■吾妻/最上川松川

2006.9.2-.3
治田敬人、鮎島仁助郎、寺本久敏
 神社前から林道を歩く。一箇所、川を渡る部分で地形図には載っていない道があり危うく道を間違えそうになった。方位磁針で確認して、右へ進路を取って少し行くと広場があり、そこから杣道を辿るとほどなく矢沢との分岐あたりで松川に出た。川は青白く濁っており、本当に塩の川と同じ。人によってこの川色が興味を減退させるものかもしれないが、我らには逆に普通の川とは違いなにかただならぬ「沢の神秘」を感じさせるのに貫禄充分。それもいきなり明るいゴルジュ地形で水量豊富となればなおさらだ。
 入渓準備をしていざ進むといきなり、釜とナメの連続。それもこの水の影響か、白い岩床でやはりただものではない。小滝と釜は泳ごうと思えば泳げるが、簡単に越えられるので体力温存で進むが、この白い岩質はやたらすべるうえに濁っているのでひざ下15cmほども水深があると下が見えないのが難点か。この渓相がしばらくつづくと、大きな釜を持った5m滝。泳がねばならず念のためロープを出して左から登る。その上は河原の後、沢は左に曲がってヒョウタン淵を持つ20m滝。泳げば何とかなるかもしれないが、何とかならない可能性のほうが高いので、先ほどの滝上まで戻って右岸を高巻く。1時間弱の大高巻きであったが、うまく巻いて懸垂下降せずに下りることができた。
 この滝上もまた穏やかな白いナメとやさしい釜の連続でなんとも和ませてくれるが、程なく沢はゴルジュになり、クネッと左にヘアピンするとゴツい大きな釜を持って20m滝が大迫力で落ちてくる。直径20mはある大釜では流木がグルグル回っており、なんとも尊厳さが漂う。滝にはどうにも弱点はないが、すぐ手前に左岸から入る支流の滝を登ると簡単に巻ける。ただ、この支流の水はやたら酸っぱかった。
 この滝上もまた穏やかな白いナメとやさしい釜の連続でなんとも和ませてくれるが、程なく左岸から天女と布引のような素晴らしいスラブ滝が2本流入してくると滝は左に曲がって10m滝。これは滝の左側を簡単に登れる。続いて15mのスラブ滝となって水流左を登るが滑りやすいのでロープを出す。このあたりは、天気のよさと相まって素晴らしい景観が広がっている。
 この時点ですでにこの沢は名渓の部類に入ることを確信したが、なおも沢は続く。30m滝は左のバンドを伝って簡単に登れるが、落ち口から滝つぼを覗くとなんだか引き寄せられそうで怖い。15m+8mの2段の滝は左岸を巻くが出だしが木の根っこを掴みながら垂直の壁。しばらく河原を行くと、どーんと50m滝。一段上がったテラスから治田さんリードで草付左壁を登ってブッシュからリッジに出るが、草付が滑りやすく不安定である。10m滝を右からロープを出して越え(残置ピンあり)、堰堤状の15m滝を左から小さく巻いて、なおも河原を進むと明道沢の出合いとなる。
 この出合いはとても不思議だ。これまでに書いてきたとおり、この出合いより下流では沢は青白く濁っているが、これ以降の間々川は透きとおっている。であれば、明道沢が濁っているのかというとそうではなく透明だ。ただし、沢床は茶色く、また水も渋い。きっと、ここで化学反応して、青白く濁るようになるのだろう。
 ここで岩質もこれまでの白っぽい岩から普通の黒い岩に変わる。すぐに現れる大釜の3m滝は透き通った釜を5m泳いで右壁を登る。続く小滝を簡単に登ると大釜のあとにゴルジュ状で5mがある。まだ時間は13時30分。大平温泉までは地図上ではあと少し。HPなどから明道沢より先には魚がいると情報を得ていた寺本さんのみ竿を持ってきていたが、ここで竿を出す。が、あまりにも大物すぎて糸が切れた後はまったくの音沙汰なし。
 この大釜泳いで突破しようと思えばできなくはないが、釣り待ちで体が冷え切ってしまったので左岸から巻いて越す。沢はいったん河原になったのち再び、釜を持ったゴルジュ状に。そして再び竿を出すもまったく当たりなし。ゴルジュは左のリッジ(一箇所スラブが嫌らしい)から右岸の台地へ木の根っこを使って登ると、ガラス瓶やら陶器やらが散乱しており、トタンの跡も見受けられる。また踏み跡らしき道もしっかりつけてあり、絶壁の弱点を突いて沢へ鎖やらトラロープやらがつけられている、それを辿って沢へ下った。
 寺本さんは再び竿を出す。が、またしても当たりなし。そして不覚にも糸が木に引っかかる。うまく外して畳んでまた前に進もうとしたとき、なぜか針に岩魚が引っかかっている。釣れた。ようやく待望の1匹目。これを機に寺本さん、方針転換。大釜を狙うのではなく、浅い淵の岩裏を狙うようにして行くと程なく2匹目。
 そして・・なんだか湯気が出ているところを発見。手を入れてみると温かーい。オー!!!天然温泉だ〜〜!!前にも何人か来ているのかここは少し整備された跡がある。また湯温もほど良い。また温泉脇の河原はまさに3人が横になれる砂地が広がっている。異論なくここで幕営決定。薪を集めて、あとは寺本さんがそのあたりでもう一匹釣り上げてもらって、一人一匹岩魚塩焼きセットにすれば申し分ないが、さすが寺本さんは期待通りの仕事をしてくれる男だ。数分後、もう一匹腰元に吊り下げてきた。
 湯船に入ると、そぉーっと入らないと泥まみれになってしまうのは愛嬌だが、まさに言うところはなし。数十分も入ると体がポカポカして、全裸で焚き火を囲みながら酒を酌み交わす光景はなんとも異様で、特に治田さんのなぜか“ビルパン”焼けしたケツなど絶対に何かおかしいはずで今もって脳裏から離れず苦労しているが、様になっているのはなぜなんだろう。自分は毎度のごとく酒宴開始から1時間で寝てしまったが、宴なおも盛り上がっていたようだ。

