■越後/八海山〜阿寺山

2005.3.20-.21
清野啓介、鮎島仁助朗
 水曜日の夜、山の手線内で読書をしていた。谷甲州の「神々の座を越えて」。電車は原宿駅を過ぎ、場面は佳境へと突入するーーー。っとそのときズボンの右ポケットから振動が流れた。見ると登録されていない番号だ。不審に思いながらとると、「せいのです」とのことば。新宿駅に着き、掛けなおすと週末の山行のお誘いだった。越後三山縦走&オツルミズ滑降。
 自分が始めて計画・実行した山行が越後三山縦走。6年前の秋の話である。それからこの山域には水無川真沢と佐無川大チョーナ沢へと出没したが、やはり八海山とオカメノゾキこの光景が忘れられない。できれば冬季、雪がついているときにもう一度ここを歩きたいーーー、そう常々思っていた。そのところへこの電話である。
 この3連休、寺本さんたちとすでに山スキーへ行くと約束していたから、この魅力的なお誘いに即答できなかった。寺本さんたちの計画もたいへん魅力的でたいそう迷ったが、清野さんからの勧誘を断れば2度とここを歩く機会はないかもしれない、そんなことを考えると信義に悖っても何が何でも越後三山縦走したくなり、迷惑をかけるのを承知の上でドタキャン・計画を乗り換えた。天気予報は2日とも晴との予報である。
 昨日のうちに沼田山岳会のルームへとなだれ込み、初対面の清野さんと語り明かしたが、「スラブ王」を目指す清野さんと意気投合。スラブ話で盛り上がる。
 沼田を6時に出ると7時には八海山ロープウェイ駅に到着してしまった。高速では秒速40mほど出していたが、さすがにジ×ニーとはちがい、まるでスピード感がない。
 始発は8時30分。しばらく待つ。今回、オツルミズ滑降もするので、板を持参したが八海山の八ツ峰・オカメノゾキの通過を考え、私はフリートレック、清野さんは黒部横断用に購入したという130cmの板。これにダブルアックスである。
 ロープウェイを降車し、上へと向かう。天気は晴れ。シールで快適に登高と思いきや斜面が硬く、思うようには行かない。女人堂手前での急斜面はとてもシールでは無理で、ツボ足となりキックステップで越えるが手はストックで結構怖かった。女人堂にはストックなどがあり、誰かが使っている痕跡がある。一服して八海山方面を眺めるとやはりいかにもクラストしています!という感じに雪が光っており、このままツボ足orアイゼンで進むのかと思いきや、清野さんに「それじゃ『わ●じ』と一緒じゃねぇか!」と叱咤激励され、もう一度板をはいて登り始めるが・・その10分後、2人は「●らじ」と同じになった。幸いスキーは軽いので担いでアイゼンで順調に進むがやはりシール登高よりはおそく、千本檜小屋で計画からすでに1時間遅れている。今日中にオカメノゾキを越えてギリギリ御月山あたりの予定だが・・。このあたりからは翌日滑る予定のオツルミズとセンノ沢はよく見渡せられ、じっくりと鑑賞・脳裏に焼き付けるが、センノ沢にはノドがあるような気がするのは気のせいだろうか。
 千本檜で休んでいると、女人堂で幕していたらしい完全武装した一団が八ツ峰から戻ってくる。どうやらその中の一人が八ツ峰で滑落し怪我をしたようだ。幸いたいした怪我ではなさそうだが、なんだか不安に襲われる展開だ。なんといったて、こちらはとりあえずはロープを使う予定はないし、軽量化を図るためメットもなく登攀具もギリギリにしている。1峰目をトラバースから簡単に巻き、ルンゼから快適に登りリッジに出ると八ツ峰の通過は始まる。まずは下降。ここで足跡は途切れている。確実に落ちたらやばいところだが、傾斜はそれほどではなく、前を向いて下りられる。っと、ここで気づく。俺、下降器(確保器)忘れてる!