■南ア/尾白川黄蓮谷左俣[アイスクライミング]

2005.12.29‐12.31
治田敬人、高田貴
 高田と二人で大物を狙う。随分前よりこの計画は話しており、互いに気合は十分だ。長い黒戸尾根も何度登ったことだろう。五合目小屋で落ち着き、これより装備を身に付け本格的に歩き出す。
 まず黄蓮谷本谷に降りるべく急降下。五丈の岩小屋の手前で少し踏み跡を外れたが、後続の高田が遅れている。何か変だ?と感じ大声で呼ぶが返答がない。何回か繰り返すと応答があった。「良かった」と思うが、高田の「やってしまいました、落ちてしまいました」の返答に戸惑う。とにかく命はあるが足取りはふらついている。近づけば、右胸のヤッケは切れて血がついており、口からは濃い色の血が垂れている。岩小屋で冷静に聞くとつかんだ太い木が倒れ後ろ向きで5m以上は転落したらしく、その際、顔面や胸や左太腿を強打したらしく、目視したかぎり左頬の打撲と腫れ、下前歯の欠損などだが目立つ。高田は興奮と悔しさで山行の続行を願うが、まずは落ち着こう。北坊主を狙う岐阜からきたケルン山の会の二人とも落ち合い、小休止とする。
 この状況から、西坊主は取りやめる。とりあえず今日は本谷に泊り、ヤル気がでれば左俣を狙おうと相成る。
 いつもの場所にツエルトを張る。高田は口を痛めたのでろくにものが喰えない。早めに横になる。僕は一人で酒を喰らい一日を回想する。
 「明日はダメかもしれない、それもしょうがない。無理に気合を入れ狙っても本当に体の打撲とダメージがひどければ危険ですらある。一時の感情での賭け的な山はやりたくない。‥だがやはり僕らも山屋のはしくれだ。やると狙いを定め、覚悟を決めた以上は半端な気持ちでは引き下がりたくない」こんな思いが交錯し、一人酒なのにガンガンやってしまう。

 翌朝は4:30起床。高田の一声の「やれます、行きましょう」に体から闘志が吹き出てきた。そうか、そうだろう。体は痛いし不安だし恐怖だが、やってみたい。それでこそパーティを組んだ甲斐がある。無論「下山しよう」の結果でも致し方ないと割り切れるのだが、この一声はやはり意気が上がるというものだ。
 今日は右俣に入る2パーティと僕らの左俣パーティのみ。年末というか冷え込みが甘かったから今シーズン初の遡行と言えるだろう。
 早速、坊主の滝50m。アンザイレンする他パーティの邪魔にならぬようさっさとノーザイルで抜けてしまう。
 二俣からはどれもフリーソロでガンガン飛ばす。気持ちがいい。滝はどれもでかく迫力がある。グレードはVからV+ぐらい。もちろんミスは許されない。ピックを確実に決め、何よりアイゼンの立ち込みをきちんとさせないと異常に局部が疲れてしまう。それでも大滝の真下に着いた時は下腿部は心地良い疲労が溜まっていた。
 さて、念願の大滝は60m。今までの滝とは傾斜が違う。目に見えている30mがところどころ85度の斜度かと読むが、段差もあり威圧感が薄いのでありがたい。左側の弱点付きでリードする。ボン、ボン、ガツ、ガツ。ボン、ボン、ガツ、ガツ。バイルを振るいアイゼンを蹴り込み決めていくのは最高だ。足場を決めてスクリューを打込むたび一息つける安堵感と高度感による緊張が交錯する。緩傾斜の手前でピッチを切り2ピッチで抜ける。体感グレードは甘めでX−、辛めならW+。でもやはりとにかくうれしい。無情の喜びだ。この滝は道具の発達した今でこそダブルアックスで軽く登ってしまうが、その昔は人工で登り、岳人の間では難関の一つと語り継がれてきたものなのだ。
 続いて見える滝も曲者だ。左はかなり立っており難儀するので、時計との兼ね合いで左より攻める。フィナーレは高田が極める。トラバースから垂直に近い3mが核心で面白い。スクリューを打ってから大胆に体を氷面から離しツアッケを決めて駆け上がる。
 やっと終わった。トポはないが頭に入っている記憶ではもう滝はない。
 さて、一息入れてつめの駒を進める。しかし、これからがある意味核心だった。具体的には吹き溜まりのラッセルとベルグラの薄氷のクライミングが断続的にあり、これがかなり続き体力を消耗させる。最上部は腿までのラッセルと這い松のトラバースがあり、コテンパンにやられクタクタになって八合目付近に出た。
 ‥‥うれしかった。やっとやったんだという実感。そして、クタクタなのは僕だけでない。負傷した高田もろくに飯も喰わず、延々と行動し気力で登ってきた。もうたった一歩の登高も拒否したい心境で頑張り、今それが無くなったのだ。うれし涙で抱擁し合い完登を喜ぶ。
 夕暮れと寒気が襲ってくる中、ツエルトを設営し終了点で泊る。蒸気が凍る真っ白いツエルト内部で、安堵感と祝い酒で盛り上がる。今夜はえらい寒い中、身を団子のように丸め朝を待った。

 三日目は下山。ゆっくり8時過ぎに行動した。荒れるという予想とおり雪がちらつき、それがどんどん激しくなってゆく。長い下りを降りきっても雪の白さは減じない。それは駐車場についても、なお降りしきる雪で足跡さえすぐに消える勢いがあった。

 僕らの今年最後の山は終わった。紆余曲折はあったが最高の氷の谷がやれ、感無量だ。
 本家御三家の憧れのアルパイン型アイスといえば、この黄蓮谷左俣と三峰川岳沢、滑川奥三ノ沢が連なると思う。歴史から言えっても不動の存在だ。僕が昔、一度アイスをやった後、単独行動の連続からそれとは決別し、再度やり始めたときの目標として、この三つ谷の完登をあげた。それが、やっと今叶った。言葉に尽くしがたい。
 そして全て、ともに苦楽を味わった会員と成し遂げることができた。実力者や有名人とも組まず、ただヤル気と試行錯誤を重ね、着実に力をつけて登った。僕も伸びたが、皆も力がついたはずだ。その行動と結果は少なからず山登魂の歴史と重なり自負できるものだ。
 夢は追い求め努力することに意義があり、必ず実現できるものだ。

治田 記

【記録】
12/29
 竹宇駒が岳神社7:00〜五合目12:30〜岩小屋13:30〜本谷14:30
12/30
 6:50発〜大滝下9:40〜八合目稜線16:40
12/31
 8:00発〜駐車場12:00ぐらい

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