■白山/境川オバタキ谷

2004.9.18-.20
治田敬人、寺本久敏、鮎島仁助朗

二俣での広場にて。
 白山、大畠谷。そう、オバタキは紛れもない名渓だ。でかく深く、側壁は高く、滝とゴルジュは白く明るく、フリクションは効き登りやすいが、でもとても難しい。十指に入っておかしくないほど魂に響く谷だった。

 川越を早めの21時発で現地、桂湖には2:30に着いた。ビールと日本酒で入山祝い。天気予報は不安定とのことだが、やるしかないだろう。心地良い緊張感が沸々と押し寄せる。
 出合はつり橋の下。谷は明るく、下部は河原状でありザレザレで荒い。左右から山抜けの土砂が被さってくる。福井豪雨の後遺症だろう。さて、2段30mのどうどうの大滝、右に登攀の可能性がありそうだ。滝をくぐりトラバースを始めたが、ノーザイルでは悪く、また、上段右壁も細かく支点が怪しいので、トライせずに過去の記録とおり右巻きでやり過ごす。巻きも不鮮明で「なんとなくここだろう」で横ばいし、「なんとなくここ降りるか」でちょうど15m直瀑の上に懸垂することができた。大谷まで険しく楽しい渓相が味わえ、大きな広河原の存在にちょっとビックリである。さて、大谷から少し先で、やおら小滝も続き、その通過は引き続き楽しいものだ。しかし、ぐっと迫った両岸からその先にCS滝が出てきてから、遡行者の技とテクを望んでくるようになる。
 まず小滝を左より小巻し泳いでCS滝に近づくがボルト連打でなければ到底登れない代物だ。定石通り右より巻くが、不安定で新たなボルトでの懸垂を考えるが、うまくいかず、残置ボルトから懸垂でやり過ごす。
 その先の小滝の連瀑帯はテクニックだ。まず右の凹角をWのクライムで抜ける。
 次は釜を横断し左の壁を登る。お次の滝は寺本は右のフェースにしつこく食い下がるも上部は悪く、釜左の凹角から抜けた鮎島にロープをさげてもらい窮地を脱出する。それではと僕も鮎島の二番煎じで左側壁から落ち口トラバースを狙うがこれがやばい。一瞬の体重移動に勝負をかけクライムしていく。体感グレードはXで途中よりロープの確保も要求し切り抜ける。
 2段40m滝で小休止、間食をし、エネルギーを蓄える。僕は初日はお握りの複合炭水化物と黒飴の糖分補給がパターンだ。糖は即エネと化し、米が石炭のように徐々に体の熱と変化するという按配だ。若い鮎島は、ナッツやかりんとうなど、多種のお菓子のレーションをその日ごとにパックして持ち歩く。皆さまざまだが、人のものは美味く見え、手を出して哀願し菓子をもらうことも多い。
 この滝は皆、右岸を巻くらしいが、目の前の左巻きもお手頃だろうとそちらを登る。いきなりルンゼに入る数歩が悪い。さらに滝頭へトラバースし落口に戻る数歩もかなり悪く、心臓に良いとは言えない。でも大巻きではなく、弱点付きのベリグーなラインだったと思う。
 僕らは足早になっていた。早く逢いたい、早くあの光景を目に焼けつけたい。けだるい腿の疲れをさらに加速させグイグイとゴルジュを遡る。と、辺りが開け始め、待望の二俣に着いた。ここはまったく驚くべき光景だ。白く灰色模様の大岩壁にぐるりを囲まれ、左の切れ込みから何段もに水流が被さる150mはあろうかの大滝。
 そして僕らが心底狙い、とことん闘いたい右俣の水線は、大岩壁に吸い込まれるように消えており、一目では谷筋はまったく伺えない。岩壁をもった岩稜が幾重にも重なり交錯し、水線を隠してしまうためだ。

