■北海道/ニペソツ東壁中央ルンゼClimb & Ride(厳冬期単独ワンデイ)[スノーボード]


【メンバー】荒井龍二

【日程】2017年2月19日(日)

【山域】北海道 東大雪山系 ニペソツ山

【行程】2:00幌加ダム⇒5:00コル(1,000m)⇒7:30三俣下部⇒14:00山頂⇒15:00滑降⇒20:00幌加ダム


【記録】

ニペソツ東壁。遠目の写真を見ると、『死のクレバス』(映画『運命を分けたザイル』)の舞台となったシウラグランデに似ている。エグ過ぎる壁なのだが、一目見て、点けてはいけない滑降意欲に火が点いてしまった。山行スタイルは、かつての成功者である故新井裕己さんと同じく、最もシンプルかつ美しい厳冬期単独ワンデイ。フルラッセルなら、さらにやりがいがあるというものだ。ただ、自分の足回りはスプリットボード。スキーと比べて機動力、「悪い場所でのここ一番」では劣る。そこは出発時間を早めることで埋め合わせるしかない。


2/16、早朝に成田を発ち、上士幌町糠平(ぬかびら)へ車を走らせる。明日2/17のアタックに備えて夕方に就寝したが、寒冷前線の発生で夜から雨。はるばる成田から来て、これか。アタック中止。

2/17、雨はシトシトと夕方まで降り続ける。夜から猛烈な風が吹き荒れ、車をユサユサと揺らす。ん~。明日もダメそうだ。

転進も考えたが、オホーツク海に低気圧が停滞し、全道的に天気は荒れ模様。唯一、大雪山系に守られた十勝平野だけ晴天の可能性がありそうだ。邪念を捨て、ニペソツ一本に狙いを絞る。

 2/18、ニペソツ方面にガスはかかっているが、糠平は晴れ。ただ、風が残っている。山の上は酷い状況だろう。2/19をアタック日とし、停滞。アタックに備えて、スキー場でウォーミングアップしたものの、完全なアイスバーンでテンションはガタ落ち。明日への不安をさらに残しただけとなってしまった。午後に風は静まったが、ニペソツ方面は相変わらずガスに覆われている。考えても仕方ない。予備日は明日しかないのだ。晴天を祈って、夕方に就寝。

 

 2/19、午前0時起床。ニペソツ方面は見えないが、糠平は満点の星。安心はできないが、とりあえずはOK。午前1時、幌加ダムに到着。出発の最終準備を行う。車の温度計はマイナス18度。「ニペソツ厳冬期単独ワンデイ」、考えるだけで憂鬱になる。極度の緊張か、お腹を冷やしてしまったのか、連続して2回下痢。

 成功のポイントの一つは機動力。装備は徹底的に軽量化する。単独だし、他の入山者はいないし、遭難しても救助までもたないだろうから、ビーコンも置いていくか悩む。でも万が一の場合、遺体くらいは回収してもらった方が家族も安心するかなと、しぶしぶ装着する。

林道出だしに数日前のトレースがかすかに残っている。ニペソツへの挑戦者の跡だろうか。消えかかったトレースでも人間の痕跡があるだけで、精神的にありがたい。なんせこの地域はかつての林業時代、いろいろとイワクのある場所らしいのだ。しかしながら、トレースは1kmほどの分岐で別の作業道へ。これからの12kmはトレースなしのフルラッセル。心細いが3時間も歩けば、夜が明ける。ダッシュあるのみ。

 昨年2016年の台風の影響で林道は部分的に崩壊し、2回ほど徒渉。標高680m付近のヘアピンカーブの当たりは、沢自体が崩れ、林道も消えている。標高1,000mのコルから下部の林道までショートカットし、幌加川を遡行。2~3回の徒渉あり。しっかりとスノーブリッジが架かっているので、そんなに神経は使わない。

過去の記録を見ると「幌加川左岸に快適なブル道があって・・・」とあるが、ブル道は自然に帰りつつあり、ルートファインディングを含め、そんなに快適ではなかった(登りはブル道を無視し、帰りは利用させてもらった)。

 

