■越後/佐梨川金山沢奥壁「第3スラブ」
鮎島仁助朗、治田敬人
とどのつまり、佐梨を登るには、まず総合的に登れないとダメなのだろうけれど、それ以前に「登るんだ」という気概はそれ以上に重要なのだろう。佐梨に登ろうとする者がまず最初になすべきことは、まず冷徹に「覚悟」することなのだと私は信じて疑っていない。
3年前秋―。
『金山沢奥壁。雰囲気に圧倒された。すごい。すごすぎる。なぜここに、人跡があるのか。いたるところにある10箇所以上の鉱窟。そのほとんどが、現在となってはロープなしでは辿りつく事さえ難しい―。壁は吾に問う。「おのれには覚悟があるか?」と。そして、そこに曖昧な回答さえ出せない自分がいた。今回は、ここへ来ただけでよい。まことに、ありがたいことだ。そして次回。自分なりに覚悟ができてからまた一度訪れたいと思う。』
今もって覚えている。大きな壁。そして、手も足も出せなかったこと―――。この私の未発表記録は包み隠さずそのことを表し、次回への挑戦を約していた。
あれから3年たった今年。3月末から密かに計画をしていた。登るのならシュルントが開かず、かつブロックが乗らぬ5月末か6月頭に限られるが、そのためにはまずGW後は雪への未練をスパッと断ち切らねばならぬ。そのため、これは裏話だが、皆さんには申し訳ないけれど「遭対」という役得を生かさせてもらうことにした。
これまで岩トレは秋、雪訓は春とシーズンの終わりに訓練をしていたものを、雪訓をスキップさせて逆にGW直後に岩トレをすることで、強引に無雪期への気持ちを高めることにしたのだ(もともとシーズンインに訓練をしたほうがいいと言うのは自論)。加えて、佐梨を登るのに重要なテクニック、高難度スラブでの立ちこみを経験するため、訓練場所も小川山と設定させていただいた。
しかし、ゲレンデはゲレンデ。やはり支点作りを経験しておかねば・・ということで、本番スラブも計画。東御築江はできなかったけれど、きれいになった東のナメはピンもなく、十分にその経験が積めた。「蝉」は想定外だったけれど、モチベーションアップにたいそう役にも立った。だから、GW後の山行は完璧とはいわないが、自分なりに佐梨にいく準備としては納得のいくものができたと自負している。
それで佐梨だ。計画は、第3スラブを登ったあとはオツルミズ沢を辿って駒ケ岳に上り、あとは登山道を下るというもの。一見、オツルミズへの継続は、不可解のように見えるかもしれないが、地図をよくよく見ればまったく合理的な計画だとわかるだろう。郡界尾根から50m下ればオツルミズで、オツルミズ上部は大きな滝もなく、またこの時期は雪渓に埋もれているはずであり、もしそうであれば、郡界尾根や家ノ串尾根を藪漕ぐよりも明らかに快適に下山できる。そしてなにより、越後駒の頂上へも立てる。つまりは、越後を代表する岩壁から沢へそして頂上へと無理なく継続できる素晴らしいルートになるわけだ。
このように、準備は万端。治田さんも気合が入っており、意思疎通も万全。こうでなきゃ、佐梨へ取りつく「資格」はないと思っていただけに、まず第一の関門は通過したと自分なりに判断す。あとは運だけだというところまで漕ぎ付けた。
鉱山道を歩く(赤線は登攀ルート)
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駒の湯から佐梨川林道に入り、未舗装林道を進む。大チョーナ沢出合を過ぎ、佐梨川に架かる橋を渡り、少し行ったところに車を停め、仮眠を取る。「すべてが順調に行けば駒の小屋までいけるね・・」と夢みたいな話をして鼓舞させるが、念願の計画を目の前にして興奮しているのかそんなに寝付けない。
4時過ぎに起床し、出発。昨日までの雨で路面は濡れている。林道を10分ほど辿ると、桑の木沢。そこから、ペンキ印と赤テープを目印に、家の串尾根末端へ上がる。このあたりはちょっと迷いやすいが、3年前に来た記憶が残っていた。あとは尾根につけられた道を忠実に行く。最後、いきなり道が途絶え、でも稜線を忠実に5mの藪漕ぎをすると山ノ神で桑の木沢出合から30分。ここからは大系に書かれた道があり、忠実に辿るとこれまた30分程度で金山台地に着いた。
金山台地から少し行くと展望台で、そこには懸垂支点がある。クライミングシューズに履き替え、懸垂下降30mで雪渓へ(道をドンツキまで行けば懸垂せずに雪渓に下れたようだが)。横着してちょっとロスをするが、雪渓を横断し7時に取りつきに到着。なお、クライミングシューズで雪渓を歩くとステップも切れず、ものすごく滑りやすい。実際、何度も滑り、しっかりハンマーのピックをさしていたので良かったが、何度となく冷やりとした。アァ怖かった。
1P目(W-、50m、治田)
雪渓が繋がっているところから取りつく。15mのところに軟鉄ハーケンで一本ランナーをとったあとは猛烈35mランナウト。見た目やさしそうに見えるが、ガバなく、すべて外傾しており、ムーブ的にはV+程度だろうけれど、精神的には厳しい!バンドまで。
