■南ア/池口沢[溯行]

2003.11.3-.5
治田敬人
 南ア南部の池口岳は、だいぶ俗世間された山になってはいる。でも、その目立つきれいな双耳峰へ、僕の憧れは変わらずにあった。そしてまた、その切れ込んだ沢への渇望も絶えず喉の渇きを求めるように心の奥底に漂っていた。その理由は、20年近い前に深南部の山並みの感動を覚えたから。
 黒き樹林の山々、一癖も二癖もありそうな個性溢れる山の連なり。そしてその谷は深く長く険しく、容易に人を寄せ付けない、そんな印象を僕に与えてくれた。春の5月に三伏峠から光岳まで、一人で縦走し計画 の山旅は終わったのだが、目の前の山塊のうねりに魂が揺さぶられ、 心の山は「これからだ」と僕につげた。僕の惚れた山はそこいら中にある。だが、南ア南部の沢は雪国の沢に入る前の連泊の沢として、年一回程度こなしている。
 この秋、気まぐれに、でも期待して深南部の前衛ではあるが、池口沢から池口岳への沢旅を試みた。仲間も誘ったが誰も入ず一人。結果から言うと、沢は易しく、そしてとても優しい。体感したグレードは1級上程度。でもなぜかお勧めだ。
 池口集落のどん詰まり、人の気配はあるが寂しい居宅の脇を過ぎ、開拓者の墓に一礼をし入山させてもらう。
 すでに廻りの小山間地の平地を慣らした田畑は手を付けていず、植林も荒れているようだ。この時代にあって、このような里に近くても文明から隔絶した地は必死に生きることだけが要求される。ぬくぬくの生活をしている僕にはここの歴史と人々の感情は、とても計り知る事はできない。知ろう、わかろう、理解しようとしても、それは都会の人間に対して絵空事の想像上でしかあらず、何をか言わんや、ただ推して知るべしだ。
 下流部は黒いゴーロの河原続き。少し人臭い。中流部から小滝小釜が連続する。洗練された淡い青い水は、素直にとても美しいし、きれいだ。
 黒ガレの出合の一支流を過ぎるとゴルジュが始まる。最狭部と思われる箇所はゾクゾクする。淵の深さ、流れ、その先の滝の状態、廻りの壁のようす、木の繁茂、瞬時に嗅ぎわけ、自分の力とやる気とコンデションを計り、行動を決断する。それが心地良い。ヨッシヤ泳ぐかと読んで浸かれば、胸までの浸かりで小滝手前の側壁に立ち上った。僕の岩への手のまさぐりが鈍る。さて、進むにはかなり無理がある。水線突破で通過するにはその現在地からツーポイント以上の人工支点からの振り子トラバースでどうにかなるような?である。とても一人では無理があるし、そんな登り方は不釣り合いなので、定石通り、左より小巻きの10mちょいの懸垂でやり過ごす。
 あとは苦労するところは何もない。自然に足を進める。二俣までも良い幕地が腐るほどある。でも僕は二俣に一夜の宿をともす。薪もこれまた山ほどある。  明るいうちから酒と山と谷に浸る。何もいらない。何も求めない。ただ、今あるを感じ、ただ今ある山の空気を味わい、酔うだけだ。薄暗くなれば、いよいよ山の魑魅魍魎の妖気が漂いはじめ余計 なにやらうれしくなってくる。昨年痛めた腰は今日も張ってはいるが、でも一日十分、応えてくれた。もう肩に食い込む荷は担げそうにない。
 もっと山やっている奴、もっと山ガンバしている奴はゴマンといる。僕には僕の求める山でかなり正面から向かってはきたが、満足しているかといえば、イエスとはいえない。もっともっとの欲はある。気負いはともかく、山に沢に焦がれて、挑み、何かを感じながら、そして登る。単純にこれがいい。嫌だけど負けて敗退も勉強になる。いかにふがいないか、たたきのめされて、いいのだ。山に勝てるわけはない。

 ガイド集の記録ではつめは沢筋から逃げろと記されている。でもどうみても 僕には「このまま進め」が得策に感じる。ガレだが歩きやすく、滝まである。
 最後まで水線を求めれば地図上の北峰と南峰の最低コルに導かれる。藪もなく苦労はいらない。ただ、本流筋と見間違うガレ場に入らずに最後の 二俣を左に入いらなけれザレ場で苦労するかもしれない。
 稜線からは、すばらしい山の肢体の連なり。信濃俣、黒法師、大無間あとはしらない山々。北峰に20分寝転がり、陽光を浴び、訪れた喜びを感じる。
 南峰で40分、他のハイカーと談笑。おすそ分けをたっぷりいただき、僕は悦に入り、池口の沢の良さ、南部の沢の話を披露する。
 西尾根を下り、黒ガレのピークで今日はおしまい。ここは視界もよく低い笹の頂で、日暮れる山と対話するのに丁度良い。もちろん、ツェルトには入らない。外で池口岳の姿を見ながら酒を流し込む。<中ノ尾根山から梶谷川の下降などもついでに眺め、逆河内の計画や加々良沢やリンチョウの遡下降の計画も連想する。いったい僕は何回くれば満足した足跡を残せるか。他の山域を考えると 何年かかるか不明だが、もし亡くなったとしても、亡骸の魂で登りたい。

 今年は15本の沢が楽しめた。いつも雨に叩かれ、天気にいじめられたが、それもまた一興と背伸びしたい。各々の山に浸る最良の形が沢登りだと思う。これからはまた、変幻する冬の沢、氷の連瀑に心躍らせようと思う。
 やはり、でしゃばらず、静かにコソコソ登る。ギャラリーは求めない、むしろいない方がよろしい。静かに眠る凍てついた氷の滝は、夏の流水とはまったく別人の装いだ。そしてそこにそっと足跡を残す。沢の隅っこに泊まり、ブルルッと放尿 たれて星屑の下、眠る。天上天下唯我独尊、文句あるまい。

記:治田

【記録】
11月1日
 池口集落9:20〜二俣13:40
11月2日
 8:20〜 稜線11:40〜池口南峰13:10〜黒ガレ15:30
11月3日
 7:40〜大島10:00〜 和田11:00 
  (アプ車利用なら2日でも余裕でやれる)

山登魂ホームへ