三俣直前の北尾根を1,050mまで登り、トラバースしつつ、徒渉。だらりとしたデルタ地形は、地形図上は平坦だが、実際は沢が複数入り込んだ複雑な地形となっている。ルートファインディングに気を遣うわ、標高は上がらないわ、疲れが出てくるわ、精神的・肉体的にツライところ。 

国土地理院地図(1/25,000)の標高1,310m地点の沢、中央ルンゼを詰めて頂上へアタックをかける。これが、故新井裕己さんの初滑降ラインBum's Lifeの派生ラインとなる。とは言っても、Bums Lifeはクリフジャンプを含む超エクストリームのラインなので、中央ルンゼの方がライン的には自然だ。

計画ではデルタルンゼを詰める予定だったが、1,310m付近で10時30分。デルタルンゼならタイムオーバー確実。一か八か中央ルンゼのラインに賭けてみよう。デルタルンゼが頂上からかなり右側に抜けるのに対して、中央ルンゼは頂上やや左に抜ける美しいライン。どうせ敗退覚悟なら美しいラインで攻め切りたい。

 

ここでBums Lifeがどのようなラインか、故新井氏の記録から抜粋して紹介しておきたい。

 

東大雪山系の盟主でありながら、冬期はその長いアプローチからほとんど入山者がいないという。その東側は山頂からスッパリと切れ落ち、北海道では数少ないアルパインクライミングの場となるような「壁」である。

初めて見るニペソツ山は、これまで見た北海道の山容とはまるで違い、慣れ親しんだ北アルプスの壁のようだった。鹿島槍と穂高と槍を足して割ったような感じだという人もいる。山頂はピラミッド型に飛び出ており、東大雪の盟主の名にふさわしい堂々とした山容である。

懸案の滑降ルートだが、どうやらそのピラミッドの頂点から直接滑り出せそうなラインが見える。見たところ下まで雪は繋がっている。完璧なライン。

山頂からすぐ60度近い壁が凸状に出ており、その直下はよく見えない。そこを降りると広い45度くらいの緩斜面が右に広がり、その斜面はうねるように左カーブしながら段々狭くなり最後は2m幅くらいになる。そこから先はここからは見えない。

遠くから見た感じではそこからズドンと急になって、その下は広い55度くらいの斜面が下まで繋がっているはずだ。まるでアラスカの山のようだ。

全体を通して、鹿島槍のDoze in heavenよりも確実に斜度があるだろう。

ドロップイン。始めのワンターンで、山頂直下の凸状がバサッと雪崩落ちた。

横滑りを交えてクリフの口まで降りてみる。傾斜は60度近いので雪面を掘ってブッシュを掘り出し、それを掴んで覗き込む。

進退窮まった。

登り返すにはツボ足ではムリ、クリフを降りるのも直下はハング気味。

ベストはロープで懸垂下降だろうが、今回はロープ持ってきていない。

となれば選択肢は1つ。クリフを飛ぶしかない。

ランディングバーンは55度くらいある。絶対止まらないのは確実。

 

その後、新井氏は左膝を骨折したまま、トータル16時間行動の末に下山。ちょっと想像を絶した世界だが、派生ラインとはいえ、私も自らその斜面をClimb & Rideしようというのだから、冷静に考えれば私もどうかしている。

ちなみに新井氏は比較的傾斜の緩い1,736mピークから東に派生する尾根からアプローチしているが、「強風の主稜線は完全にクライミングの世界で、目出帽をしていても鼻は凍傷」するほどの地獄らしい。中央ルンゼなら風もある程度回避できるはずだし、頂上への稜線距離も短いので、私にも勝算はある。あとは55度くらいのランディングバーンがうまく稜線まで繋がっているかどうかが、成功と敗退を分けることになりそうだ。

ここからは時間との闘いだ。ドロップのタイムリミットは15時に設定。東壁のルンゼが暗くなるのは早い。ただでさえガスで視界が悪い中、暗くなってしまったら、斜度55度を滑るのは私には不可能だ。

標高1,400mあたりからは、深いパウダーもあるが、雪は適度に締まっていて、登高には良い雪質。ドーパミンが出ているのだろう、ガシガシ標高を上げる喜びに疲労感は全く消え、パワーがミナギっている。

