■北ア/黒薙川北又谷[溯行]

2012年8月24-27日 (前夜発3泊4日)
高橋・成田・佐野
 夏になると漠然と朝日方面それも三面に思いをまず馳せるのだが、4月の会山行の巻機山の雪の多さからして越後全域は今年自分の中で対象外になっていたので、この機会に黒部の谷に触れてみようかと北又谷にターゲットを絞った。
 柳又だと死にそうだし、上の廊下には日数が足りない。おお、突きあげる稜線は1,600mに満たないじゃん。よっしゃ日本の代表的な渓谷というのを見て来ようじゃないか。
 北アルプスというとGWの上高地が雪が少なかった印象が強くて、7月連休の剱の雪が多かったことを忘れていた。

 ところが出発3日前に北又林道が工事中のためタクシーのアプローチが使えないことが発覚。そもそも予備日のない計画でタクシーアプローチが誘引だったことがあり、急遽転進を考えたがこれといった対象がなく、気持ちをハードボイルド方面にシフトし且つ北又谷を見るだけでもいいやという逃げ道も用意し予定通り向かうことになった。
 2007年の鮎レポートからは困難が感じられないしオッケーしょっ。


魚止滝

大釜淵を突破する

登れなかった又衛門滝

長淵

白金滝前衛と奥に白金滝

三段の滝を人工で突破

黒岩谷手前スノーブリッジ

二俣の雪渓。この先は絶望的

上部の遡行マップ

苦悶の藪の末稜線へ

4日目。朝日とともに出発
8月23日
(西国分寺集合19:00 - 小川温泉25:00)


8月24日(晴れ)
(小川温泉発06:00 - 越路峠08:45 - 北又谷11:00 - ミズカミ谷手前の広河原16:00)


 朝から北又林道をとぼとぼ歩く。立派な舗装に虚しさはいや増すばかり。
 峠までの半分くらいたどったところで工事車の第一陣が登って来た。緊張感が走る。敵意と胡散臭さの視線が交差し車両は通り過ぎる。
 ”歩行者通行禁止”とあったので降りろと言われたら戻ったふりして沢をたどることも考えていたのだ。税金なんだからそこまで禁止しなくてもなあ。
 とにかく、文句を言われなかったので一安心。次の車両には中途半端に手を挙げてしまったが積極性が欠けていたし満車。
 4台目でとうとう成田さんが堂々と手を上げ
 "崩壊地点まであと何キロくらいですかあ?”
 と聞くことに成功。乗せてもらえませんかといわないところが感心する。荷物だけ運んでもらうことになって本当に助かった。
 一本空身で歩くと工事現場。崩壊地点の法面工事は殆んど終了間際まで来ていた。10月には予定通り通行再開できるだろう。
 荷物を載せてもらった方を見つけ感謝を告げ、そこからほど遠くなく越路峠。朝日岳の稜線が目に入る。
 石碑の脇の登山道のような踏み跡をたどってコルから北又谷に向けて下る。出だしから標高差800M近く歩いてしまったぜ。北又谷が見えてきた時には感激した。広い河原に降りて、もう幸せ。北又谷までやって来たよ俺達。思ってたより早かったなあ。

 魚止滝は5Mくらいだろうか。在りし日の10m滝の写真の迫力にははるかに遠く及ばないが、土砂に埋まった時の1mもないくらいにのものに較べればこれまた別物。落ち口へのトラバースのホールドが見た目より良くなく後続には念のためザイルを投げた。
 大釜までは一投足だが振り返ると白い花崗岩の谷いっぱいに波打つ水流が溢れ、厳しくも美しい。よく評される女性的印象は受けないけどなあ。柳又を知らないと何ともです。

 大釜はメット脱いでゴーグル装着し空身で流れに乗り、落ち口のリッジ手前でガツガツ掻いで貼りつく。リッジにはかかりのいいホールドがある。フォローの確保もし易い形状。まあ、泳ぎで突破できてラッキーだ。右岸のルンゼから簡単に巻けるようには見えなかったので。

 当初予定の恵振谷出合は泊まれる小さな河原があったが時間はまだまだ早い。
 又右衛門滝は一応取りついてみたが2回落ちて(ったってボチャンだけど。そもそも仮に登れたところで後続のザイルを張れる形状じゃない)おとなしく巻きに入る。
 成田さんにお任せで1時間20分。ザイルダブルの40Mギリギリの懸垂で谷に戻った。
 そこから又右衛門谷まではまだ結構距離があった。