 この嫌と言うほど存在を主張したオバタキの核心、その真っ只中に陣を構え、腰を据え、酒をやる。強烈な緊張感と嬉しさと感動と明日絶対登るんだという気持ちが高ぶり、でも結局いつもと同じ冷静な計算できる自分がいるんだと感じていた。
 夜中12時前から5時近くまで断続的なかなりの雨だ。どうしようか、逃走用にロープを一本固定したが流水溝に張ったため水が吹き出している。本流も白い泡が増え強くなってきた。でもまだ耐えられる。嫌になるぐらい考え、じっと待つ。
 明るくなりだすと同時に雨脚が弱まる。左の大滝は幅、量とも2倍になり迫力満点。
 じっくりと茶を飲み、減水を待つ。待望の右俣に踏み入る。どの顔にも「やってやる、やるしかない」の気持ちが現れている。滝は滑り台の直瀑で釜は深くえぐれ手も出ない。
 右岸にショルダーで乗っかり、弱点つきの左側壁を変則スタカットで攻める。チムニー滝は左の岩稜を登るが立っており、ホールドも甘く、ピトンを打ち込みながら恐怖の登攀だ。W+からX−ぐらいはあるだろう。つづいて谷を渡り左岸の岩壁にザイルを伸ばす。ボロ壁で落石の連続で岩稜に出る。このリッジもボロボロで高度感もあり、いやらしいが、あまりにも周りの景色が超越している。
 すぐ左下の右俣の水線はやはり小滝と釜の連続で仕上げに25mの大滝でまったく人跡を残せない代物だ。そしてその周りはどこも岩壁で、それは凄まじい勢いで稜線に向かっている。一体、どれほどの文献や写真で前評判で知っていたとしても、このリッジに立ち、腑瞰しない限り、この地の持つ超絶した空間を味わえることは不可能だろう。
 そのリッジを登り這い松テラスからトラバースし滝頭へ懸垂すれば、もうこの沢は牙をなくす。あとはたおやかな源流部を水の流れに引かれるまま歩を出せばいい。
 昨日に降雨を考え開津谷の下降は取りやめ、登山道を下山する。
 途中予期せぬ熊との遭遇に慌てたが、大笠山に立ち、ヘッドライトを準備しアタックをかけた笈ケ岳は道なしで断念。
 避難小屋で完登の祝杯を上げる。もう嬉しくてしょうがない。オバタキの核心の話が連発し、既に茶の中の会話に及んだのを聞きながら、もはやオバタキから茶畑ぐらいになった気軽さで彼を語れる心境になったのを喜ん だ。
 思い返せば、10年以上前に台風で足止めを喰らいながら現地に向かい、桂の林道でパンクし半べそで諦めた。もう一回立ち上げた時は北陸の異常豪雨で急きょ吾妻の中津川へ転進。そんな経緯でも彼、オバタキはやりたかった。そう心に焼け付け、何年も思い、あきらめずに狙っていた。今回は僕と寺本と鮎島の気合いと技が一体となり、滝やゴルジュを何とか越えることができた。夢や幻でなく現実の行為として体現が押し寄せてくる。稜線や避難小屋や、そしてこうした文をパンチしている今も山行の余韻に感動している。
 20数年間、数々の会心の山行をこなしてきた。文句なくオバタキ谷もその一つである。

記 治田

【記録】
9月18日(土)晴
 桂湖発0715〜二俣1430泊
9月19日(日)晴
 二俣0800〜右俣ゴルジュ上1215〜稜線1345〜大笠山1500〜避難小屋1530
9月20日(月・祝)晴
 発0650〜駐車地0905


2段40mの滝。左岸を大高巻き
中流部のゴルジュ。ノーロープ。
朝焼けに映える二俣。
右俣ゴルジュ開始部分。
20mチムニー滝の左壁のリッジを登る治田さん。
20mチムニー滝上の猛烈ゴルジュ。
大畠谷奥壁。傾斜は緩く難しくない
激烈ゴルジュの終わり(始まり?)へ懸垂下降20m。