帝釈山塊実川の沢と湿原の旅

2015は継続遡下降の沢が続いているが、さらに第4弾。ワイの計画書にはその 山行への思いを書いている。今回は

「桧枝岐の実川上部は今年初夏に継続で赤倉沢を下降した。今回は中上流の気 になる沢をつなげて、さらに今年のシリーズである田代というか湿原を巡りまわり たいという素朴な欲が原動力となっている。 今年の湿原巡りでいかにピンポイントでそこに巡れるかは、昔ながらの地図読み だけでは難しいこともわかった。でも、それがかなわなくても行ってみたい。 藪も延々漕ぐかもしれないけど、それでもやっぱ行ってみたい。 ワイが求めるのは誰にもわかるスポーツの妙技や派手パフォーマンスでもない。 その山域や沢の内臓する魅力を最大味わいたい。理屈でなく体でだ。 年と体のガタで不安だが、甘ったれた気では向かっていない。トーマスも良いこと 言ったよ。ワイもまったく同じだ、若いときから一回一回に全力を尽くしてきた。 でも、それが山だと思っている。」

こんなことを綴ったが、天気予報は思わしくなく中日が雨降りだ。昔と違い予報は ある程度的中する昨今。でも初日頑張れば半日停滞しても遂行できる。やってみ たい気持ちが強く、一人現地入りする。

10月10日

暗いうちに自宅を出発。現地の矢櫃沢出合には7:00に着いた。冷え込みはそれ ほど強くない。準備をしてさっそく矢櫃の水に足袋を入れる。小さな沢だけど小滝 も多くそれなりに楽しめる。傾斜が緩くなり平坦になってきてからがしばらく長い。 まだか、まだかという感じだ。やがて一つ目の湿原、大丈田代に飛び出した。名の 如く実に大きく雄大だ。この時期は緑の爽快さでなく、薄茶色した晩秋を漂わす大 広場なのだ。ぐるりの稜線が見えて山の只中にいる自分を感じる。地図では南奥に も田代があるようだ。真ん中の水窪をまたぎ、やや藪っぽくなってその先にまた田代 が広がる。ここも広い。そしてこの探索は実に楽しく嬉しい。

さて、次の行程だ。既に沢地形ではないが、稜線まで笹薮を詰めていく。尾根の 幅も広く、コンパスのみでは多少不安にもなるが、何十年と地図と磁石で歩いてき た。山を見て山を感じて進みたい。

今度は反対側のゴキタ沢の緩い源頭を下る。左岸から入る一つ目の小沢が次の お宝探しの扉となる。階段状に登りやすい沢を詰めると水は伏流となり例のごと く平坦になり山犬田代の登場だ。名が何とも不思議だ。山犬とは山丈の表記違いか もと考えるが、コンパクトな愛らしい小ささだ。

そこよりコンパスを振り藪を横断するように七兵衛田代に導く小沢に乗っかる。 しばらくで、あの懐かしい風景が目の前に広がる。初夏にここに伊藤さんと訪れてい るからだ。あの時と同じ位置で休む。やはり記憶に残っている風景だ。奥まった山の 中にポツンとあるがこれまた何とも言えずいい。再訪したがおそらくはもう二度とこの 地には訪れないと思うと感慨深く寂しさもわいてしまう。

往路を戻りゴキタ沢をひたすら下る。倒木も多く多少なりとも今秋の栃木を襲った 影響もあるかもしれない。この沢は何もないぐらい何もない。いったん実川の林道に 出てそのすぐ下が本流となる。

やはり本流は大きく流れがおおらかだ。順調な足運びと三つのお宝巡りに満足して 腰を落とし腹ごしらえをする。本流のこの先にはザル滝を含むゴルジュ帯があるという。 詳細な資料はないが先達があれやこれやで行っている事はネットで拝見していた。

遡れば側壁が高くなり右折れで登れない小滝がお出ましだ。左岸から脆い小壁を登る とその先もトイ状の小滝が続く。これも登れない。そのまま右巻きでいくが、巻いた実感 として踏み跡の状況からそんなに遡行者は来ていないと感じた。

その先でナメが広がりゴルジュとなる。股までの渡渉が続く。また、小滝だ。左から小沢 が落ちている。滝壺は水量も多くこの時期の着水は勘弁だから、慎重に攻める。左から スラブをぐるりとトラバースして水流の右側をバランスで突破していく。小滝とナメはしばら く続き、河原も出てくる。

はて、ザル滝は今の箇所かなと思っていると幅広のスダレ状滝が現れた。高さは3、4m 程度だが美味だ。晩夏の葛根田支流の戸繁沢のザル滝に似ている。が、これがそれかは 不明だ。ここはどう見ても登れないが、左から小巻きで滝上に出られる。

狭まった本流を渡渉していくと目の前に嫌らしそうな7m滝が現れる。右側が急で釜がある。 先達が巻いたり微妙なバランスでスラブを登っている滝のようだ。よく伺えば左のスラブが 登れそうだ。 荷を置いてロープをハーネスとザックに結び空身で攀じる。ホールド極小だからこのスタ イルになっていまう。W級あるかなしかで抜けてロープでザックを引き上げる。

次の滝も幅広のナメ滝だが弱点がない。微妙な傾斜度なのだ。あたりは側壁も高く巻き も容易でなさそうだ。今以上に難しそうだが攻めのラインを探す。右側の水流右のラインが 唯一手足を突っ張っていけそうだ。一段上がり、左足を大股開きして水流に突っ込み岩角の 摩擦を感じてから右手に力を入れて体を上げていく。左半身シャワーでのスラブ登りだが先 のスラブより一段悪い。しかし、短いボルダリングのような勝負は一瞬に片が付いた。

