■頚城/雨飾山フトンビシ右岩峰中央稜「忠実リッジ」ルート(仮)

2008.9.15
鮎島仁助郎、古田茂(日本山岳会青年部)

全景と登攀ルート(赤線)
 行きの車中で古田さんから悪い草付きで威力を発揮するという「ハンマーアブミ」なるテクを伝授してもらったが、だいたいが単独行でその効果を確認したというのだから、まったくもってオカシイでしょ。もっとも、古田さんが言うにはオツルミズ・滝ハナなどの越後ミドル級(!)は単独・日帰りコースとのこと。それでも、「最近ハーネスつけてないから家で履き方を練習しちゃったよ」とか、「クライミングシューズなんか2年ぶりでちょっと不安だよ」とも言うギャップ。世の中にはそんなレベルのヒトもいるんだ・・。私がまだ正統派だった7年前、初めて連れて行かれた本格的な沢(水無川真沢)で、いきなりノーザイルでスノーブリッジから草付にジャンプ、ダブルアックスランジをかましていたのを見て、「ウソだろぉ」と思った(今でもマネできない)けど、まちがいなく当時よりもさらにパワーアップしている・・。まぁ、今回はフトンビシだから大丈夫だろう。・・そう、思っていた。
 駐車場で仮眠していると朝5時ぐらいから周りがうるさくなる。さすがに百名山。ジジ・ババが賑やかに準備し始めているのだ。2時間しか眠れてないがしょうがなく、こちらも起きて準備する。
 1時間で荒菅沢出合。出合ちょっと前からフトンビシが眺められる。確かにきれい。そしてこれから行こうとしている中央稜がバッチリわかる。モチベーションが上がるというもんだ。
 荒菅沢は水に浸かることなく溯行できる。しかし。「ゲッ、雪あるじゃん」。右に折れ、ちょっとゴルジュっぽくなった先に、スノーブリッジが横たわっていた。心の準備はまったくしていなかったが、左側から簡単に渡り150mほど歩くと、途切れ簡単に下りられたので良かった。下りたところがフトンビシスラブの基部。ここまで駐車地から1時間半ほど。結構近い。
 基部でクライミングシューズに履き替え、白いスラブをスタコラ登る。中央稜は末端で二つに分かれ左は藪の着いた緩いリッジで右が藪の少ないスッキリしたリッジ。どっちに行くかとなれば右しかないでしょう。そっちに向かってスタコラ、簡単なスラブを登る。あー、ふくらはぎ、いてー。登るにつれ、傾斜がだんだん強くなり、脆くなってきた。そろそろロープ出そうかという感じになってきた頃には、いい支点が得られそうもないところに突入していた。何とかキャメ#0.5で取れるところがあったので、そこからロープを出すことにする。クライミングシューズを履いたところから250mほど歩いたところになるだろうか。
1P(古田、V+、45m)
 難しくないだろうと思っていたが、潅木もリスもなく、あまり支点が取れない。そのうえ脆い。それなりに怖いよ。45m伸ばしたところにカムで支点が取れるところがあったのでそこまで。
2P(鮎島、V+、25m)
 1P目と同じ感じ。左リッジとの合流点下は傾斜があるが、左のルンゼ状を登ればそこだけは岩が堅い上にカムでランナーが取れるので一安心。合流点にリングボルト3本打たれたテラスがあったので、短いけれど、そこで切る。
3P(古田、W、25m)
 ここからナイフリッジ。日本でこれだけのナイフリッジはそんなにないのではないか。壮観な光景がある。しかも脆い・・。
 最初はリッジを忠実にあとは左から登り、再度リッジへ。残置ピンは結構あるので多少安心。ロープの流れが悪くなってきたので、ハーケンが2本打たれた窓をビレイ点とする。
4P(古田、W+、25m)
 なおもナイフリッジが続いているが、ルート図でも最近の記録でもこの窓から左側へ懸垂し、ナイフリッジを巻いて再度ルンゼ状を登るようだ。っが、リッジ上にも残置が見え、可能性が見えていた。ラインも合理的。そして何といってもカッコ良い。だからこそ古田さんが「こっち行こうよ」と言ったのを止めもしなかった。といっても雰囲気は明らかにヤバい。順番的には私がリードだが、そこはお譲りして・・。
 いきなり苦労して登っている。なんだか崩れそうなリッジに全体重をかけてリッジに乗り、厚さ20cmほどのリッジに馬乗りになって進んでいる。
 窓に立ち、ピナクルでランナーをとる。このあと、核心部の途中のランナーはすべてピナクル。途中見えていた残置ハーケンはすべて手で抜けるのだ。ダマされたーという感じだが、リスもない。「これ剥がれそうだから落とすね」という岩を落とすと、普通カランカランといい音立てながら落ちるはずの岩が、最初の衝撃で粉々になり、砂として落ちていく。二人、静かにそれを見ていた。……。……。うーん。リスがあったとしても岩ごと落ちそうだ。