しまった軽量化しすぎた。とりあえずこの先、懸垂下降がないことを確認し、次のルンゼ上の雪壁を快適に10m登り、ピークへ。そしてその下降だがトラバースしながらのものだがかなり悪くてヤバイ。足元はきっぱり切れている。ロープを出したほうがいいのは確実だが、ロープを出さず清野さんが下ってしまったので、慎重に行って無事次のギャップとのコル。そのあと3〜4のギャップをそのたびダブルアックスで登り、クライムダウンで下りるというの繰り返す。そのどれもが高度感があり、ひとつでも失敗したら・・・というものだ。そして、ようやく最後のギャップ、これを登れば終わりと言うところまで来た。しかしこの登り、ワンポイントのムーブが悪い。「気合入れろ!」と言われる(肝心な場面では清野さんからこう言われる)が、その前にロープがほしい。一応アピールするが、支点が取れないのであっけなく却下され、久しぶりに渾身のムーブをこなして最後のピークに立つ。エグかった。エグかった。エグかった。エグかった。エグかった。エグかった。エグかった。何度でも言うぞ。エグかった。風もなく、雪も安定していて条件がいいのだろうが、エグかった。エグかった。
 今山行核心の一つ、八ツ峰を何とか無事通過し終えた後、左に張り出した雪庇に注意して入道岳を右から通過、ロープを出して雪庇に隠れた稜線を見つけ出し五竜岳。五竜からもオカメノゾキへ続く稜線も雪庇に隠れていたので確認した後、斜面へ出る。ここでアイゼンを外しスキーを装着。しかし、外した場所は吹き溜まりでよいが、明らかに50m下ったところはなんかクラスト光りしている。しかも曇っているので斜面の角度がわかりづらい。だが、ここで着けずにどこで着ける!と叱咤激励され、滑るが吹き溜まりでも下がガリガリだ。下がって変な感じで光っているところへ着き、果敢に行くと・・やはり転んだ。そのまま50m滑落・ヘッドスライディングし、吹き黙ったところで止まった。セーフ。よく確認すると兼用靴を固定するのを忘れていた。北大出身の清野さんはやはりスキーが上手で転ぶことなく、大丈夫かーと言ってくる。ウルウルした涙目でアイゼン履きましょうよ!と訴えかけるとあっさりそうしようといってくれた。よかった。清野さん曰く、「なぜ『わら●』がスキーを使わないのが今わかった!!」。はい、まったくの同感です。
 アイゼンを奏でながら、またも雪庇に隠れたオカメノゾキの稜線を探し出し、稜線沿いに下り始める。それまで左へ張り出していた雪庇もいつの間にか右側へ張り出している。曇っていてダンゴにならないのは大変うれしい。それでも急斜面のライムダウンには緊張する。クライムダウンの場所ではどうしても清野さんに遅れる。なぜだろうと考えてみれば、この山行までは雪稜でクライムダウンなんてしたことがなかったような。阿弥陀岳北稜や谷川岳東尾根、白馬主稜じゃやらないからね。それがこの山行やりまくり。いい経験値だ。
 雲に隠れた太陽の位置はもういい時間になっているのを物語っている。そう言えば、確保器とともに時計も忘れた。What time is it?と気取って清野さんに尋ねれば、すでに16時半との応え。まだオカメノゾキの通過どころか、その手前の荒山にも到着していない。そう言えば、八ツ峰を通過する前までは清野さんはちらちらとオツルミズのほうを確認していたが、いつの間にか目線がそこへ行くことがなくなっていた。すでに諦めモードか。YES。荒山手前の平らなコルで幕営。穏やかなコルからはオカメノゾキ、八海山が綺麗に映えている。
 テント内では清野さんのアルコールランプを囲みながら、ダウラギリやいろいろな話題が。しかし、すでに駒ケ岳に行く意思がなくなっている。明日は十字峡か。

