全景と登攀ルート(赤線) |
1P(古田、V+、45m)ここでロープを解き、靴を履き替える。すると「このロープ、実は10年以上前のものなんだよね」と古田さんが感慨深げに言うではないか。うん。あの核心部分でこのコメントを聞かなくて良かった。2本とも切れる率は私の打率どころか、イチローの打率ぐらいはあったようだ。よかった。よかった。
難しくないだろうと思っていたが、潅木もリスもなく、あまり支点が取れない。そのうえ脆い。それなりに怖いよ。45m伸ばしたところにカムで支点が取れるところがあったのでそこまで。
2P(鮎島、V+、25m)
1P目と同じ感じ。左リッジとの合流点下は傾斜があるが、左のルンゼ状を登ればそこだけは岩が堅い上にカムでランナーが取れるので一安心。合流点にリングボルト3本打たれたテラスがあったので、短いけれど、そこで切る。
3P(古田、W、25m)
ここからナイフリッジ。日本でこれだけのナイフリッジはそんなにないのではないか。壮観な光景がある。しかも脆い・・。
最初はリッジを忠実にあとは左から登り、再度リッジへ。残置ピンは結構あるので多少安心。ロープの流れが悪くなってきたので、ハーケンが2本打たれた窓をビレイ点とする。
4P(古田、W+、25m)
なおもナイフリッジが続いているが、ルート図でも最近の記録でもこの窓から左側へ懸垂し、ナイフリッジを巻いて再度ルンゼ状を登るようだ。っが、リッジ上にも残置が見え、可能性が見えていた。ラインも合理的。そして何といってもカッコ良い。だからこそ古田さんが「こっち行こうよ」と言ったのを止めもしなかった。といっても雰囲気は明らかにヤバい。順番的には私がリードだが、そこはお譲りして・・。
いきなり苦労して登っている。なんだか崩れそうなリッジに全体重をかけてリッジに乗り、厚さ20cmほどのリッジに馬乗りになって進んでいる。
窓に立ち、ピナクルでランナーをとる。このあと、核心部の途中のランナーはすべてピナクル。途中見えていた残置ハーケンはすべて手で抜けるのだ。ダマされたーという感じだが、リスもない。「これ剥がれそうだから落とすね」という岩を落とすと、普通カランカランといい音立てながら落ちるはずの岩が、最初の衝撃で粉々になり、砂として落ちていく。二人、静かにそれを見ていた。……。……。うーん。リスがあったとしても岩ごと落ちそうだ。
「今までで一番ヤバいかも」とうれしそうな(!)呟きとともに「僕が落ちたら反対側に飛んでね!」とお願いされる。ヤバいゼ。あのヤバい古田さんが一番ヤバいと言っている。これはホンマもんだ。いやいや、反対側に飛ぶだと・・。雪稜じゃないんだから・・。だいたい稜線はまさにナイフ。そんなことしたら5割の確率でロープ切れそうだ。「大丈夫、ロープ2本あるから!」なんて言われてもなぁ。それでも2本とも切れる率は2割5分じゃないですかッ。俺の草野球の打率並みだゼ。「いや、やめてくださいよ」と抗議するが、古田さんは完無視してそれを意識するようにしてロープの流れを調節していた。
再度、無言になり、さらに進む。「なんだかこれグラグラしてるよ」と言う岩にやはり馬乗り。さらにはそこに立ち、厚さ10cmのナイフリッジに全体重をかけてリッジクライミング。再度、馬乗りになり・・。「バカじゃねぇの」と思う光景が目の前で展開されている。しかし、明日、いやあと10分後はわが身に振るかかる景色なのだ。現実的になると、もう恐ろしさしかない。しかも、さっきまで晴れていた天気が、ガスり始めている。風が心地よいというか、なんかジェットストリーム的に感じ、この風さえもなんか恐ろしい予兆なのではと敏感になってくる。
ランナーはピナクルを使うが、だいたい長スリングなんてそんなに持っていない。古田さんは「長スリングがなくなった、ここでピッチ切るよ」と言いビレー体勢に入り始めた。ん?どう見てもただのナイフリッジ上なんですけど。えっ、支点はピナクル、しかも馬乗りでビレーですか・・・・?少なくとも、教科書的にはそんなビレー点はありえないのですが・・。・・。まず間違いないのは、フォローでも絶対に落ちられないということ。こんなこと誰だってわかる。
覚悟を決めて俺も見たまんまのクライミングを実践していく。グラグラしているリッジに馬乗りし、いかにも折れそうなリッジに全体重をかける。こ、こわい。さらにはこのリッジには星穴みたいに穴が開いているところもあった・・。―――。なんとか、古田さんのところに着いた。この再会がとてつもなくうれしいこと、うれしいこと。なんだか「うぇーん」と号泣したかった。間違いなく今年一番のフォロークライミングだった。技術的にはW-程度だろうが、精神的には確実にX級。
5P(古田、W、45m)
そんなナイフリッジはさらに続いている。順番的には私の番。このビレイ点には入れ替われるだけのスペースもない。しかし、4P目の終了点にて私はあんな感じだから、もちろんリードする気もないし、できる気もしない。ここぞとばかり、泣きを入れた。「俺は絶対にムリです。先輩、お願いします!」と。負け惜しみで言わせてもらえば悔しさだとか反省、そんな感情は一切ないよ。分相応を弁えていると言って欲しい。人間には得意・不得意というものがある。俺には「オシム」(オシいけどムリ)なのだ。一方の古田さんは実はあぁいうところ、好きなんだよ。喜んでやられる方なんだよ。思ったとおり「しょうがないなぁ」と言いつつまったく嫌なそぶりも見せずリード体勢に入っていくのは、素直にうれしかった。甘えが利く大学山岳部の上下関係がこれほどありがたかったことはない。
今回もやはり折れそうなナイフリッジに全体重をかけることから始まる。しかも足場はないに等しい。だが、上手く安定した登り方でリッジを進んでいく。驚きの光景が続いているはずなのだが、この頃になると慣れてくる。慣れは恐ろしいものだ。そんな感じのリッジを20mぐらい行けば、落ち着いた。半端ないナイフリッジは終了だ。あとはしっかり利いた残置がたくさんあるV級程度の岩場をロープいっぱいまで登る。
6P(鮎島、V、45m)
ここまでくれば、俺にだってリードはできるさ。引き続きV級の岩を登ロープいっぱいまで登ると潅木帯になる。
スノーブリッジ上を歩く | フトンビシスラブを登る |
1ピッチ目。右上のギザギザリッジが核心リッジ。 | 3ピッチ目。 |
3ピッチ目。ナイフリッジの上に立つことさえ怖い | 4ピッチ目。折れそうなナイフリッジに這い上がる。 |
4ピッチ目。見よ、この厚さ10cmのリッジを・・。 | 5ピッチ目。残置ハーケンは手で抜けるのでとらない。 |
5ピッチ目。辿ったリッジは左上に伸びるリッジ。 |