   絶好の泊まり場と評判の広河原まで進んで本日終了。
 釣りに出掛け36、35、29cmの塩焼きには重すぎる3本調達。北又林道不通のおかげで岩魚は豊富だ。今年なら夢のオーバーフォーティーも行けそう。薪はそこまで豊富ではない。
 持ち寄り鍋が出来あがる頃にはもう完全にヘッドライトの世界だったが今日思っても見なかったここまでたどり着けたのでまったりとのんびり食事し、飲んだ。
 明日は間違いなく黒岩谷出合までは行けるさ。


8月25日(晴れ途中にわか雨)
(発0700 - 黒岩谷出合12:00 - 吹沢谷出合 - 宗八郎滝 - 広河原泊15:30)


 ショートの泳ぎ、ヘツリの繰り返しで一日楽しく遡行する。
 白金滝は一見して巻きたくなるが、右からへつって奥まで行くと登れるリッジがあると豊野さんのガイドで知っていたので滝前まで侵入すると右奥に意外なリッジが伸びていて楽に登れる。

 漏斗谷はさすがの貫禄をもって左岸を割って流入してくる。本谷の源頭より700m近く標高の高い長栂山2267mから流下してるということに畏怖を感じる。

 三段の滝はネイリング4ポイントで突破。これも巻かないで楽できた。
 一人3枚、計9枚ハーケンを持っていたが、アングル2本(ここでは使えない)の他は全てナイフブレードのためリスに細すぎ重ね打ち。とにかく花崗岩の白い谷にエメラルドグリーンの淵が綺麗だ。
 黒岩谷の手前に立派なスノーブリッジ。豊野さんのガイド本の写真では雪塊が転がっているばかりなのでちょっとだけ気になった。
 黒岩谷はチンケな出合いでこの谷辿って抜ける意味がわからない。が、翌日自分の不明を思い知ることになる。

 休んでいると雨がパラパラからボツボツと降ってくるけど青空の隙間が見えるし、水量も少なくなってきたしで気にせず進む。
 猿ヶ滝を左岸から簡単に巻き歩いて降りる。
 河原が続き吹沢谷出合。
 本谷を先に先に進み宗八郎滝で釣り。2匹目で”ビンビン超感トップ”(リョービの高級竿の売りだった)が持っていかれてしまって終戦。これからは煩悩から解放されて遡行に集中できるってもんだ。一匹は刺身にしてその場で栄養にした。

 2万五千図で水線の入った右岸から流入する沢の手前で幕。
 広い河原で最高の泊まり場。整地も必要ないし薪はいくらでもある。
 ここまでの順調な行程に、明日は多分下山して車まで戻れるだろうと話し、ついでに一日余るので8,000円までなら宿に泊まろうかと夢を膨らました。因みに下山して入った小川温泉元湯の湯治棟は一泊2食付き6,950円だったけど能天気な夢で終わった。
 開けた夜空に月が昇りタープのなかまで差し込む。明日は早起きして猛烈に照りつける前に稜線に出よう。


8月26日(晴れ)
(発06:10 - 二股08:00 - 稜線12:00 - 白鳥小屋17:45)


 温泉泊を目指して6時過ぎに出発。
 ちゃぷちゃぷ歩き始めると水が冷たくなった気がする。
 そうこうするうちに出発時の青い空は白いもやに覆われてあれがいつ出てくるかと緊張感が漂うが誰も口には出さない。

 河原が終わってゴルジュってくるともやの中からボーっと姿をあらわしたスノーブリッジ。
 出口の薄明かりを目指してくぐっても、すぐまた同じようなのが続き5個くらいもぐったろうか。中で泳いだのもあった。ふざけんなよ。四つん這いになって通過しているとき背中のザックが天井に擦れた時には心臓が止まりそうだった。
 潜れる代物じゃなくなってくると傾いた雪渓に乗ってハンマーを突き刺し上縁まで上り、へりにつかまってモンキーハングでトラバースしたり馬乗りになって進む。
 一旦地面に降りたところで行動食にするが寒さで皆震えていた。明るい話題は出てくるはずもない。
 ゴルジュの中なんで側面は這いあがれる傾斜ではなく、戻るのももう不能。ええ、黒岩谷に戻ってエスケープしたかったですよ。

