■南ア/小渋川荒川本谷(荒川大崩壊地)

2006.8.13〜.14
鮎島仁助朗
 最近、自分はわがままだ。今年も雲仙平成新山や谷川幕岩など満足度100%の山をやっているし、付知川だってよかった。にもかかわらず、このお盆もなんだか渇いている。行きたいところへの渇望が消えないのだ。単独で行くしかない。
 っでどこにいくか?今年は雪が多いことを考えてもやはり南アルプスしかない。単独で行くことを検討するにはまさに登山大系9巻はその宝庫だ。南アは技術的にもたいしたことはなく、また静かなところも多い。そこで目に留まったのは荒川本谷だった。小渋川という流域に興味を持っていたし、荒川本谷はそのなかのクラシック溯行ルートであり、そしてなにしろ南アルプス最大の崩壊地、荒川大崩壊地を通るということに惹かれる。加えて、深田百名山荒川三山につきあげ、荒川岳というくらいだから荒川から登るということもなんだか面白そうだった。

荒川大崩壊地 全景
 朝5時に家をでて諏訪から国道152号を南下していくと、湯折の林道ゲートに9時過ぎについてしまった。案外早いが、そこにはたくさん駐車されてあったのは意外だ。
 右岸の林道を25分歩くと、橋。そこから川沿いに行く。何度か渡渉があり、棒沢からはくねりが多くなるので、その分渡渉の回数も増える。この沢はやはり上流の荒川大崩壊の土砂の流出による影響か完全ににごっており、渡渉に当たっては気を使う。また、水を飲むのにも支流からの沢しか飲めない。高山沢大滝をすぎると沢は右に折れ、そしてまた左に折れ、そうするとあとは渡渉もなく広河原だ。
 広河原避難小屋は暗く、ジメジメしており、まだ1時であるので、本岳沢へ行くと、先客のテントが張ってある。ヒマなので、話しかけてみると案外話が盛り上がってしまった。そこにいたオジサンは、実は龍鳳登高会の創立した吉村さんという人で、1970年ぐらいの一ノ倉の話など、なかなか興味深かったからだ。避難小屋に泊まる予定だったが、天気もよく気持ちよいので河原にツエルトをはってワインを飲んでいると、無造作にヘッドライトの電池を車内に忘れてことに気づく。確実に朝はヘッドライト行動なので、確認してみると概してこういう時は電池が切れているもので、しょうがなく、吉村さんから単4電池を頂くことができた。夕方から雨。途中でやんだが、やはりツエルトを片付け、避難小屋へ。一人でワインを飲みながらのジンギスカン焼肉はやはり寂しかった。