2P目(V、45m、鮎島)
3スラブに開いた鉱窟までのバンドを20m右へトラバースし、第3スラブに入る。第3スラブ内は乾いている。
3P目(V、45m、治田)
簡単で快適なスラブ。残置はないが、ハーケンを打つのもまどろっこしく、カムが使えた。鉱山道を歩く後続のパーティが見える。
4P目(V、50m、鮎島)
簡単で快適なスラブ。ひとつRCCボルトがあった。
5P目(V、45m、治田)
簡単で快適なスラブ。残置はないが、ハーケンを打つのもまどろっこしく、カムが使えた。
6P目(V、25m、鮎島)
簡単で快適なスラブ。下部の核心のハングしている滝下の右あたりでピッチを切り、小休止。後続Pはどうやら同じ3スラブらしい。
7P目(W+、25m、治田)
草付きバンドを少し右に登り、ハング滝右壁を10mほど左へトラバース気味に上がって、潅木帯に突入。そこからは垂直の木登りでハング滝上右の潅木まで。なお、左へトラバースするところは傾斜も強く、かつ濡れており、また支点もとれず、非常に悪い。
8P目(X-A0、25m、鮎島)
少し下ってからチムニー状の滝身に戻り、まずは右側を登る。しかし傾斜もあり、確実なホールドもなく、きわめて悪い。幸い、ボルトが連打されているので、ワンポイントA0であがり、さらに左へトラバースしてチムニー内に入る。このトラバースがピンも足下になり、これまたホールドが外傾しており、濡れているし、高度感もあるしで、ものすごく悪い。ここからは左壁を登り、適当なバンドに生えた潅木まで。残置は豊富だが核心ピッチ。
9P目(V、35m、治田)
右の草付から適当な潅木まで。
10P目(W、40m、治田)
資料ではチムニーを登ることになっていたが、ヌレヌレで黒光りしていて明らかに悪そう。左は乾いたスラブだが、ガバなく、支点もない。どうしようかと逡巡したところ、治田さんは左のスラブはそれほど悪いと思っていないらしく、「ワイが左のスラブをやるよ!」と言うのでさっさと交代。しかし、私の鑑識よろしく、傾斜もあり、ホールドも細かく、いきなり25mランナウトのW級スラブだった。リードしなくて良かった。
11P目(V、35m、鮎島)
階段状スラブを簡単に登り、中央バンドまで。小休止をするがここで11時。下部はコースタイムどおり4時間で抜けたことになる。
12P目(V+、50m、治田)
11Pと同じく、簡単なスラブかと思いきや、少し悪い。ロープいっぱい伸ばして、滝右の潅木まで。
13P目(W+、25m、鮎島)
潅木帯を左へトラバースしてからハング(!)木登りして滝上の右の潅木まで。遠くから見ると簡単そうな潅木帯に見えたが、足場が不安定で途中、草付帯もあり、かなり悪い。なお、グレードは精神的なもので、動き的にはW-程度?でも完全にパンプ!
14P目(W、45m、治田)
スラブを直上。易しそうなスラブに見えるが、草付きで悪い。特に、最後の10mは傾斜もあり、支点も取れず悪い。またビレー点はハーケンで取るが不安定で落ちられない。
15P目(V、45m、鮎島)
スラブを10m直上し、潅木リッジに突入。崩壊しかかっているちょっとしたスラブの右の潅木まで。とにかくロープが重い。
16P目(V+、40m、治田)
もろいスラブを10m登り、再び潅木リッジ。再びもろい岩壁を5m登り、リングハーケンが残置されたテラスまで。上部のもろい岩壁はすべてのホールドが崩れそうで怖い。
17P目(W-、30m、鮎島)
テラスから右に10mトラバースし、最後、ちょっとした岩を5m登ると郡界尾根だった。なお、10mトラバースはヌレヌレで悪い。私は、ちょっとバランスを崩して落ちそうになり、ヒヤリとした。
郡界尾根到着は14時過ぎ。コースタイムよりも早くつき、この時間ならあったか〜い駒の小屋宿泊の夢に手が届く距離までついた。が、この時点で視界は10mしかなく、天気が悪化していた。靴を履き替え、ロープをしまい、いかにもツチノコが出そうな郡界尾根を最低コルまで行こうと30分ほど漕ぐが、治田さん情報の踏みあとはまったくもって明瞭でなく、時間がかかってしょうがない。もういい加減、イヤになって合意のもと、オツルミズ沢に下ろうということで、実際に潅木を伝って下りると、たった50m下っただけでオツルミズの雪渓の上に立つことができた。あの藪漕ぎ、何だったんだ?!と思うくらいに簡単に。
あとは、この雪渓を辿るだけ。依然、視界は10mしかなく、全然わからないが、基本、左側を行けばよい。途中、沢の音が何箇所か聞こえてきて、最初のうちはドキッとするが、どれも左岸から流入する支沢の音。オツルミズはずっとやわらかな雪渓が続いていた。結構なハイペースで疲れきったころ、雲の上に出たのか視界がサァーと開ける。17時。駒の小屋に到着。最後は本当にバテバテだった。