 上部二股あたりは地形図で開けているので一縷の望みを託して前進。ゴルジュの中の雪渓は次第に大規模になり80mくらい、100mくらいと続く。
 降り口は側壁との間がうまい具合の幅で開いていたので、ただただラッキーだっただけ。漸く出口の3m2条滝で雪渓が切れて白いもやから解放された。

 やっと辿り着いた二股。
   二股から先の右俣カナホリ谷は遡行図でゴルジュっているし地形図でも狭いのでダメだろうなと思ったが50Mくらい進むと案の定傾斜の強い雪渓が切れ切れに谷を埋めている。
 二股まで戻って作戦会議。
 左俣は雪がなさそうにも見えるが稜線に踏み跡がなかったら自殺もの。二股に降りてきているリッジから尾根をたどって主稜線に抜けることにする。
 標高差450M。行く道は行くしかない。1.5Lの水を背負った。
 成田さん、お願いします。巻きとなると自然に成田-佐野-高橋のオーダーを組んできた我々だった。

 上部は灌木の空中遊泳。
 踏み外して地面に落ちると這い上がるのに消耗が甚だしい。久し振りの密藪だ。

 取りついて4時間。先頭の佐野さんの”出たー”の声が聞こえた。そう、空中戦は体重の軽い者が有利だ。
 早くそこにたどりつきたいと焦っても進めずもどかしい。やっと高橋、成田も稜線に転げ出た。

 犬ヶ岳の南の1,582Mのピーク。
 真昼の太陽はオーバーヒートした体を回復させてくれず、成田さんは具合い悪いと言って頭をっ藪に突っ込んで寝込んでしまった。すぐそこの栂海山荘で泊まらせてくれとうわごとを言っている。佐野さんは一人元気で”下山しましょうよ”と言っている。鬼だ。そんなの絶対無理。

 結局、白鳥小屋に泊まったが着いたのは夕方6時近かった。
 明朝の坂田峠までタクシーを呼ぼうとしたが、事前の情報と裏腹に携帯がつながらず、落胆と激しい疲労で暫く何にをすればよいのか判断付かず小屋のなかでボーっとなった。
 小屋には先人が一人いて、チーズをもらった。今日は日本海から登ってきて、明日からは南下して途中黒部経由で新穂高温泉まで行くそうだ。世の中には凄い人がいるもんだねえ。

 広い2階を占領し、備え付けの毛布を重ねて敷き大股開きで寝返り打ちながらぐっすり眠った。標高1,300Mの夜は毛布をかけてちょうど気持のいい涼しさだった。


8月27日(晴れ)
(発05:30 - 坂田峠06:40 - 上路集落08:00 - タクシー - 小川温泉09:00 - 西国分寺17:00)


 昇る朝日ともにに、眼下の日本海に向かって下る。
 坂田峠からは猿、猪の跋扈する車道をいくと、段々田圃と出作り小屋が見えてきた。
 おばあさんが炎天下、畑で作業している。村まではこのまま下りていけばすぐだよと教えてくれる。

   上路(あげろ)集落に到着。タクシーを呼んで小川温泉に戻った。8,200円。
 タクシーの運転手さんは富山県側の朝日町の60才くらいのおじさんだが、今年の冬は今までで一番雪が多かったような気がすると言っていた。
 ここは何もないですが風景はどこもきれいですとも自慢していた。ついでに、風呂なら小川温泉湯治棟、飯なら国道沿いの”きんかい”、観光ならヒスイ海岸と聞きそのままトレースした。
 ヒスイ海岸は夏の終わり 今はもう秋〜誰もいない海〜♪ 親不知の岬からの海は底が透けて見えた。

 いい沢、いい山、今年も充実した夏を過ごせた。
 こうして記録してないと何年か経ったら記憶してるのは雪渓の恐怖だけとなってしまうであろう。

記)高橋


 苦労するアプローチで谷に立てた時は嬉しかったなあ。魚止めでそんな気持ちは吹き飛び、気持ち引き締まったけど。黒岩までは黒部の谷を十分味わえて、余裕はなかったけど、 恐怖と開放感、山に登る労力と山にいる喜び両方で良き山でした。雪けいはしばらく見たくはありませんが。今は洗濯しながらムヒを塗ってます。
by成田


 あの雪渓とヤブで、昨日の午前中はもう沢なんて!と思いもしましたが、終わってしまえば次はどこ行こうなんて考えてしまってます(笑)やっぱ大きな谷はいいですね〜。北陸、いいとこでしたね。
by佐野




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