■西上州/碧岩北稜(北西稜)[登攀]

2008.11.29
鮎島仁助朗
 碧岩は春に登ったタカノス岩の隣にある岩峰で「西上州のマッターホルン」との言葉はこの岩峰のためにあるのではないかと思われる美しい岩だ。「みどり」を「碧」と書くのもなんとなく私のお気に入り。そんなことはともかく、この岩峰には南稜から東稜に一般登山道がついていて、西稜もバリエーションルートとして結構登られているが、六車集落から見ると気になる北稜(まぁ方角的には北西なので北西稜と言ったほうがいいのかもしれないが)の記録はとんとみない。二木さんの「西上州の岩山藪山」でも敗退しているし、インターネットで探してもその記録は見つからないのだ。ちょっとこれは見てみたいなーと前から気になっていて、今回、いい機会なので、これを目指して、再び南牧村に向かうことにした。

タカノス岩から見た碧岩(左のスカイラインが北稜)
 駐車地から登山道を10分ほど歩いたところで、右岸のオモツと碧岩のコルに突き上げる沢筋を見つけ、それを忠実に上がる。但し、落ち葉がすごく、そこがまったくわからないので本当に歩きづらい。この時期はこんな苦労する要素もあるのか・・。再発見だ。すぐそこに見えるコルまで20分もかかってしまった。
 北稜に上がれば歩きやすい。でも、ちょっと歩くと10mほどの露岩が2個ほどある。せっかくなので、運動靴からクライミングシューズに履き替えて、慎重に越えていく。昨日降った雨の影響だろうか濡れていてイヤらしいし、木が容赦なく腐っているので慎重を要するが、まぁV級は越えないレベルだ。上がっていくにつれて、春に登ったタカノス岩が隣に美しい。
 どんどん尾根を忠実に上がっていくと、ナイフリッジになった。ここか。二木先生の記述にあったナイフリッジだ。確かに、スパッと切れていて、強風が吹けば飛ばされそうな感じだ。しかし、このナイフリッジ自体は木も生えているうえに幅があるので、技術的には問題なさそう。しかし、その先にいや〜な感じの岩稜が続いているではないか。ここから見る限りやばそうだぜ。緊張が走る。確か、『岩山藪山』ではナイフリッジを越えたところで敗退しているんだよなー。まぁまずは間近に行って見ないと・・。
 ナイフリッジを慎重に越えて行き、最初の岩稜。うーん。やっぱなぁ。本当にここかなー。登るのは怖いなー。よ〜く見ると左のバンドのところに白いものが見える。あ、何かの残置かなーと思って近くに行ってみると雪だった・・。ウソだろー、なんかヒくぜー。やはりこの藪リッジを行くしかないのか。う〜ん、二木さんが敗退するのもわかるなー。なにせ、ほぼ80度のモロそうな岩が7m。まぁところどころ木があるので何とかなるかもしれないけど、めっちゃ高度感あって怖いなぁ、俺も敗退しようかなぁ、そう思ってもう一回見ると、なんと残置ハーケンがあるではないか。オッ、登ったヤツがいるのか。じゃぁ俺も登るよりほかない!登るか!でもなぁフリーソロは怖すぎる。ここは時間もあるし、単独登攀システムで登るか・・。でも、これまでいろいろと単独で登ったけど、実は全部フリーソロだったわけで、この登り返しの単独登攀システムを本番でやったことはないのよねん。広沢寺でやったのも、4年前だし・・。まぁ慣れてないのは認めざるを得ないけれど、フリーソロで登りよりはいいだろ。そんな感じでウロ覚えながら、ロープの端っこを木に固定し、自分のところをインクノットにして徐々に繰りだしながら、なんか折れそうな、でもすがるよりほかない木を頼りにエイやと登る。15mぐらい登れば一息ついた。あぁ怖かった。まぁV+ぐらいだろうか。立派な木を終了点にして、懸垂下降。今度はタイブロックをつけて、再度登り返し。クソッなんで同じところを2度も登らにゃあかんのか。うーん、やっぱり面倒だなこのシステム。パートナー欲しぃぜぇぇ!ナベぇぇぇぇ。カムバーック!
 ロープを引きづりながら、藪リッジをもう15m行くと再度、岩に行く手を阻まれる。これもやはり80度ぐらいの壁7m。しかし、こっちは頼りの木が一切生えてない。あぅぅ、さっき登ったところよりもやばそうだぜ。さっきのシステムでちょっと面倒だったので、慣れたフリーソロで登ろうかな・・。でも、キビしい・・。落ちたら、絶対にヤバいし・・。って、やっぱり残置ハーケンがあるじゃん。ヨシ、まだ時間もあるし、これも単独登攀システムで登ろうっと。荷物を置いてやはりロープの端っこを木に固定し、自分のところをインクノットにして徐々に繰りだしながら登る。リッジから最初の残置ハーケンにクリップ。でも次の一歩が出ない。ム・ムズい・・。果たして、本当に効いているのか怪しい残置ハーケンに完全にA0しながら次の一歩を探るが、な・ない。これは勇気を出してA0を解除し、左のバンドにトラバースするしかない!左にトラバースするも二手目で行き詰まる。うぉぉ。あまいカチしかねぇ。ガバぁぁ。いや、指先10cm先にガバみたいなのが見える。アレをとれば何とかなりそうなのだが、遠いっ!あぁ足がプルプルしてきた。さらに左足の足場が崩れそう・・。おぉ手もパンプってきた・・。戻るのもなんかつらい。もう、やるしかないやろ、伸び上がるしかないやろ!やってやるやんけ!崩れそうな左足の足場に全体重をかけてバランス伸び上がり・・ってその足場が崩れたその瞬間、何とか左手はそのガバを掴んだ!
