく岩のサイズが結構でかいところが曲者。徐々に足に疲労がたまってくるのが分かるし、ペースが上がらない。モミクラ谷との分岐を越えて1時間ほど進むと両岸の切り立ったゴルジュ帯に入っていく。このゴルジュは1箇所、空身で登る部分があったが、概して簡単にゴルジュを越えると10メートル滝。これは右から巻いて、二段8メートルの滝に始まる二つ目のゴルジュに向かおうというところで既に時刻は16時。この滝の上部まで出るか、ここで本日は終了とするか、という選択肢の中で、鮎島さんが選んだのは後者。翌日、いきなりこの滝の直登はきついといえばきついが、この滝を越えると休めそうな場所に行くのにもう1時間はかかるという見通しのなかでは、明るいうちに行動を終了しておくのが妥当と思われた。沢沿いのツェルトを張りやすそうなポイントを均して、ツェルトをセッティングした後は、泊まりの沢登り恒例の焚き火タイム。合わせて、適当に買ってきた具を鍋に入れて夕食、もうもうと立ち込める焚き火の煙がえらく、目にしみる。さて、一日目の行動はこれにて終了。ツェルトの中で心地よい眠りに落ちてゆく。

 二日目。「さ、朝ですぞ」…などという悠々とした気分で迎えられる状況ではなかった。未明に降り始めた雨がだんだん強くなり、ツェルトを叩き続ける。川が増水して浸水しないか、ハラハラしながら浅い眠りに浸かっていたが、4時半頃だったろうか、鮎島さんが「やばい、出るぞ!」と声を張り上げる。不安が的中、川が増水して、ツェルトは水の中にプカプカ浮かんでいる状態。急いで水に浸かっていないエリアに避難する。明るくなってきてから、昨日見た二段の滝を見たら、それはそれは荒々しい濁流と化している。直登の選択肢はそれを見た瞬間に霧消した。それにしても、こんだけ増水して予定通り登れるのだろうか。大雨で二日目の山行を断念した付知峡みたく、すぐ上に林道が走っているならまだしも、今回はそういう脱出方法がないから、登るしかないのは分かっているけど。朝食のうどんを食欲の無い腹にむりやり詰めて、さあ、行きますぞっ!(やけっぱち)
 濁流となった二段の滝の高巻きは傾斜がきつい上、草つきも悪く、結果として今回の沢登りで一番嫌な高巻となった。それを越えれば、沢自体増水しているものの、ぞっとさせるようなところはない。簡単に直登できるところは直登、直登が難しそうなら高巻く…つまり、ザイルは結局、巻きでの懸垂下降15メートル一回だけでゴルジュ帯を抜けると、しばらく開けた気持ちのいいゴーロ帯で、あとは沢登りというよりは岩登りの世界なのだが、大粒な岩を乗り越えてゆくのは体力的に負担が大きい。よじ登って、よじ登ったその先に、今回の山行のハイライトである、別山直下の大壁、「大平壁」が聳える。ここでもザイルは出さず、比較的楽に登れそうな、向かって左側のルートを選んで突破。稜線まで上がると、ついに一般の登山道と合流。荷物をデポして登るとまもなく別山の山頂(2,399.4m)である。悪天候のため、視界は開けず、目の前に広がるのはどんよりと重い雲ばかりなり。
 さて、問題の下山である。慣れない沢靴歩きを随分とやったせいか、登りの時点で既に爪先痛が相当なレベルになっていたから、下りはこの痛みに登りの比にならないくらいに悩まされるのは覚悟していたが、歯をくいしばっても我慢できないくらい痛い。しかも、降り続く雨で一般道も泥の道と化しており、もう滑るわ滑るわ。何度転んだか分からないくらい転びながら、三ノ峰、二ノ峰、一ノ峰、銚子ヶ峰と越えて下ってゆき、神鳩ノ宮避難小屋まで戻ってくる。小屋の中に登山客あり、しばしの雑談後に、もうひとがんばり、石徹白の駐車場まで帰ってきた。終わってみれば、困難があった割には早く降りてきた感じがする。沢靴を脱いだときのあの解放感、そして、うまい食事といい温泉。それがあるから、しんどい思いをするのもいいスパイスになるわけだ。

記:鳥本真司

【記録】
9月29日(土)
 石徹白道登山口0720、神鳩ノ宮避難小屋0850、別山沢出合1235、幕営地1600
9月30日(日)
 出発0550、別山山頂0950、神鳩ノ宮避難小屋1320、石徹白道登山口1500

【使用装備】
 ロープ(50m)各1、ツエルト

【写真】
10m滝(右巻き) 視界のない大平壁を登る

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