頚城・海谷山塊/千丈ガ岳南西壁・右岩壁第2スラブ

2004.7.10
鮎島仁助朗、神出直也
 千丈ガ岳南西壁第2スラブ。それを昔の「岩と雪」の地域研究で知った。しかし、読めば読むほど行きたくなるルートだ。なんと言ったって、1つのルートとしては日本最長の部類に入る登攀距離820m!また、少なくとも南西壁の初登ルートである離れ菱よりもラインが格好良く見える。よく海谷の岩場は“脆い”という形容詞だけで片付けられていることが多いが、そんなの実際に触ってみないと分らないし、そもそも800mの魅力と比較すれば岩場を敬遠する要素としてなり得ない。
 そう、少なくとも鳥甲第2ルンゼより厳しい登攀になると思っていたのだ。なんと言ったって登攀距離820mもある。資料も残置支点もリスもなく、ブッシュがあるとは聞いているがそれがどれほど信頼できるものなのか、、、。支点作りに時間がかかりそうだった。そのうえ、終了点に着いても鳥甲のように登山道が走っておらず、同ルートを下降しなければならない。しかも、この暑さだ。また天気予報も午後から悪くなると言っている…。準備を万端に整えてもいくらでも“行かない理由”を行く前に思いつくことができた。しかし、しかしだ。こんな遠い、ボロい壁に行ってくれるパートナーが2回も見つかる可能性は低いし、そいつがまた最強のパートナーだ。また今シーズンいくのであれば、この週末がラストチャンスだ。そうでなければ、ワンビバークはさむ登攀になる可能性が高くなる。それに、それに、、、、まぁ、何とかなるんじゃないかな。ダメなら降りればいいんだし。結局は楽観主義者なので、とりあえずは行ってみないと何も始まらないという結論に落ち着く。