 やはり東北の9月。気温は夜になると低くなったが、温泉を横にまた地盤が暖かったためか寒くなく、ぐっすり寝入れた。名残惜しいが、温泉・焚き火・岩魚と3拍子揃ったこの史上最高の幕営地を後にする。
 幕営地からすぐ上で沢は左に曲がるが、そこにこの沢最大の大ゴルジュのなかに5mクラスの滝が連続するところがあるのは前日中に把握していたので、いきなりの右岸の大高巻きからこの日は開始である。木を使って急傾斜を登りきってリッジを少し右に行ってそこから木を使って下ると懸垂下降することなくちょうど大ゴルジュ上にうまく下れた。上からゴルジュ帯を覗き込めば、なんとも恐ろしく水が落ち込んでいるが、気合を入れれば登れなくはなさそうで面白そうなゴルジュである。
 なおも沢は釜と小滝を持って2〜3個簡単に越すが、7mは登れず右岸から小さく巻くと、橋が架かって大きな小屋が目に入る。大平温泉。鄙びてしわっぽい小屋を想像していたが、まるで穂高岳山荘なみにでかい。ヘルメットをかぶって沢を登る3人組は完全に異様で、こんなところで幕営しなくて良かったとまたしても思う。
 沢から見れば、丸見えの自慢の露天風呂(誰もいなかった)を横目にさらに上流へ行くと、40mの火焔滝がドーンと視野に入る。またしても圧倒的だが、近くまで寄るとこれは階段状で登れそう。ノーロープで途中まで登るが、高度感が出てきた上に節理が大きく大胆な乗越しムーブをしないと登れなさそうなので安定したテラスから、寺本さんリードで落ち口まで30m伸ばす。やはり見た目どおり、ずり上がったり、岩の中をザックが挟まりながら進んだりでなかなか面白いところだがロープを出してよかった。滝上からは下に温泉小屋が見渡せるが、同時に首を上流に振り向けば次の大滝も望める。この隠滝というらしい大滝40mは弱点がない。右岸のルンゼから大高巻き。これもルートがよく、滝上にノーロープで下ることができたが、その上にまた40mの滝が望める。燕滝といわれるものらしいが近づいて弱点はないかと探すも、まったくない。また回りは断層なのか、簡単に高巻けそうな弱点もない。結局、先ほど高巻きで下ってきたところをまた登っていってルンゼを詰めるが途中から嫌らしい。どうしようもなく、1箇所ロープを出して慎重に登って稜線まで出ると、カモシカ道に出くわした。この踏み跡はうまい具合に沢へとトラバース気味に下っており、それを伝っていくと沢へ降りられる。
 この3つの大滝を越えた上は、なんとも東北を感じさせる傾斜のない悠久な流れとなる。少し行くと登山道横断地点となって不必要な荷物はここにデポする。すると、“ハイッハイッ”言いながら、殺人的なスピードで治田さんが引っ張り、あとの二人はもうヘロヘロである。8mナメ滝を越え、10mハング滝を左岸から巻き、二俣を右に行って小滝を越えていく。天気はまさに雲ひとつない満天の晴空で、雄大に拡がる針葉樹の森の中に一筋の窪でゆったり流れる川。平和だ。水が切れたところをすぐに右の窪を選んでしまい、薮漕ぎがなんだか長くなってしまったのは目測違いだったが、登山道に出くわしたところがちょうど池塘となっていたのはうれしい限りだ。
 そこから1時間弱でデポした河原、また30分で車道に出たが緩い傾斜に白樺の森で長くはなかった。不忘閣は名前からして紫やピンクのネオンライトがピカピカしているところを想像していたが、もちろんそんなところはないまま・・。あのイメージはやはり妄想だったのだろうか。あとは舗装になったり未舗装になったりする車道を1時間、膝がガタガタになるほど下ると大平の部落。牛がモォーと啼き、畑のバァちゃんはパンツまる出しで野菜を取っている長閑なところだ。