小屋は2000円取られるが、キレイだし、水、毛布、マット完備でまったく申し分ない。雪渓の上にとまることを考えれば天国である。宿泊者は案外多いが、我々のスペースは広く、完登の祝杯を挙げるには十分だった。
朝、駒ケ岳を往復して帰ろうと小屋から出ると、同じ3スラブを後続していたパーティとちょうど出くわした。2人は見知った顔の「チーム84」の2人で登山界も狭いものだ。駒ケ岳を空荷で往復したあと下る。でも今日は絶好調だ!。標高差1700mをノンストップ、2時間もかからずに駆け下れた。あとは、走って車を取りに行くだけである。
さてさて。上記だけ見れば、簡単に佐梨を登ってしまったように思うかもしれない。確かにものすごくスムーズに行った。我々も「夢」としか思えなかった駒の小屋へもまだ明るさに余裕があるうちにたどり着くことができた。しかし、もし、この記録だけをみて、「簡単」に佐梨に取りつこうとしているのであれば、やめておいたほうがいいと忠告したい。自慢するわけではないが、少なくともこのタイムで抜けるのは本当に難しいことだと強調しておきたいのだ。後続の84パーティに聞いたところ、取りつき8時30分、郡界尾根18時30分と言っていた(郡界尾根でビバーク)。他のケースは知らないので、なんともいえないけれど、たった7時間で抜けた我々はかなり早いと思ったほうがいい。だから、ビバーク装備は必携なのだ。
だいたい大系のWというグレードは明らかに無茶苦茶だ。上記のピッチごとのグレードは私の体感なので、フォローしたところは辛目、リードしたところ甘目と贔屓したものなのは確か(8P目はW+A0?)だが、それほど大きくずれてはいないはずだ。また、クドいくらいに「悪い」と表記させていただいたが、実際に悪いのだ。これは行けばわかる。そのような「悪い」ところが、合計17ピッチのうち、満遍なくある。そして、ポイントとなるピッチは我々の7・8・10・13の4ピッチ。どれもハマる可能性が高いピッチだが、我々にはそれをスンナリ(?)と越すことができる確実なルートファインディング・技術・精神力・気合があった。そう、きっと我々はその技術・体力・経験だけでなく、もとより気合も充実していたのだ。佐梨へ臨む「覚悟」ができていたともいえるわけで、登ったあともそれを持つことが佐梨へ臨む者の最低条件だとの信念は変わっていない。
金山沢奥壁か。もう壁は登らないだろうけど、齢を重ねたときに金山台地で酒を嘗めながら、もう一度、余韻に浸ってみたいな。
治田さん、どうもありがとうございました。治田さんのお陰です。結局、今回も、ランナウトピッチ=治田、イヤ〜な草付ピッチ=鮎島というめぐり合わせになったのは宿命のようだけれど、私にはあの怒涛のランナウトピッチにハマらなくて正直よかったです・・・。また、気合の入った山行、よろしくです。
2008.6.9 鮎島 筆
【記録】
6月7日(土)晴のち曇(視界10m)駐車地0445、取付0700、滝下0900、中央バンド1100、郡界尾根1410、駒の小屋1700
6月8日(日)晴 駒の小屋0710、駒ケ岳0730、駒の小屋0745、駒の湯0930、駐車地0950
【使用装備】
ロープ8mm×50m×2、ハーケン(軟鉄・ナイフブレード・ロストアロー)たくさん、エイリアン(緑・黄)、クラミングシューズ、ビバーク具など
※リスは少なく、あまりハーケンは利かない。ボルトは使用しなかったがザックには忍ばせた。
※駒の小屋使用のため、ツエルト・シュラフカバーは実際は使用しなかったが、もちろん担いだ。
※水はオツルミズ沢に流入する支沢で汲むことが可能で、最初から行動用の水のみを担いだ。
※なお、ブヨがたくさんいてまとわりつかれた。特に無防備な足首まわりはもの片足20箇所以上刺され、ものすごくかゆい。でも掻くと、腫れます。それなりの覚悟を・・。
【写真】
1ピッチ目。怒涛の35mランナウト中。
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快適な3ピッチ目を登る。
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快適な4ピッチ目。壁が赤い!
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厳しい木登りの13ピッチ目。
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視界10mのオツルミズ。
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頂上にて「山の神よ、ありがとうございました」
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