■南ア/尾白川北坊主沢&尾白川滑滝沢[アイスクライミング]

2003.12.28-.31
治田敬人、佐藤益弘、石川真也、鮎島仁助朗
 年末はやはり氷のビッグルートをそれなりにやりたかった。会の所要メンバーの何人もが欠け、ルートは定められずにいた。新人の石川と鮎島を組み入れた山行を何とか立ち上げたいと思っていた。数回のアイス練習を兼ねた山行のあと、中級のそれでも相当に苦労し楽しめるだろう山行を企てた。上記2本のアルパイン系アイスの継続と甲斐駒への登頂である。ただ、計画は過去の実際の記録からメインを滑滝沢とし北坊主は時間的に余裕、つまり初日の行動如何で組入れることとした。
12月28日
 黒戸尾根から五合目小屋に至り、黄蓮谷に下降する。何回か来ているので、スムーズに下降が出来る。本谷に降りれば、雪も少なく今までにない甘い結氷状態が一目瞭然。
 早速右岸沿いに尾白川へと歩き出すが、かすかなトレースは坊主沢までで後は、沢を渡ること数回、最後は右から懸垂で尾白川の出合に立つ。計画以上の早い時間で更に歩を進める。滝や深い釜もあり、まさしく冬季遡行の趣である。特に雪に隠れた釜や淵のようなところは賭け的でとても嫌である。しかし、行くしかない。自分の行動を信じ足場の一歩に祈りながら、左に右に弱点つきながらやっとこ北坊主の出合近くに着いたので、泊ることにした。花崗岩の合間を縫った水は美味く、これからの山に乾杯しウオッカを流し込む。

12月29日

北坊主沢を登る
 昨日の行程具合から今日は北坊主を登る。出合までは近いものの結構時間がかかる。見上げる滑め氷はそれだろうと感じるものの今ひとつ確信がもてない。少し進み圧倒的な西坊主のF1を確認してからそこに荷物をデポし、戻って登ることにする。
 ザイルパーティは治田・鮎島、佐藤・石川で組む。
 緩い傾斜だが、落差も出てくるのでアンザイレンしF1を登りだす。スラブ状でまったく易しいが楽しく登れる。3ピッチで終え、それ以降はザイルは張るものの細かい支点を取らず大雑把なスタカットピッチでF2基部までやり過ごす。このF2がすばらしい。厚い氷で緑色、がっちり形成された大滝は見ごたえは十分。傾斜はかなりあるように見えるが、実際取り付くとそれほどでもない。しかし、ここで僕らは見事にだまされた。それはスケールの読み違えのためのザイルピッチの誤算であった。
 立ち上がり基部まで1ピッチで、その後は50mで抜けるだろうと読んだがとんでもない。その後まるまる2ピッチかかりF3に出たのである。長いために特にフロントポイントでのふくらはぎである下腿部が非常にきつくなる。ただ、全員支点取りのスクリューはエクスプレスなので早く確実でそれに手間取ることはないので安心である。
 ここで下より1パーティが追いついてくる。スピードもあり、丁度僕のビレイ地点にやってきた。目出帽とヘルメット姿でも、どこかで見たことがある人だなと思っていたが、あちらより声がかかりお話をすると案の定、YCC・プロガイドの長岡さんであった。毎年北坊主には来ているという。それにしても50歳であのスピードは凄い。
 ローツェの登頂や谷川3スラの単独、その他ビッグルートの数々、フリーも12は登るという。セカンドの女性も安定しているし、本物のクライマーを見たような気がする。
 緩傾斜を経てF3へ。ここでも距離感がだまされ、2回ビレイ点をずらし、鮎島さんに核心部分を抜けてもらう。まったく50m伸ばしてもらっても、目標地点にまでちっとも届かないのだ。西坊主の壁の基部手前で終了とする。時間的に下降を考えるとリミットとなった次第である。ここまでで各滝のつなぎ部分のピッチを除いて9ピッチ、出合からザイルは解くことなく登り放しである。
 下降はダブルザイルで木の支点とアイススレッドによる支点の2回の懸垂でF3の基部へ。そこより左岸尾根にトラバースし急降下。弱点つきで攻めるが時間切れとなり、最後はヘッドライト着用で空中懸垂の連続3回で尾白川に戻る。
 しかし巨岩帯で暗くてはとてもまともに下れない。ライトの照らす範囲では地形判断が難しく目の前の空間が10mか3m切れているかはっきり確認できない。安全のためさらにチョクストンを懸垂し、やっとこさデポ地に着いた。
 しかし更にアクシデント。佐藤のアイゼンの片方がなく、ライトの不調からどこでなくしたかわからないという。探しに行くがこの闇のなかでは時間が喰って無理と考え打ち切る。
 今日の行動から明日以降の行程を再考することにした。すなわち北坊主で時間がかかりすぎたこと、滑滝沢はさらにピッチが長く、また全装備担ぐためスピードアップは図れない、また致命的に佐藤のアイゼンがなく登れる以前の大問題が発生している。
 まあ、ともあれ、明日の捜索に希望をかけ、今日は今日の成果を楽しみ、酒に酔う。
 北坊主沢、総合グレードを言えるほど僕はまだアイスを登り込んでいないが、ピッチグレードはW程度。ここいらでは入門向きというが、実にすばらしいお勧めのマルチピッチのルートだろう。