 昨日は穏やかなコルだったが夜半から様相が変わってきた。水無川側から猛烈に風が吹き付けてきている。反対側は雪がテントを押している。10cmは積もっただろう。明るくなってからオカメノゾキへと向かうが、幕場から10m先の昨日はなんともないように思えた斜面が、いつのまに垂直の雪壁になっていてどうも進めない。さらに悪いことに風雪ともに強くなり、ホワイトアウトになってきた。ここを頑張って進んでもこの先核心部のオカメノゾキで苦労して今日中に下りられないかもしれないと判断。残念であるが、五竜岳までもどって阿寺山からエスケープすることにする。
 完全にホワイトアウトになって、左側へ張り出しているはずの雪庇が確認できないためスタカットで。途中、昨日緊張する雪壁もあるがそれを越え小ピークに達する頃にはあっという間に雲も切れ出す。すっかり、陽に照射された中ノ岳はまるで神々が居座っているかのように綺麗だ。そしてオカメノゾキの稜線はその座に我々を近づけさせないという志を見せるかのようにキノコになっている。引き返してよかった。突っ込んでいたら確実にハマっていた。そう2人で慰め合う。その後、アイゼンラッセルして五竜まで。これでようやく危険地帯を抜け出したわけで、ガッチリ握手。
 五竜からは阿寺山へのエスケープ。天気はいつの間にか雲ひとつない快晴となり、山々が神々しい。斜面はクラスト光りしているが広く転んでも止まりそうなのでスキーを装着、慎重にコルまで。そこからはシールをつけて阿寺山まで登る。阿寺山から八海山方面を眺めれば、よくあんなところ通過したなぁと感慨深い。中ノ岳は依然と雄大にそして傲然に屹立している。
 阿寺山からは山口へ向かって快適な滑降。面白いほどフリートレックにもかかわらずジャンプターンが決まる。スキーが巧くなったような気がする。正面の入道沢の枝沢から雪崩の音がドーンと聞こえるが、誰もいない斜面ですばらしい疎林の斜面を今年一番の充実感のある滑り。最後はこの陽差しで重々しい雪となり、朝のホワイトアウトが嘘のように暑くなり、半そでと化す。下はCWXむき出し。そんな姿で最終人家から20分ほど車道を歩くとスキー場へ と向かう道と合流。運良くヒッチハイクに成功し、スキー場まで車の回収に行く。
 やはりというべきか、失敗した。1日目は確かに深い雪と硬い雪面に遮られたとはいえ、それほど遅くはないペースだったはずだ。それでもオカメノゾキまでいけなかったのだから、きっとこれが限界なのであろう。それでも条件がよかったら昼に中ノ岳、16時に駒ケ岳と到着すれば、1泊2日でオツルミズまでいけたかもしれない。
 清野さんはこの山域は剱岳と基本的に気象条件は同じだと言う。それならこの冬季三山駆けはいわば剱岳北方稜線か。オカメノゾキはもう一度行きたいが、八海山はもういい。久しぶりの強烈なパッション。八海山だけでお腹いっぱいだった。しかし、雪稜は美しい。特に五竜から中ノ岳の稜線はすばらしく美しかった。そして中ノ岳が・・。
 この山行は小説を読んでいるときにかかってきた電話から始まった。その小説、「神々の座を越えて」。古くから越後にはこの三山信仰があったという。そして、Atheistの自分でさえこの三山どころかその小ピークにさえ、彼らが居座っているのを覚えた。−「遥かなり神々の座」−。未練は−−−ある。

2005.3.24 鮎島 筆

【記録】
3月20日(日)晴のち曇
 ロープウェイ山頂駅0840、千本檜小屋1130、入道岳1400、五竜岳1530、荒山手前幕場1700
3月21日(月)吹雪のち快晴
 幕場0630、五竜岳1100、阿寺山1230、最終人家1430

@八ツ峰通過


A阿寺山より八海山方面を眺める