■会越/御神楽岳前ヶ岳南壁V字第二スラブ [登攀]

2010.6.26
鮎島仁助朗
 妻が、友達と温泉に行くらしい。じゃ、ボクも行こうっと。「鶏口牛後」ではないが、誰かについていこうとは考えずに、自分が行きたいところに行くぞ〜〜。
 …しかし、妻が温泉に行くということは、クルマがないということ…。うーん、どうしようか。これまで、自由に使える車がいつも手許にあり、「アプローチ手段=クルマ」という図式が当たり前だったのだが、こうとなっては、アプローチからまずいろいろ考ねば。
 まず電車でいけるところ。しかし、ボクのインタレストリストに電車でいけるところは、オーブに登られた「白板スラブ」ぐらいしかなかった。…オーブの「二番煎じ」はしたくないしなー…「クルマを持っている人を誘おう大作戦」に変更しようっと!
 車を持っていて、ボクの言うことを聞くヤツ…といえば、大学の後輩しかいない。さっそく電話。しかーし「ボク、昨年、骨折させられたじゃないですか。ちょっとそれ以来、沢は…」と歯切れが悪い。挙句に「ボク、彼女できたんですよ」と、これ以上ない一撃を喰らわされる。「そうか、お幸せにナ」と、断念。気を取り直し、志を同じくする群馬の大社長へ連絡。こっちはスケジュールさえ合えばと思っていたのだが、「恥ずかしながら最近クラックにハマっててさぁ、スラブ・草付登っててもフリー上手くならないじゃん」と意外な反応。あれっ??いつの間にか趣旨換えされてたんですか……ショック!!
 しょうがない、急遽、もう一度、電車でいけるところに焦点を絞り、必死になって資料漁り開始。何個か面白そうなところを思いつくが、時期が悪い、天気が悪そう、なにより「復帰初っ端の山行には相応しくない」という理屈でやめた。はい、勇気がないのです〜〜〜。
 とはいえ、天気はよさそう。また、ひとりで家に居るのもつまらない。…「ボクも温泉にいくっっ、いや連れてってください」との言葉があやうくでかかる。しかし、それこそ、アカン。アカンでしょ、やっぱり。
 冷静になってちょっと考えた。すると、きら〜んとヒラめいた。
 「そうだ、レンタカー借りればいいじゃん♪」
 ――そうだよ、車さえあれば、行きたいところがいくつもあるのよね。Nice Idea!!。…なんか「カネで解決する」という安易な方法だが、この際、しょうがない。世の中、カネじゃ。

 と。前置きが長くなってしまったが、目指すは御神楽の前ヶ岳南壁。記録があり(たくさんでもないけど)、それほど難しくはなさそうで、前々から単独で行くなら…と考えていたところである。加えて尊敬する榎並氏も行っていたところでもある。
 特定の人の追体験をすること――このことを「シンクロする」と表現すれば、「シンクロ」も登山の重要な要素だ。ボクにとって榎並さんはシンクロしたい対象の人物である。よって、前ヶ岳南壁にはいろいろルートはあるけれども、目指すルートはひとつ。榎並さんも登ったV字第二スラブである。

前ヶ岳南壁スラブ群とV字第二スラブ(赤線)
 「なんかウキウキしてない?」という妻からの鋭い指摘を受け、「っえ、いや、あのー。そ、そんなことないよ…」と、完全に動揺しつつ、否定してしまった。ボクは、何にびびってるんだ?!…なんだか情けない。
 サクッとレンタカーを借りて出発。東北道〜磐越道経由で会津坂下ICで高速をちょうど24時を過ぎるように降りる。ICから登山口までは1時間ぐらい(たぶん通常より早いと思う)。自宅から、4時間ぐらいということころか。さすがに疲れたので登山口に車で仮眠する。

 今日の天気は、朝方晴れ、かつ「プールに入りたくなるような蒸し暑さ」。そして、午後から雨という予報・・・。
 スラブなるもの、一番嫌なのが雨、次が夏晴れ。これは定説だが、ダブルで揃ってもうた…。しかも、今回目指すスラブは「前ヶ岳南壁」。そう、南面スラブ…フライパン状態で干上がるのだけはマジ勘弁…というわけで、できれば、日が当たる前にスラブを登りきってやろうと、4時に起床。寝起きは無性に何も食べる気がしないので、サクッと準備して15分後に出発。さすが、日が一番長い時期、すでにヘッドランプ不要なぐらいには明るい。