その先で七兵衛田代に上がった小沢出合だ。これも懐かしさがわく。赤倉と硫黄沢の広場 までもうすぐなので足早になる。

焚き木を集め一発点火。闇が深くなると沢の流れと火が友達になる。今日の行動の満足さ に一人酒は進み、酔いに任せて歌など歌ってしまう。

行動タイム 林道P地7:30〜大丈田代10:00〜七兵衛田代12:00〜硫黄沢出合16:00

10月11日

予報通り早朝から雨降り。初めは弱かったが本振りとなる。作戦としては行程具合から 半日停滞として雨が弱くなる午後から行動して花沼湿原奥の森林で泊まるかと考える。 また、シュラフに包まるが暇だ。結局、昼まで待てず10時半に雨の中動き出す。

硫黄沢は本流の右沢を詰めて途中より花沼湿原からの支沢に入るようにする。この沢 は黒い砂利の多い沢だ。滝も幾つかあるが顕著なものは上部にあるだけ。湿原の支沢の 手前に見事な滝がある。右側壁から登り上部で水流に入り突破していく。その先で左に分か れてお目当ての宝探しの始まりだ。丁度予報とおり雨も上がりだした。

詰めていくと小湿原に出会う。地図では花沼湿原の前に二つ湿原マークがあるがその 一つだ。さらにもう一つ。名無しではあるが名はあるらしい。随分前にその資料を紛失して しまった。

ここから一段上がって本命の花沼湿原に巡り会う。今回五つの湿原を巡ったが、ここは少し 異質だ。池塘がたくさんある。さらに奥の左側には名のごとく水を湛えた沼がある。 しかし沼という字の印象からは程遠い綺麗な水に緑の水草が揺れている。まったく心洗われ る絵図である。ただでさえ誰もいない誰にも会わない静寂な山中なのに、この出会いは感激だ。 叫びたいというか、「オー、やったぞ。ワイは来たぞー」と叫んでしまう。

時は2時近い。早めに行動したおかげか赤安清水まで進めそうだ。去りがたい湿原を後に ほとんど藪のない森林帯を稜線へと道を求めて横切っていく。山道に出てからは小さな登降 を繰り返し幕場の赤安清水に到着した。水場は急な沢の源頭にあり汲みに行くとわずかであ るが細々と流れている。 ここは平坦地でいいがテントでないツエルトは張りづらい。工夫して立ち上げる。雨で体が濡れ 冷えているため着替えて、お湯割りウイスキーを胃に流し込む。じわーとアルコールが浸透し て生きかえる。何杯も汲み、酔いが回って熱いラーメンだ。いい具合に夜の帳もおり、ラジオを お供に横になった。

行動タイム  硫黄沢出合10:30〜花沼湿原14:00〜赤安清水15:00

10月12日

晴れのため放射冷却で一番の冷え込み。もう沢シーズンも終わりを告げる時期だ。濡れて いる遡行着に着替え歩きだす。昨日来た道を戻り赤安山の西の肩あたりから下降する。 笹も深くなく、一旦緩傾斜に出て濃い藪を漕ぐと朝日に輝く赤安田代が眼前に広がる。 想像以上に大きく東西に長い。陽のあたり方で周りの山とこの広がりが山水の如く合っている。 うーん、ここもいい、とにかくいい。ここでも感動の雄叫び上げてしまう。 これでお目当ての五つのお宝をゲットした。大満足だ。

最後の締めは赤安沢の左沢にあたるトヤマ沢の下りだ。出だしの緩々からけっこう急で荒れ ている中流となる。不安定なゴロ石帯が続くので足首を痛めないように右、左と少しでも良い ラインで下降する。右沢は本流だが、大石が多く右岸側台地ぽいところを選んで進む。二つほ ど顕著な滝がある。一つ目は右岸から二つ目の水流がX状のCS滝は左岸から巻いていく。 赤安小沢を右に見れば実川本流はすぐだ。

本流は紅葉の陽光の中、ゆったりと流れている。まさしく桧枝岐川の本流といってよく、実に 優雅だ。ここより少し上流に移動してほんの小沢というか窪を選んで林道に上がる。読みのと おり藪も漕がずに道に出られた。色づき始めた山腹の林道を快適に飛ばし主人の待つ愛車に 戻れた。

予定とおり三日で四本の沢と五つの湿原田代を巡った。健脚でなくても早朝行動なら二日で も行けたが、今回も時をかけて雨にも降られたが三日間でよかった。山に多くの時間を滞在で きる贅沢を味わったのだ。そして、やはりこの山域では山頂を目標に掲げるのでなく、内在する 特色の一つである湿原との出会いを大一義としたことは正解であった。そこには道はなく沢か らでしか辿れない。

行動タイム 赤安清水7:30〜赤安田代8:30〜林道〜P地11:30

追記:

正直、体力と勢いがあるときはこのような山行は組まなかったかもしれない。他の山岳 会(トマの風、沢胡桃など)の会報や情報、藤坂RGでお世話になったクライマー浅香さんの実川 全域の詳細資料など見聞してはいたが、実行する気が湧かなかった。齢を重ね腰と膝にガタが 出始めて、やっとこういう山と沢の旅が味わえるようになってきたのだと感じると、山岳活動に 情熱を注ぎ、長く歩き回っていられる自分が妙に嬉しいのだ。

(治田)