 「おぉぉあぅぉう。」
 声にならない声を久しぶりに出してしまったぜ。個人的にはグレードW+をつけたい会心のクライミングを単独でやってしまった。はぁはぁはぁ。あぁ怖かった。あとはなんとかそのバンドを忠実に左へトラバースを10mすれば、何とか一息ついた。木を終了点に再度懸垂下降&タイブロックで登る。この登り返しもまたシブい。まったく、イヤになっちゃうぜ。それにしても、ここはフリーソロは絶対にムリだったなぁ。残置ハーケンがなかったらトライしていたような気もするので、あの残置ハーケンに救われた思いだ。サンクス!
 とにかく、この2回のクライミングで完全に疲労困憊。疲れきってしまった。もう奮闘したくないなぁ、頼むよと思って藪をこぎながら登っていくと、頂上の看板が見えた。
 「っしゃぁぁぁ」
 誰もいない山頂で雄たけびを上げた。山頂に着いたことがこのうえなくうれしい。空は快晴。遠くを見れば真っ白な浅間山がさすがの百名山の風格で傲慢なほど鎮座している。毛無岩、立岩、鹿岳もちょこんとその存在を誇示している。荒船山は・・こっちからじゃよくわからない。でも、あぁやったぜ。
 下山は東稜の登山道から。ちょっと恐ろしいところもあってちょっとスリルを味わいつつも、落ち葉が敷き詰められた登山道を1時間で駐車地に戻れた。
 治田さんの森吉から岩手山の縦走記録のサブタイトルは「北東北の流離」だったかな。やはり単独行にはサブタイトルが似合う。大げさながら今回の岩稜にサブタイトルをつけるなら「潤いの岩稜」とつけてみたい。
 「潤い」という表現から、「新鮮な」とか「みずみずしい」というイメージでポジティブに捉えてしまうだろうか。しかし、正直にいうと、この碧岩北稜は見栄えがしないし、ロープを使うところも2ピッチと短いうえにモロいし快適な登攀ものぞめず、まぁ皆さんにおススメできる類の場所ではない。それでも敢えて、私が「潤い」という表現を使うのは中嶋正宏氏の「単独行には渇きが必要」という言葉を思い出したからだ。その文章を読んだ時、「へぇ〜。単独行って『飢え』じゃなく『渇き』が必要なんだ。深いなぁ」って思っただけだったが、今回の山行でその些細な違いが充分にわかった気がした。「もう、当分は単独はいいや。」という感覚はおナカ一杯というよりは、潤されるという感じがどちらかというと近いのだ。なんというか説明するのは難しいけど、心地よさがまったく違う気がするのだ。とにかく今回、いろいろあって(?)フェニックスへは挑戦もできなかったけど、まったく後悔なし。この“潤い稜”。絶対に忘れまじ!
 それにしても碧岩山頂でのうれしさといったら・・。余韻に浸るとはこのことをいうのだろうな。思えば今無雪期のシーズンインはとなりのタカノス岩北稜から始まり、シーズンアウトも居合沢を挟んだ碧岩北稜。いや、狙ったわけではないけれど、なかなか面白い取り合わせになったシーズンだった。それぞれの頂上から眺めた風景もタカノス岩からは明らかに堂々としている浅間山ばかりに目が行ったが、今シーズン何回も足を運んだことで、それと同じくらい西上州の毛無岩・立岩それに鹿岳へ目が行った。この1年で多少幅が広がったということかな。来年は立岩と鹿岳を登って毛無岩とあわせてナンモク岩峰3部作を完結できたらいいなぁ。これは来シーズンの課題だが、近い将来、つまりは冬のシーズンの課題も見つけてしまったのはうれしい誤算だ。下山路から見る碧岩西稜がものすごくカッコいいのだ。そして3段の滝。美しいのだ。この3段の滝のアイスから西稜に継続するのは、まったくもって自然なラインだし、技術的レベルもそれほど高くはなさそう。また冬に来ても良いなぁと思ってしまった。誰かやりませんか?よろしく。

2008.12.1 鮎島 筆

【記録】
11月29日(土)快晴
 駐車地0700、碧岩山頂1000、駐車地1100
【使用装備】
 ロープ50m、タイブロック、クライミングシューズ
※ロープは30mで十分だったと思う。

【写真】
ナイフリッジから核心部を望む 核心ピッチ
頂上にて 六車集落から。左は大岩、右が碧岩。

山登魂ホームへ