 「今までで一番ヤバいかも」とうれしそうな(!)呟きとともに「僕が落ちたら反対側に飛んでね!」とお願いされる。ヤバいゼ。あのヤバい古田さんが一番ヤバいと言っている。これはホンマもんだ。いやいや、反対側に飛ぶだと・・。雪稜じゃないんだから・・。だいたい稜線はまさにナイフ。そんなことしたら5割の確率でロープ切れそうだ。「大丈夫、ロープ2本あるから!」なんて言われてもなぁ。それでも2本とも切れる率は2割5分じゃないですかッ。俺の草野球の打率並みだゼ。「いや、やめてくださいよ」と抗議するが、古田さんは完無視してそれを意識するようにしてロープの流れを調節していた。
 再度、無言になり、さらに進む。「なんだかこれグラグラしてるよ」と言う岩にやはり馬乗り。さらにはそこに立ち、厚さ10cmのナイフリッジに全体重をかけてリッジクライミング。再度、馬乗りになり・・。「バカじゃねぇの」と思う光景が目の前で展開されている。しかし、明日、いやあと10分後はわが身に振るかかる景色なのだ。現実的になると、もう恐ろしさしかない。しかも、さっきまで晴れていた天気が、ガスり始めている。風が心地よいというか、なんかジェットストリーム的に感じ、この風さえもなんか恐ろしい予兆なのではと敏感になってくる。
 ランナーはピナクルを使うが、だいたい長スリングなんてそんなに持っていない。古田さんは「長スリングがなくなった、ここでピッチ切るよ」と言いビレー体勢に入り始めた。ん?どう見てもただのナイフリッジ上なんですけど。えっ、支点はピナクル、しかも馬乗りでビレーですか・・・・?少なくとも、教科書的にはそんなビレー点はありえないのですが・・。・・。まず間違いないのは、フォローでも絶対に落ちられないということ。こんなこと誰だってわかる。
 覚悟を決めて俺も見たまんまのクライミングを実践していく。グラグラしているリッジに馬乗りし、いかにも折れそうなリッジに全体重をかける。こ、こわい。さらにはこのリッジには星穴みたいに穴が開いているところもあった・・。―――。なんとか、古田さんのところに着いた。この再会がとてつもなくうれしいこと、うれしいこと。なんだか「うぇーん」と号泣したかった。間違いなく今年一番のフォロークライミングだった。技術的にはW-程度だろうが、精神的には確実にX級。
5P(古田、W、45m)
 そんなナイフリッジはさらに続いている。順番的には私の番。このビレイ点には入れ替われるだけのスペースもない。しかし、4P目の終了点にて私はあんな感じだから、もちろんリードする気もないし、できる気もしない。ここぞとばかり、泣きを入れた。「俺は絶対にムリです。先輩、お願いします!」と。負け惜しみで言わせてもらえば悔しさだとか反省、そんな感情は一切ないよ。分相応を弁えていると言って欲しい。人間には得意・不得意というものがある。俺には「オシム」(オシいけどムリ)なのだ。一方の古田さんは実はあぁいうところ、好きなんだよ。喜んでやられる方なんだよ。思ったとおり「しょうがないなぁ」と言いつつまったく嫌なそぶりも見せずリード体勢に入っていくのは、素直にうれしかった。甘えが利く大学山岳部の上下関係がこれほどありがたかったことはない。
 今回もやはり折れそうなナイフリッジに全体重をかけることから始まる。しかも足場はないに等しい。だが、上手く安定した登り方でリッジを進んでいく。驚きの光景が続いているはずなのだが、この頃になると慣れてくる。慣れは恐ろしいものだ。そんな感じのリッジを20mぐらい行けば、落ち着いた。半端ないナイフリッジは終了だ。あとはしっかり利いた残置がたくさんあるV級程度の岩場をロープいっぱいまで登る。
6P(鮎島、V、45m)
 ここまでくれば、俺にだってリードはできるさ。引き続きV級の岩を登ロープいっぱいまで登ると潅木帯になる。
 ここでロープを解き、靴を履き替える。すると「このロープ、実は10年以上前のものなんだよね」と古田さんが感慨深げに言うではないか。うん。あの核心部分でこのコメントを聞かなくて良かった。2本とも切れる率は私の打率どころか、イチローの打率ぐらいはあったようだ。よかった。よかった。
 簡単な藪漕ぎリッジを10mほどすると平らになり、あとは藪漕ぎだ。すぐそこに登山道があるはずで実際にヒトの姿も見えるのだが、ハマるとこの藪はすごい。背丈以上もある笹はとてもハードだ。しっかりルーファイをしながら登山道まで行くと、いい平地だった。
 そこに荷物をデポして、雨飾山の山頂へ往復15分。あまり視界はなかったが、登山道からは中央稜のリッジが見える。す、すげぇ。きっと、あそこを登っている姿はさぞカッコよかっただろう。イヤ、馬乗りだったからカッコ悪いか・・アハハッ。そう会話できるのはなんとも平和な証拠だ。
 あとは登山道を1時間半ほど走り下れば駐車地。古田さんとがっちり握手させてもらった。

