2010/03/27-28 治田 長嶋
3月27日 湯元発7:15~前白根11:00~白根隠~白桧岳13:30~最低コル手前のテント地15:40
3月26日 テント地発6:10~錫ケ岳7:20~テント地8:30~外山11:30~湯元13:10
僕の計画書には、思い入れた言葉を記してある。冬季の錫ケ岳に対して、礼を尽くしこう評した。
「奥深く鎮座し、その頂に意識を持たぬ限り、到底立てぬ孤独の峰・錫ケ岳」
結果は久しぶりの、充実の冬山だった。もちろん、前回の谷川一ノ倉の一、二の沢中間稜 のリッジ登攀はヒットもんの一幕だった。
しかし、今回は誰もが狙うメジャールートとはまったく違う、冬山本来の何かを教えてくれた山行だった。
ずっしりと心に響く登頂の喜びは、余韻の波状攻撃となって、今も振り返り、眺めた、どっしりとした錫ケ岳の山容が脳裏に浮かんでは消えるのだ。
計画から迷いに迷った。当初、メンツ幾人かで楽な那須あたりを徘徊とのもくろみだったが、誰も反応しなかった。
一人では何回も彼の地に通っている理由から、気になる錫ケ岳へのプランを温めはじめていた。
気になる天候は、前線の通過と冬型がどう出るかで、不安はかくせない。
計画案をパソコンに打ち始めた木曜の夜、突然に携帯が鳴り、長嶋番長の一声。
「ハルさんは、どこやるんですか?那須は行きましたので、ほかの山やりませんか?」というものだ。
単独の予定だったが、こんなに心強い相棒もいないので、錫ケ岳の存在を説明すると「不遇な奥深き山。いいですね。ぜひやりたいです」との返答をいただく。
ほかのメンツの呼びかけも直前では虚しく、二人でGOと相成るわけだ。
3月26日
前夜の奥日光の湯元Pも2日前の降雪で除雪と路面は氷化していた。この時期なのに寒さは真冬だ。軽く入山祝を済ませ、仮眠。
3月27日
翌朝は快晴。気合を入れていざ出陣。スキー場を詰めて、急な外山への一歩を踏み出す。もなか状の歩きづらい急登をこらえると、稜線に抜ける。休憩を一本。
ところが、このときに異常な寒さに気づき始める。登攀と違い、通常の登山は体を動かしているので、暖まるはずが、どんどん冷えていくのに気がつく。
おかしいな?陽が差しているのに、相当に気温が低いなと感じたわけだ。
さらに前日の先行トレースもここで消えて、いよいよもって番長と変わりばんこのツボ足ラッセルの始まりとなるわけだ。
ふた時間ほど頑張ると、前白根の強風地帯で、ガリガリにクラストした斜面を通過し、白錫尾根に乗っかっていく。
間近な奥白根本峰が、凄い迫力で存在する。岩壁リッジ間の急峻なルンゼは滑りのラインもなんだか見えてきそうだ。
エキスパートスキー屋には格好のねらい目かも?ワイが少しは滑りに達者なら突っ込みたい欲も湧いてくる。
それしても強風で体温が奪われる。
この晴天率の高い、安定した奥日光でこうなのだから、いわゆる日本海気候を受ける、越後、北陸、北アルプスなどはどれほど酷いのか、想像もつかない。
白錫尾根。この存在に実は強くひかれた。
長く延々と続く長大な尾根はそれだけで魅力だ。
さらに面白いのは、狙うのは錫ガ岳だけど、途中の尾根のピークがそれより高いのだ。
白根隠山と白桧岳。とも雪白き山で、ピークらしく素晴らしい。疲れていたらそれで満足して帰ってしまうかもしれないくらい立派な峰だ。
そこまでいくと、やっと錫が遥かに、そこそこの存在を持って伺えるようになる。
遠いその頂に、執念と愛着が生まれてこなければ、上記に示すように帰ってしまうかもしれない。
僕らは約束通りに、疲れきった足取りでその一歩を踏み出した。振り返ると気合の番長も久しぶりの山なのか、疲労の顔は隠せない。ここはじっくり攻め続けるしかない。
小セッピが続く尾根は、コントラストもよく、錫へのプロムナードとして最高。呼吸をツボ足の浅いラッセルに合わせてじわじわと進む。
不思議に近づくほど、ああ、何ということだ。錫の存在が偉容に偉大に写って来る。山そのものの存在感が大きすぎる。うーん、美味すぎる。山としての魅力、価値がハンパでない。
これほどの山が不遇な存在に扱われるのだ。
地図を見ればその位置や根張りの大きさ、存在感は理解できるだろうが、目の前のそれは、その想像以上のものなのだ。
俄然やる気が湧いてくる。明日の登頂を目指すため、今日はできるだけ近づきたい。
そういうわけで、最低鞍部の少し手前の樹林下の日光側斜面にスコップで切り崩して最高のテント地を作る。風はなく、一日の疲れを癒す宴の始まりだ。
定番のラーメンで始まり、塩気を体内に入れて、グビグビ酒をあおる。この男、番長とは男気の塊のような野郎で、相対するワイはまったく気が抜けない。
負けずに杯を開けてハイになって盛り上がる。
明日は曇のようだが、この陣の位置から何が何でも奴のテッペンに立ちたい。
その思いから、夜更かしはしないで腹いっぱいエネルギーを蓄えて横になる。
3月28日
最低限の装備を担ぎ、錫へのアタック開始だ。今日は風も弱く、いい日和だ。
しばらくで樹林の中に錫の水場と記された看板がある。ここは無雪期のテント地のようだ。
夏場はここに一日目に来て泊まり、翌日アタックということだ。
小さなピークと尾根状をいくつか越えて、本峰への最後の登り。交代で浅いラッセルを繰り返す。やっとその頂上に着く。
とにかく嬉しい。やっと立てたよ。男二人で抱き合い「やったやった」の連発だ。
しかし、なんとも地味な頂だ。まわりは針葉樹林で展望は少なく「錫ケ岳」のプレートがなければよくわからない。
それでも先の切り開きから、一気に下がって、宿堂坊山、三俣山さらに、堂々の皇海山へ、うねるような黒き山々の果てしない尾根が続いている。
関東近郊において、これだけの山々に、まともに道もない、小屋もないという足尾山塊はそれは非常に稀有なる存在だろう。
下山はトレースがついているので楽で早い。それでもテント場で全装備を担ぐと、体力の温存登降をする。
なにせ、長丁場だから、じっくりペースで行かないと疲れが徐々に溜まってきてしまうからだ。
昨日とは違い、天候も良く余裕があるので、写真を何枚が写す。
何度も振り返り、錫の雄姿を焼き付ける。計画では五色山へ登り中曽根を下るつもりではいたが、やはり相当の疲れからそれは取り止める。
それでも、ゆっくりペースにも関わらず昼前に外山の急降下へ突入してしまう。ここは見事な急斜面で、一気にスキー場へと導いてくれた。
もう、どんなに振り返ってもあの姿は見られない。もう白根隠で錫ケ岳の存在は無くなってしまったのだ。
二日の山行だったけれど、あっという間の幻のような孤独な峰の登頂だった。
間違いなく「奥深く鎮座し、その頂に意識を持たぬ限り、到底立てぬ孤独の峰・錫ケ岳」だった。
写真については、実際は二日目の下山に振り返りながら撮影したものです。
初日は、強風と寒気が凄く撮る余裕はありませんでした。
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