12月30日

滑滝沢を登る(奥は大滝)
 早速アイゼン探し。昨日の夜に行動した所を雪を掘りながら探す。30分は経ったろうか、もうダメだ嘆いたときに、最後の佐藤の「チョクストン覗いてくれませんか」一言。
 懸垂した岩溝をそっと身を乗り出し伺えば何と黄色い紐の部分のみが雪から出ているではないか。やっと見つけ出せた。行程の継続開始である。
 しかし、その数分後に今度は石川が釜というか深みに両足を取られてしまう。僕が見た限り一瞬であるが膝上まで入ったような気がする。下まで濡れていれば無理に登攀しビバークとなれば凍傷の可能性も考えられる。皆の行動をストップさせ、濡れ具合を確認していく。幸いなことにアウターも新しいせいか、被害は靴の表面程度で下着と靴下までは達していなかった。また、これで行程が続けられる。
 巨岩帯は巻いたりで体力も使うが、滑滝沢の広大なアイススラブが目の前に広がれば疲れも吹き飛ぶ。昨日と同じザイルオーダーで登攀開始。
 ここで僕らはこのすばらしきアイスルートに心と体を奪われながら登る事になる。F1は幅がとてもひろく急な段差が2箇所ほどある。緩いスラブの氷から硬い氷床へと何百mと続く。左のバイルを打ち、右を打っては両足を蹴り込む、無心でただ同じ動作を繰り返す。筋肉の疲れとアドレナリンで僕らは酔ってバランスを崩してしまいそうだ。
 ここで既に昨日の北坊主をはるかに超えたルートであると体感する。
 だが、この沢の妙味と絶品差は、その上につながる、緑色の巨大な大滝の存在にある。厚み幅とも堂々の風格。段差と傾斜に変化が多く、まわりのスラブ壁と相まって美しくもある。
 そうそう景観で言えば、対岸の烏帽子の尾根から落ちる幾つもの数百mのスラブ壁も凄まじい。大氷瀑もかかり、それこそ、この目で見たもの以外にどう迫力を説明しろというのか。
 さて、僕らは昨日に続いて、でかすぎる大滝に距離感がだまされ、目一杯いじめられることになる。グレードはWぐらいだが、延々と続くのでとにかく疲れてしまうのだ。
 つるべだからセカンドで50m登ったあと、リードで50m伸ばすわけである。これを何回もやらされる。いつも後半は下腿部がヒーヒー泣いてくるほどだ。
 4ピッチで大滝を越えるが、まだまだ氷は続く。はじめは大滝が延々と続くのかと思ったが傾斜の違いから滝頭より最後のナメ滝に続いている事が判明。
 ここから次のいじめが始まる。硬い氷から表面を水が流れる甘い氷に変化し、ピックが簡単に決まり登り易いのだが、ビレイの点でザイルが氷の棒になり、確保器を通すので腕と肩がパンパンに張ってしまうのである。まあでも、それも余興の一つ。氷を登れる喜びは変わらない。
 最後の緩いアイススラブを登り切れたとき、久しく全身が感動した。まさに文句のつけようのないアイスルートだ。合計12ピッチ(滝のつなぎピッチ除く)でアイスのマルチピッチとしては僕の経験した最高のものだろう。決してグレードは高くはないし、体がのけぞるピッチもない。だけど、総合的なアイスルートとしてのすばらしさはまさに絶品といえる。
 もう何もいらない‥‥何も求めない‥‥感無量‥‥この余韻がいい。
 後はつめの氷床とラッセルをこなし2500mの坊主中尾根付近に泊る。

12月31日
 甲斐駒への頂に向けて這松と雪のフカフカ斜面をひたすら登高。今日は雪雲が垂れ込め、風雪。山頂付近は西側からの風も強くルートがはっきりせずに難儀する。
 カタツムリのように攻めて甲斐駒の頂を足もとにする。あとは膝がガクガクになる黒戸尾根の下降だけだ。ストックの杖をつき、齢40半ばのガタのきだした体をいたわりながらなんとか駐車地に戻れた。

 天候も味方し、何とか尾白川水系の北坊主の沢&滑滝沢のアルパイン系アイスの2本を継続した甲斐駒登頂は成功した。各ルートの奥深く位置する条件、アイスの中味、下降などの問題点、そして メンバーの息が必要とされる総合力を要求される山行だった。
 たび重なるアクシデントにめげずに完登したことに、胸の内にずっしりとくる何かが響く。
 まったく、文句のない、まさにぴか一の氷の殿堂を堪能した。
 奥深く位置する条件、アイスの中味、下降などの問題点、そしてメンバーの息が必要とされる高度な総合力を要求された。
 アクシデントも幾つかあり、ヘッデンの下りやアイゼン紛失、釜へのドボンなどもそのつど山行断念も口にしたが、どうしてもこなしたい一心から行動につなげ、近年にない大ヒット山行となった。
 内容は北坊主9ピッチ、滑滝沢12ピッチ(共にコンテピッチ除く)で凄まじい氷の連続。各沢は中間に核心の大滝があるが、緑色で幅広の厚く凍ったそれは強く存在を誇示する。僕らの魂を揺さぶり、登攀への熱い気合いが沸騰してくるほど。
 でかいために距離感がだまされ、登っても登っても氷が切れず、本当に嫌になるほどそのルートの良さを体感した。
 天候が味方したのがありがたく、連日の暗くなるまでの行動で体はボロボロ。でも、充実した気持で新年を迎えることができた。
 今年も僕は、どれだけ山が出来るかわからないが、一発一発の山行にハートを込めて、腹に染みる山を狙う。

治田 記

【記録】
12月28日
 竹宇駒ケ岳神社7:00  五合目11:30 黄蓮谷13:00  尾白川14:00  泊り地16:00
12月29日
 発6:30 北坊主スタート8:00 F3下降地点13:30 デポ地18:00
12月30日
 発7:00 滑滝沢9:00 登攀終了15:30 坊主中尾根17:00
12月31日
 発6:50 甲斐駒10:00 竹宇神社14:30