 これまで幾度も脆いところに行ってきた。「ワニ」で“本当のモロさ”の意味を会得した気持ちにもなっていた。しかし、それは甘かった。完全に甘チャンだった。
 メグさん。ごめんなさい。内心微笑ましく思っていたのです。あのジャンダルム頂上の号泣の件。恐怖から開放されて泣くということがどんなことか良くわかりました。半端じゃないですね・・。も、申し訳ございません。
 今回、男の子だから涙は見せなかったけど、心では泣いちゃいました。そして、「俺にはリードできません」と泣きもいれさせてもらいました。だって、あまりにコワわったんだもん・・。そう。これまでいろんな岩登りのルートを思い返しても、これほどの恐怖感を強いるところが今まであっただろうか。いや、ない。絶対にないのです。トリカブトでも谷川幕岩でもサナシでもワニでも大ジェードルでもこんな感情は一切起こらなかった。難しいとか簡単だとかそんなことはどうでもいい。怖いか怖くないか。ビビるかビビらないか。それこそが、問題なのです。
 わかるか、あの激ヤバ弁護士クライマー古田さんの「今までで一番ヤバいかも」という呟きを聞く気持ちが。
 わかるか、「僕が落ちたら反対側に飛んで!」とお願いされた気持ちを。
 わかるか、ランナーをすべてピナクルからとっているのを見ている気持ちが。
 わかるか、落とした大岩が一つ目の衝撃で砂となって落ちていくの見る気持ちを。
 わかるか、グラグラしているリッジに馬乗りしているのを後から見る気持ちが。
 わかるか、わけのわからないピナクルを支点に馬乗りの体勢でビレイされている気持ちを。
 わかられてたまるか!私はフォローするだけだったが、フォローでも唖然として見ている光景をすぐに追体験しなければならぬ。もれなくもれなく――。
 でも、見よ!フトンビシの全景写真を。すごく、いいラインなのです。
 行きのアプローチの登山道から見えるが、一目見てラインがわかり、そして「ここを登るのか」とモチベーションが上がる。そして、帰りの登山道から眺められ、「俺たちはここを登ったのか」と再度、余韻に浸れる。本当にいいラインだ。このような美しいラインは日本でもおいそれとない。ライン主義を標榜するならぜひ登るべきルートだ。そんな意味でも、とても充実感があり、お薦めしたいルートです。
 なお、我らのルート取りは普通のルート取り(登山大系など)とはちょっと違います。そのため、表題であえて「忠実リッジルート(仮)」と書いています。あの核心ナイフリッジは懸垂して巻くように登るのだと思いますが、そのように登れば「ただの脆い岩場」で済んだかもしれません。但し、そのルートは残置は見当たらなかったですし、落石も集中するだろうなー。ま、祈るしかないですね。うん。登っちまえばこっちのもの。
 あぁ、思い出す。あの黒部の怪人、和田城志氏が「山登りの良し悪しの基準は、ビビるかどうかだ」とあっけなく書いていたことを。その基準において、今回の登山は私の登山歴でも間違いなくナンバーワンの良い山登りだった。そして、私は、今後、どのような山登りを実践しようともフトンビシ中央稜のあのナイフリッジのことは忘れまい。
 古田さん、いい勉強させてもらいサンクスでした。お供できたこと、心より感謝です。「リッジ上で地震来なくてよかったね。」という一言も、あの核心で言われなくてよかったです。また、別れ際、「今回、超楽しかったよ」と言ってくれたこと、いろんな意味で心に響きます。

2008.9.17 鮎島 筆

【記録】
9月15日(月・祝)晴のち曇
 雨飾高原キャンプ場0550、フトンビシ基部0730、雨飾山1120、キャンプ場1300

【使用装備】
 ロープ50m×2、小さめカム、クライミングシューズ各自
※残置ハーケン多い。しかし新たに打てるリスは少なく、ハーケンは使えず、一本も打たなかった。
※カムは核心ナイフリッジでは使えないが、下部ではところどころ使えた。
※ピナクルが一番有効なランナー。長スリングを大目にしたほうがいい。

【写真】
スノーブリッジ上を歩く フトンビシスラブを登る
1ピッチ目。右上のギザギザリッジが核心リッジ。 3ピッチ目。
3ピッチ目。ナイフリッジの上に立つことさえ怖い 4ピッチ目。折れそうなナイフリッジに這い上がる。
4ピッチ目。見よ、この厚さ10cmのリッジを・・。 5ピッチ目。残置ハーケンは手で抜けるのでとらない。
5ピッチ目。辿ったリッジは左上に伸びるリッジ。