 林道っぽいところを10分歩いたところから渓谷沿いの登山道が始まる。登山道は沢から離れていくという話だったので、八丁洗の坂から沢沿いに行く。この「八丁洗の板」と呼ばれる平ナメは、「ナメナメ♪」と前評判がよく期待していたのだが…。確かに最初はテンション上がったのだが、ありゃっ?もう終わり??20mぐらいしかないじゃん……。「ナメナメ〜♪」の定義を「ミニマム30分ぐらい歩くナメ」と決めてかかっているボクにはとても物足りない。どうやら一度、桃洞のようなナメところ行ってしまうと、「ナメナメ♪」の基準ハードルが高くなってしまうらしい。

 しばらく、沢沿いに行くとなんかモワ〜ンとした冷気が。…やっぱり出たっ、雪渓の残骸。お願いだから、沢をふさがないでくれよ〜と祈りつつ進むが、あーやはり。ふさがってる…。しかも、くぐらないとダメなヤツ…。
 実は、ぼく、恥ずかしながら言えば、SBをくぐったこと、一度もないのです。雪渓から竹ペグ懸垂だとか変なことをやったことはあるけれど、SBくぐりだけは一度もないのよ。それを、今、新婚のこの僕が、その復帰リハビリ山行で、しかも単独でやろうとしている。ま、残雪のこの時期。雪渓の上を歩くことぐらいは覚悟はしてきたけれど、えーくぐるのー?もし、通過中に崩れてきたらやだなー。
 と、大げさに書いたけれど、長さはたった10m。さらに、見た限り頑丈にブリッジしてくれているので、ダッシュすれば大丈夫!…のはず。よしっっいくぞっ!……よしゃぁぁ〜、わはは、過ぎてしまえばこっちのもんだぜっ!
 さらに進むと、冷気が…。なんだよ、またもうひとつあるのかよ…しかも次のはさっきの比較して、絶対に難易度高いじゃん(壊れそうという意味で)。勘弁してくれよ〜、でも、テンション上がっちゃってるので、迷うことなくダッシュAっっ…わはは、やったぜ。復帰リハビリ山行で初体験のことを2回もやっちまったぜ!アドレナリン全開っっ。

 そんなで、5時過ぎにはカラ沢の出合に到着。ちょっと休憩し、本流と別れ、簡単な渓相のカラ沢を少したどると、またもや出てきた雪渓ちゃん。そしてその奥にドカンと、かっこいい赤茶けたスラブちゃん。「これが前ヶ岳南壁最難の赤いスラブか〜」と思い、概念図をよくよく見ると、ん?これ、今目指しているV字第二スラブやんけ…。ウゲ〜マジでー。さらにアドレナリン全開。
 雪渓の上を歩き(くぐるよりは気分がいいね☆)、本流と分かれて、右の顕著な支沢に入り、V字スラブへ。いやー、V字スラブかっちょよいっす。
 V字スラブは第一から第四まであるが、この右スラブとの分岐から見ると、榎並さんが『V字第2スラブはこの中では簡単なものなようだが、ラインとしては本谷という感じで自然』と書いていたとおり、やっぱり第二スラブが一番かっこよく見える。いいね〜いいね〜、テンション上がってくる。

 V字スラブ出合の滝はいかにも悪そうなので、左から巻くように登り、そこからクライミングシューズに履き替える。けっこう、早いペースで来たから、計画通り太陽が当たる前。まだ暑くないっぜ!…っが、キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━。あいつらが来た〜〜。ブヨブヨ軍団。きたなー、こいつらめ。昔、金山沢奥壁でひどい目にあったからなぁ。ここにもいるだろうなぁと予想してはいたが、このアプローチまで全然いなかったら、ついつい油断してたぜ。このスラブで大群でやってくるとはいい度胸だ…。さっさと登ってやるぜ。

 『傾斜は緩く、岩は順層で堅く、快適そのもの』(by榎)⇒いやーそのとおり。手をつくかつかないかの微妙な楽しい傾斜を登っていく。
 『難しさを求めるのではなく、このスタコラ登る感じが、実はスラブの醍醐味なのかも知れない』(by榎)⇒いやーその通りの醍醐味を感じてますよ、榎並さん!
 おお〜、ボクは今、確かに榎並さんにシンクロしてルっっ!