千丈ガ岳南西壁全景。赤線が辿ったルート。
 こんな暑い時期に岩場に行く奴なんて俺らだけでなく、法政大山岳部現役が明星山にいくそうで、彼らを車に乗せて多少交通費を安くする。予想外の運の良さに絶対に行けるはずだという自信が漲る。2人を小滝の駅でおろし、そこから30分かからず三峡パークへ。夜、星が綺麗だ。
 糸魚川の天気予報は12時から雨。資料によると雨の後は壮絶に悪いルートになるらしい。雨が降る前に登りきるために朝3時に起きて出発。20分ほど登山道を下って海川渡渉点から、海川の大岩ゴーロをルートを選びながら降りること15分で大滝に出る。大滝は30mほどの高さで垂直だ。資料通り、右上する草付リッジを登って行くといつの間にか草がなくなり、完全なリッジになる。フラットソールに履き替え、なおもV級くらいのリッジを行き、左を見ると写真でみたトラバースするバンドが見えた。ここはそれなりに安定しているので、ここからロープをつける。
1P(神出、8m、V−)
 バンドをトラバースする前に良いビレイ点が欲しい。あいにくロープをつけたところは安定しているがブッシュなど支点がないので、8mほど左に行ったブッシュまでグリップビレイで行ってもらう。
2P(山田、20m、W)
 バンドをトラバースしてブッシュまで。最後はバンドが途切れているうえに傾斜が強く、とりあえず下部の核心である。ガバはあるんだけどね。全ルート中一番高度感があって怖かった。普通、こういうピッチには残置があるものだが一切なく、キャメロット1番を一個を決めただけ。右岩壁にいくのなら絶対にここを通らなければ行けないのだが、残置が無いということは2スラを含めて右岩壁自体、全然登られていないんだなぁと実感した。
3P(神出、40m、V)
 ブッシュから50cm左に行き、そこから直上8mで傾斜が緩くなる。そこからは水流右のスラブと草付が混じった感じで一安心。
4P(山田、35m、V−)
 3P目と同じような感じ。都合の良いブッシュまで。ここに良い感じのテラスがあり、登攀に必要のないアプローチシューズをデポ。
5P(神出、20m、V−)
 水流を渡る。しかし、ここをよ〜くみると三俣になっている。資料では二俣になっていて左に行くことになっているんだが。どれに行けば良いか迷う。一番右は水が流れていないスラブで、真中は一番水流が多く奥には壁が見えている。そして一番左は水は流れているがショボい沢という感じで奥に壁があるとは思えない。一番右ということは無いが、一番左も到底奥に壁があるとは思えず、真中に行くことにする。
※中俣(コンテ、100m、V−)
 傾斜が緩くなったので、コンテで行く。しっかりと水が流れておりちょっとした沢登という感じで、水流左をグイグイ100mほど登ると、奥に壁が見えてきた。っとこんな壁登れるはず無いジャン!!唖然とする。幅広スラブでなのだが、資料には無いハングもたくさんあり、これは2スラではないことは一目瞭然。やっぱりショボ沢が第2スラブへの道なのか…。そんなわけで、左のヤブに突入。リッジを1つ越えて、ショボ沢に降り立つ。
※左俣(ノーザイル、100m、T〜V)
 ショボ沢に降り立つと本当に普通の沢の源流の様相でこの奥に大スラブが待っているとは到底思えない。ロープをしまってそれでも上へ行くと、10m滝がすぐに現れ、水流の左の壁をV級で越える。するとすぐに3m滝。これも水流左の濡れている壁を登る。20mほど平凡なところをすぎると、こんどは30mの階段状の滝。ヌルヌルしていてフラットソールでは滑りやすい。注意しながら登る。
※スラブ下部(ノーザイル、100m、V−)
 ヌメヌメ滝30mを登りきるとスラブだ。傾斜は60度くらい。そんな傾斜でもツルツルだと怖いもんだが、ここの岩質はまったく違う。良く紹介されているようにコンクリートに石を埋めこんだような感じでそれがまたガッチリ埋まっているのだ。つまりオールガバのスラブ。これほど快適なものは無くまったくノーザイルでも怖くない。ヌメヌメ滝から40mで第3スラブとの分岐。分岐から60mで大テラス。
6P(山田、45m、V)
 大テラスはビバーク可能。1〜2人用ならばテントも張れちゃうし、景色も良い。かなり良い場所だ。これから上は少し傾斜が強くなり、また再びザイルをつけるのに良い場所がオヒルネテラスまでなさそうなので、ここで再びザイルをつける。相変わらず岩も堅く、快適。しかしランナーが無いので落ちられないが…。水流を右へ渡り、ロープ一杯のところにいい感じにボルトが2本埋まっており、その1本にタイオフしたものとエイリアンとでビレイ点を作る。結局ノーピンだった。
7P(神出、40m、W)
 さらに傾斜が強くなり、またちょっと脆くなる。良いところにブッシュがあり安心安心。いい所にあるブッシュまで。後ろを見やれば、すぐそこにカールマルクスがいて三峡パークもすぐそこで、自分の車も見ることができる。また遠くには明星山の白い岩壁、北アルプスの残雪なども見て取れ、景色の良いことこのうえなし。ビレイ点からオヒルネテラスまで難しくないところ10mくらいなので歩く。
8P(神出、35m、X)
 オヒルネできないオヒルネテラスでゆっくり休養を取る。上を見るとあと3〜4ピッチぐらいで終わりそうだし、またどうせ同ルート下降でここも通るからということでザックをここにデポして、X級ピッチに臨む。脆くなってきたスラブをガンガン石を落としながら登ってゆく。ランナーは頼りなさげなブッシュとエイリアン2つで3本埋まっているネジボルトまで行くと一安心。タイオフでランナーにしてブッシュまで行く。
9P(山田、35m、X)
 ブッシュから上へ8mほど直上。脆く、岩をはがしたところに足を置くという感じ。頼りなさげなブッシュでランナーを取り、左へトラバース10mすると小テラスがある。そこにはリングボルト一本打ってあった。そこからまた直上すると、例のネジボルト2本埋まってあり、そこにタイオフしてビレイ点とする。
10P(神出、40m、X)
 ルートを選びながら直上30mでようやくヤブにはいる。そこまでは本当に頼りないブッシュ1つだけ。80度ヤブ漕ぎ10mで安定したところにつき、ここを終了点にする。このX級3ピッチは総じて、多少脆い上信用できるピンがないのでトップは精神的に結構しんどい。しかし、傾斜はキツくなくフリクションも良く効く上、ムーブ自体も大したことなくプレッシャーのかからないセカンドとしての体感はW級程度である。
 展望の利かない終了点は結構居心地が悪いのでそそくさと問題の下降に向う。ブッシュを支点に都合、懸垂下降11P、残置したスリング11本でF1の大滝の下まで4時間かけて下る。それにしても、めぼしいブッシュにも残置スリングが一切なかったなぁ。ここでもこのルートが、まったく登られていないことを実感できる。
 ちょうど下りきったとき、海谷に雷鳴が轟き渡って俄かに雨が降り出し、1時間に50mmになろうかという大雨になってきた。慌てて海川を登り、登山道に行く。大雨の中、南西壁の全容を登山道から窺うとその姿は、、、まるで白い龍だ。雨が降り出してから20分経たずとである。雨が降ると壮絶なルートになるとの記述があったがこういうことだったのか。あの中では登ることも下ることもできない。

 登攀自体はよほど鳥甲第2ルンゼのほうがイヤらしかった。つまり、この第2スラブ登攀のキーポイントは時間。天気予報通り12時から雨が降っていたら、あと30分遅く出発していたら、途中のスラブで定石通りロープをつけていたら、時間をかけてボルトを打っていたら、、、すべてアウトだ。雨が降る前に登らなければとは思っていたが、このルートの本質は実は雨が降る前に下りきらなければならないルートだったのだ。。。それを降りた後に気付くなんてLuckyだった。
 しかし、予想通り岩質も悪くはなく、X級ピッチもそれは登山靴グレードでフラットソール時代には精神的X級に過ぎないし、景色も高度感も素晴らしく、しかもアプローチは近い。確実さがないのは共通しているがまるで鳥甲と対極をなしている「快適さ」。カールマルクス大フェースを対岸に明星山の白肌を背に、北アルプスをバックに充実快適ビッグクライミング!しかし下ってみると恐ろしい展開。この多面性こそ山の魅力。これだから山は止められない。

2004.7.13 鮎島 筆

【記録】
7月10日(土)快晴のち大雨
 三峡パーク0330、取付0400、終了点0915、F1下1315、三峡パーク1350


6P目。V級だがノーピン。
絶対に落ちられない登攀となるが、岩も固く快適快適!

9P目。脆い。
リードした私はX−に感じたが、セカンドはサクッと登ってきた。