■八ヶ岳・阿弥陀岳北西稜 [雪攀]

2010.02.06-07


高橋、寺本、中舘


2/6(土)  高橋車は、9時過ぎに美濃登口駐車場に到着した。寺本さんは、既に1時間位前に到着していた。

曇天・強風の中、準備して出発する。

強い寒気で積もった雪で車が動けなくなることを心配して、美濃戸口から車を置いて歩き始めたが、「(車で)行けたね」とは、美濃戸に到着してからの、寺本談。

美濃戸から、途中1本取って、阿弥陀北西稜・取付には、ほぼ予定通りの13時過ぎに到着する。

寝不足と重荷で疲れた体に鞭打って、先に到着していた5人パーティーを尻目に、先に整地&テント設営し、ワカンを着けて、明日のアタックの為のトレースを付けに出発する。

途中迄は赤布が顕著だったが、奥の沢を渡る辺りから、右往左往しながらルートを探り、2つ沢を渡った奥の割りと木の多い樹林帯が、阿弥陀岳へと続く北西稜のようだ。

その間、件の5人パーティーが前になったこともあったが、「ラッセルは、ワカン無しでは無理なので、お任せします」とばかりに、我々に先頭を譲ってくる。

初めの樹林帯上部と2つ目の樹林帯ではかなりの強風だったが、3つ目の樹林帯に入ったら風は殆ど当たらなくなった。

処によっては、ワカンを着けても腰迄のラッセルをしながら進むが、時間切れ。

「あの明るい処が、稜線では?」と頑張るも、稜線の露岩少し手前であり、午後4時にラッセルを終えて引き返した。

テントは寺本さんの未だ新しいゴアのエスパースだ。

しかし、この日はかなり強い寒気の為、あまりに寒く、火をガンガン焚き、鍋を食べて床に着いた。


2/7(日) 「4時起床、6時出発・ラッセルの続きは他のパーティーがしてくれる」予定だったが、5人パーティーの他にもテントが2張りも在るのに、誰も、一向に起きた気配がしない。

仕方なく、ラッセル覚悟で7時に出発する。

昨日のラッセル跡から少しで露岩に着いた。

露岩を右から回り込んで通り、乗っ越す処は1枚岩に薄雪でちょっと嫌らしい。

中館は少し遅れ気味。膝位のラッセルをしながら進む。

途中から、男女の2人パーティーが追い付いて来て、我々は3人で時間が掛かりそうなので、先行して貰う。

稜線に出ると、風は強いが、眺望が素晴らしく、気持ちが良い。

稜線が痩せて来たのでロープを出して、コンテで進む。

やがてミックスっぽい岩場に到着した。

11時過ぎ頃だったか。先行のフォローの女性が攀じる前に、高橋リーダーは待ち切れずに登攀り始めるが、直ぐに諦めて戻って来る

先行のランナーが空いてからでないと、登れないと言う。

先行パーティーが登攀り終わってから、改めて高橋リードで登攀するが、支点から50mロープ一杯いっぱいで、結構時間が掛かる

取付いてみると、なるほど、ルートは結構寝ているように見えるが、殆ど手掛かりが無い!

一旦腰に着けたバイルとピッケルを外して、ダブルアックスで進む寺本さんはシングルアックスだったので、結構苦労したそうだ

最初のランナーの処と、上の小岩場の処は、中館はA0してしまう。

上部は処々、岩のホールドもあったが、結構悪い処もあった。

 

上部岩場は核心で、ルートガイドには3ルート取れる書いてあったが、先行パーティーは岩場を回り込む様に右側に行ったとのこと。

我々は、高橋リーダーの適切な指示により、左側に回り込んでから登攀るルートを取ることにする。

高橋リーダーの指示の基、寺本さんリードで左トラバースでロープを延ばす。

結構嫌らしい様なのとかなりルートを延ばしているようで、結構時間が掛かる。

大分経ってから、寺本さんの怒鳴り声が聞こえるが、何を言っているのか?皆目分からない。

左側に随分回り込んだ為と、ここのビレイポイントはかなりの強風が右側から吹き付けているせいもあるだろう。

高橋さんが耳を研ぎ澄まして聞いてくれ、やっと「黄色を張ってくれ」と確認した。

このままでは、またコールがよく聞き取れなくてマズイと判断した高橋リーダーは、テンションが掛かっているであろう黄色ロープでない方のロープが自分に着いているのを幸いに、そちらのビレイを私に解除させて前進守備を取り、コールを中継することとした。

やっとビレイ解除の中継コールが掛かり、出発すると、トラバースも結構怖い。

左トラバースから1段上がって、また少し右にトラバると、60%位のスラブ状の岩場に出た。

途中で会った高橋さんの話では、寺本さんは核心も越えて上迄行ってしまったらしい。

ラブを高橋さんがアブミで登り切るのを待って、中館もアブミで取付く。

スラブにアイゼンは怖いのでアブミを出したが、岩が寝ている分アブミが岩に張り付いて、足を入れにくい。

1箇所だけ少しピンが遠い処もあったが、最上段に乗る迄のことはなく届いた。

しかし最後のアブミから終了点に上がる処が結構大変で、ちょっとかぶっており、結構頑張って伸び上がってガバを掴んで、足を上げて這い上がった。

上から「頑張れ」の応援声が聞こえた。

「アブミを回収しなきゃ」と上から声を掛けられたが、そこは「技術の無さは、道具でカバー」、「付いてこい」の、「フィフィ&自動回収細引き」である。

私と高橋さんがアブミで登ったスラブを、寺本さんは「A0でリード」したというのだから、驚きだ。

登攀を終了し、ありがとうの握手を交わしてロープを畳み、雪稜を少し登って左側に回り込んだ風の防げる処で休憩した。

14時半前だったか... 。手袋を取って見ると、中館の右手の人差し指は、「2度の凍傷」で黒くなっていた。

手袋は2枚重ねだったのだが、2枚共その人差し指部分だけ、穴が空いてしまっていた。

外側の手袋は、登攀中に破れたようだ。八ヶ岳の厳しい風は、そんな弱点は見逃してはくれないようだ。

阿弥陀岳山頂を通り、バックステップを使ったりしながら慎重に下り、テン場到着は15時半頃、テントを畳みパッキングをして下山開始は16時頃、美濃戸山荘到着は17時過ぎで、美濃戸口駐車場到着は18時頃だったか。


ラッセルから自力でやり、強風の中、手応えのある登攀が出来て、充実した良い山行でした。

「前日にワカンでトレースを付ける」という、高橋リーダーの作戦が功を奏した。

また、高橋さん、寺本さんの抜群のリードに助けられました。

本当に皆様、お疲れ様でした。ありがとうございました。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


山登魂HPへ