 朝3時起床。さっそく、マルタイを作ると30分で出発できた。
 ヘッドライトをつけて小屋から右へ行って河原まで。ただの45分ほどはゴーロを辿るだけで、谷が左に曲がるところぐらいから、滝が出始める。最初の滝は10mほどだが、暗いのでよく分からないが、左から簡単に登ってそこから左岸から支沢が1本流入し、本流もいくつか5〜10mほどの滝が出るがすべてヘッドライトをつけたままでも簡単に左から登れる滝だったが沢はゴルジュ地形となり、あれほどの河原がウソのようだ。そうすると20m滝が出る。これは登れなさそうだったので左のガレから巻いて台地に出るまでは簡単だが、そこから谷に下りるところが嫌らしい。台地から沢へバンドが続いているのだが、なんとも不安定で落ちたら20mは落下。もちろん残置支点などあるはずもなくまた、木など安定した支点も取れず、懸垂下降もできやしない。こういうところはパーディー組んでもどうしようもない。結局、勇気を出してノーロープで下りトラバースした。手のホールドがすべて崩れ行き、足もズルズル落ちていくのはなんともやるせない。ゴルジュ内を簡単に進んでいくと、左岸から1本入ってすぐもう1本入る。ここは二俣ともいえるところで、特に2本目の沢は広河原からも望めた100mぐらいの大滝となって流入してきている。本流もまた25mの大滝で、どうも登れなさそうなので巻くしかない。左からも巻けそうだが、滝上は右に折れ曲がっている様子があったので、大滝の右のガレから登って途中から左の脆いリッジへ登る。そこを少し辿ると木があるので、懸垂下降20mで沢の1段上のバンドに出て、そこから沢沿いにトラバース。そこから見るとなおも本流は25mの滝を駆けているのが見えた。そこで、そのまま左岸をトラバースして、涸沢を渡り、チョックストーンの左を登って樹林をトラバースするとうまく2つ目の25m滝上にちょうどでることができた。もう少し、ゴルジュ地形の中の小滝を簡単に越していくと、40m大滝。登山大系にはこの大滝のことのみ記述があって、そのとおり、左のガレを少し登ってそこから滝の落ち口に走るバンドを登ると簡単に滝上に立てた。その後も5〜8mほどの滝が2〜3個続くが簡単に越えて最後の15m滝を左から登ると、ゴルジュ帯から開放されてようやく先が見渡すことができる。すなわち、荒川大崩壊地を。
 南ア最大の崩壊地、荒川大崩壊地。やはりそれなりの凄みはある。植物の生えない斜面はやはりなにか特別な感覚をもたらし、いい。好きだ。但し、傾斜がきついわけではなく、よってそれほどの危険性があるわけではないことはこれまでの経験からもすでに予想していたとおり。落石など気をつけるというがそんな雰囲気はまったくない中をすでにつかれ始めた足を上げて一歩一歩進んでいく。ナメ滝程度のものを超えると、右岸から水流が入ってくる。このはいってくる水流を詰めるとすばらしく稜線がギザギザなボロ岩壁にとりつけるので魅力があるが、ここは地形図どおりまっすぐ、ただまっすぐ進む。するとまた右岸から水流が。これもまた魅力的なボロ岩壁が奥壁となっていて・・。でもまっすぐ。まわりが崩壊地形となって2時間歩くと二俣になった。これは地形図では読み取れないが、なんとなく左へ行くと荒川前岳に突き上げそうな気がしたので、左へ。あとはガレを詰めていく。振り返ると、よく上がってきたものだ。大聖寺平も下に見え、なかなか景色が素晴らしい。水が途切れ、濁った水を汲んで上を見ると標識みたいな柱が見える。ようやくだ。あとは忠実に詰めると頂上だった。だいたい、崩壊地では稜線に這い上がるのがいつも難点だが、今回はそれほど難しくなかった。
 分岐点まで全装備を担ぎ、そこで登攀具をデポ。食糧・水・カメラだけを持って悪沢岳を往復。もうヘロヘロだ。あとは荒川小屋に下って大聖寺平に少し登ると、そこに吉村さんたちがいた。あとは駆け下って、小屋近くに来ると完全にバテたが、まだ時間は14時。今日中には車に戻れるのであとは根性。行きよりも渡渉ポイントが分かり、その分回数を減らすことができて効率的下ると広河原から1時間で板屋沢出合。後は林道を辿り、旅は終わった。

 崩れ。崩壊。大崩壊。すきなのだ。幸田文が大谷崩で惹かれたように私も大山南壁でその威勢の虜になったのだ。
 南アの地図を見ると崩壊マークが目立つ。その南アの中でも最大の崩壊地が荒川大崩壊地だという。やはり、いい。特に、大聖寺平から広河原小屋へと下る途中から望める崩壊地といったらなかなかである。私は、この計画を立てるときに、まさに下山路でも楽しめるだろうと感じたがその通りだった。それにしても、登山大系の記述ではもっと簡単にいけるつもりだったのだが、そうではなかった。とくに下部のゴルジュはなかなか緊張するところだった。
 小渋川荒川本谷など、誰もわかってくれないだろうけれど、私には非常に思い出深い場所となった。南アの中心部。いい。半月たった今でもこの余韻。どんなに理解されなくてもいいではないか。私の中ではこんなに価値があった2日間ではないか。

2006.8.31 鮎島 筆

【記録】
8月13日(日)晴
 林道ゲート0930、広河原小屋1200
8月14日(月)晴のち曇
 起床0300、出発0330、荒川前岳1000、悪沢岳1130-1145、前岳1300、広河原小屋1530、林道ゲート1630

【写真】