 いやぁ、いいところに行ってしまった。結論からいえば、そういうことである。治田さんに言わせると、南面の中津川、東面の塩ノ川にならび吾妻の北面を代表する沢。そして、吾妻三部作としてぜひ登ってもらいたい沢とのこと。私はまだ中津川に入っていないが、まさに同感で、あとは残る中津をぜひ辿ってみたいものだ。
 この沢が名渓と思わせる所以はまず、静かなこと。まず世に知られていないところにこの沢の良さがある。次に、吾妻最難の触れ込みも伊達ではない。ようやく探し出した記録の敗退率は5割もある。この3つの中で水量も多いし、滝も大きい。ゆえに、巻きも多く、確かに滝としてのテクニカルさには塩ノ川には劣るかもしれぬが、この巻きもしっかり読みきらないと高みに追い上げられて厳しい。しっかりした目が必要だし、体力も必要だ。渓相も風格がある。なんと言ってもあの水の色。濁りに難点があるかどうかは人の判断に委ねるが、見方によっては厳かな雰囲気を醸し出していると言え、それが明道沢出合を境にして、まるっきり透き通っていくというのも変化があって面白い。大平温泉から3つの名前がついた大滝を越えると東北らしい伸びやかな流れを辿って池塘へ。塩ノ川ほどの変化はないし、白滑八丁のようなここぞというところは確かにないが、全体的に1泊2日で行ける構成では充分なものがある。そして最後の極めつけは温泉。本当に1日目を締めくくるところに温泉が滾々と湧き出しており、まさに秘湯という感じ。こんないい幕営地は寡聞にして未だ聞かぬ。
 つまりは、静かさがこの沢のいいところだとすれば、あまり触れ込みたくはないが、ぜひ一度、大平部落から源流部まで溯ることを自信を持ってオススメしたい。

2006.9.5 鮎島 筆

【記録】
9月2日(土)晴
 大平部落0630、入渓0700、明道沢出合1330、天然温泉幕営地1600
9月3日(日)快晴
 幕営地0630、大平温泉0745、登山道横断地1130、登山道1345、大平部落1615

【使用装備】
 ロープ50m×1、ハーケン<軟鉄、ナイフブレード、釣具、幕営具