 

標高1,900m付近をシールで登高中、「ボッ!」と鈍い音が鳴り、雪面に「ビッ!」とクラックが入る。敗退かどうか悩みどころだ。Tomahawkさんもデルタルンゼの稜線直下、ほんの数歩のところでヒューマン・トリガーによる雪崩で敗退している。むろん、こんな場所で雪崩チェックをすることはできないが、雪質的にはかなり安定している。客観的な指標は取れないが、自分の勘を信じよう。幸か不幸か、視界不良のため高度感もない。比較的安全そうな岩影に入り、スプリットを担いで登攀を継続。

 標高1,950mあたりでいよいよルンゼは細く急峻になり、岩・氷・雪のミックス壁となる。目視する限り、雪は稜線までしっかりと繋がっている。雪付きさえ良ければ、稜線に抜けられそうだ。ダブルアックスなら板を担いだまま登れるだろうが、軽量化のためスコップの柄に取り付ける簡易的なアルミピッケル1本しかない。この装備で板を担いで登ることは不可能。板をデポし、一歩一歩、一手一手、探るように高度を上げる。帰りのクライム・ダウンは死ぬほど怖いだろうが、ルンゼは細い扇状に広がっているので、滑落してもきっと標高300m下あたりのパウダーで止まってくれるので死ぬことはないだろう。たぶん。あとはケガの状況が生と死の分岐点となる。

 

ちなみに、今回のアタックは、軽量化を最優先にしたため、十分なビバーク装備はない。ツエルト、ピッケル兼用のスコップ、薄手のダウンのみ。出だしの気温はマイナス18度。時計プロトレックに内臓されている温度計は計測不能のため、今が何度なのかは分からない。日中の気温上昇はあるだろうが、スタート地点から1,400mほど標高を上げている。太陽はおぼろげにガスの合間から見え隠れしているが、その恩恵を受けられるほどではない。ルンゼの中でも風は絶えず吹き付け、時に引きずり下ろすような強風が来る。体感温度はプラスに見積もってもマイナス25度はいっているだろうか。自分のビバーク装備は生き残れることを保証してくれない。生き残れるかもしれない「お守り」みたいなものだ。

稜線直下の雪庇はさほど大きくはない。むむ。ツキにツイている。稜線は常に耐風姿勢が必要になるほどの強風で、ほぼ四つ這いで進む。もし板を担いでいたら、山頂まで行けなかっただろう。

 

頂上を踏み、即下山。地獄のクライム・ダウンも終え、滑降の準備を始める。周囲は相変わらずガスの中で視界は100mほど効くが、斜度や凹凸はよく見えない。絶望的な状況ではないが、私の滑降テクニックではかなり際どいシチュエーションだ。14時50分、タイムリミットまで残り10分。

ここまで、ギリギリ登れるラッキーが続いていてくれた。いくつか例を挙げても、おぼろげでも消えない太陽や、極度に悪化しない50m~100mほどの視界、クラストしていない雪、最終ルンゼに残された雪など、どれか一つでも欠けたなら登頂はできなかった。まさに「神っている」。冷え切った指をさすりながら「ニペよ、頼む!頼むから視界をくれ!!」と、激しく心の中で叫び続ける。15時ピッタリ、計ったようにガスがス~ッと開け、「生」太陽が出てきた。あまりに出来すぎた演出に、思わず涙が出る。

が、感動も束の間、すぐに絶望の淵に陥った。視界が良くなったことで、自分が完全に壁の中にいることがリアルに分かってしまったのだ。傾斜55度は感覚的には垂直。心臓バクバクの足ガクガク。こ、怖ぇ~。アドレナリンが大量に分泌されたのであろうか、もう一人の自分が冷静に語りかける。「最初の1ターンで止まらなかったら、ケガはするだろうが、おそらく死ぬことはない。たぶん300mほど下のパウダーで止まる。しかし、この一瞬の晴れ間を逃したら、クライム・ダウンで降りることになる。そしてこの傾斜の恐怖にとらわれてしまった以上、滑り出しまで相当な時間と体力を使って標高を下げることになる。それはこの壁でビバークになる可能性が極めて高く、ツエルトと薄手のダウンだけで耐えられる状況ではない」と。そう、滑降することが最も安全な方法なのだ。方針が決まると、心臓のバクバクも足のガクガクもウソのように消えていく。さらに異常に集中力が高まっているのが分かる。滑降ラインの全てが手に取るように頭の中にインプットされてくるのだ。

 

小さく1回深呼吸し、静かにドロップ。最大の核心、最初の1ターン。テールがバフッと雪を捉える。よし、生還できる。そして、細いルンゼを高速ショート・ターンで落ちるように超え、斜度45度ほどのバーンを快適に滑っている矢先のこと。

フェイス・ショットで視界を取られた次の瞬間、氷化した小さいデブリと衝突し、数メートル、ぶっ飛んでしまった。安全な着地は100%無理。雪崩れないように祈り、次の瞬間、背中にバンっと衝撃。何回転かして止まった。パウダーだったことが幸いし、20mほどしか流されていない。まずは手足のチェック。ちゃんと動く。よしよし。装備のチェック。ザック、手袋もある。なんと、ちゃんとゴーグルまで着いているじゃないか。気を取り直して、再滑走。ナチュラル・メイドのハーフパイプに導かれ、デルタ地帯へ滑り込む。ここまで来れば大丈夫。往路のトレースさえ見つかれば、日が暮れても帰れる。

 

 一息ついて、とてつもない疲労を感じる。思い返せば、行動開始から13時間ほど、一度も座って休んでいなかった。止まるとすぐに体が芯まで冷えてしまうものあるが、極度の緊張、恐怖の連続で脳内麻薬が分泌され、あまり疲労を感じなかったのだろう。

極度の疲労で体が動かない、数十歩あるけば喘いてしまう始末だ。水を飲んでいないからだろうか、いくら行動食を摂っても体力が回復しない。今回、水は2リットル用意し、1リットルは登り用にナルゲンボトル、もう1リットルは予備+帰り用に熱湯を魔法瓶に入れてきた。ナルゲンボトルは懐に入れていたが早々に凍り、魔法瓶も1/3ほど凍っている。沢の水を使う手もあるが、エキノコックスへの感染を考えるとそこまでのリスクを負うほどの状況でもない。エキノコックスは煮沸すれば死滅するらしいので、小さいガスを携行するのが正解だったか。しかし、軽量化最優先ではガスは贅沢品だ。ないものはない。潔く諦めよう。往路のトレースがあれば、復路はかなり楽になる。

 10分ほどウロウロし、うっすらとトレースらしきものを見つける。自分が刻んできた軌跡は、雪と風で数時間のうちに「うっすらとしたトレースらしき」ものになっている。ルートファインディングの負担は軽減されたが、再度ラッセル。普通だったら落胆するところだが、もはやそれもない。どうやら「無」の境地に達しているようだ。

 ふとニペソツを振り返ると、ガスが山頂を覆い始め、また天候が悪化してきている。晴れたわずか30分、ニペソツからの最高の贈り物だった。踵を返し、「ありがとうございました」と深く一礼。林道へ向けて重い体を引きずるようにして歩き出す。

 

 20:00幌加ダムに到着。不思議なことにニペソツ東壁中央ルンゼをやった感動も、18時間行動の充実感も、帰ってこられたアリガタミも、何もない。長い長い夢から覚めた後のヒドイ倦怠感に近い。


 「ニペソツ東壁中央ルンゼClimb & Ride 厳冬期単独ワンデイ」。今までで最も「激」なヤマだった。そして、自分のヤマ人生の金字塔となるだろう。

入山にあたり、林道の状況など有益な情報をくださりました「ひがし大雪自然ガイドセンター」のスタッフの方々に深く感謝申し上げます。


写真は「横沈日記」より拝借(写真の使用許可をいただきました)。

 


右側が通称「デルタルンゼ」。



赤ライン:今回のClimb & Rideのライン
青ライン:故新井氏のBums Lifeの滑降ライン


 

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