 一箇所、ロープを出してもいいなぁというところがあり、そういうところには、やっぱり残置ハーケンがあるもの(今回、残置物は見たのはこのひとつだけ)。でも、まぁV級の域を超えるでもなく、また大して高度感もない。従い、ノーロープで行く悲壮さはないのである。
 なおも、ずっとブヨに付きまとわれながら、この快適なスラブをせっせと登る。最後は右へ行くように草付スラブをつめると、スラブ終点からほんの数mのヤブ漕ぎで稜線へ。時は6時半前。やったぜ、目標だった太陽が壁に当たる前に登りきったぜっ!!
 それにしても、ブヨに付きまとわれたけれど、全然刺されなかったなー。ぼく、結婚したからかな〜、それとも30歳になるからかな〜…。ま、どちらにしても、いいことだ。

 沢靴には着替えて、あとは稜線のヤブを漕ぐだけ。このヤブ漕ぎ、最初、踏み跡らしきものもあり「楽勝、楽勝〜ヤブ漕ぎも楽しいな♪」とルンルンと漕いでいたが、10分ぐらいやると飽きてきた…。ま、それでも20分ぐらいで避難小屋近くの登山道に出たのでそれほど長くはない。
 本名御神楽岳を往復(御神楽岳山頂は行ったことがあるので割愛)して、下山。途中の下山路から前ヶ岳南壁のスラブ、特にV字スラブがくっきりと見えるところがあり、足跡を振り返ってみる。取付きから見ると、第二スラブがかっこよく見えたが、登山道からだと第四スラブが一番かっこいい。でも、「次は第四スラブだ!」なーんて思わせるほどではなかったけど。
 8時過ぎには駐車地にたどり着いた。早かったね、いや、早く下りすぎた!温泉やってないじゃん…。
 しょうがないので、帰りは小出経由、国道17号の下道で9時間かかって自宅へ帰った。

 御神楽岳前ヶ岳南壁は、山深くもなく、また総じて難易度が高いわけでもなく、まじめな山屋・まじめなアルピニスト、両者に深い感慨を与えるところじゃない!…と思ったりして。また広谷川の御神楽沢奥壁とちがって、ガツンと来るインパクトはない!…って思ったりしてる。
 であるなら、どうであったか?
 「ふふふっ、とっても、よかった☆☆☆、はははっっ」
 そうなのです。榎並さんは「遠いとおい場所での鮮やかな思い出…。」と書いていたが、確かに、ボクにとっても新鮮だった。フレッシュだった。何がって全部っ。もちろん御神楽のスラブもそうだが、なにより新緑の山、雪渓、せせらぎ。くわえて、はじめて訪れる只見の見知らぬ山たち。帰りの只見川沿いの国道も含めて、とにかく、たのしかったなぁー。レンタカー借りてでも行ってよかった〜。

 その一方、今回、「レンタカー」という安易な方法でアプローチ問題を解決してしまったが、「車がない」という状況を有効活用できなかったのは、けっこう勿体なかったかも…って反省。
 車という装備は、山登りにおいて一番重要装備になりつつあるが、入山口と下山口を同じにしなければ…という弱点もある。これまでのボクは、いかにその弱点をなくすか?という計画を立てていて、入山口と下山口が違う計画の立案を怠っていたんだなぁ。よーく、思い知らされた。
 でも、今回。まじめに精査したので、短期間で二つ具体的な計画を考えついた。だから、この時間も決して無駄ではなかったと思うようにしよう。
 楽しいリハビリができたこと、御神楽前ヶ岳南壁を登ったこと、そして榎並さんの追体験ができた。しかし、今回、以上の収穫は、案外、二つの計画を立案できたこと、そしてそう気づいたことかもしれない。

2010.6.28 鮎島 筆

【記録】
6月26日(土)晴
 駐車地0415、取付き0530、稜線0625、登山道0645、本名御神楽岳0700、駐車地0805
※タイムはかなり早い部類だと思うので、あまり参考にしないほうがいいと思う。

【使用装備】
フラットソール
※クライミングシューズはとても有効である
※ロープは不要だと思うが、初心者がいる場合あってもいいかも。ただし、確保支点を作れるかどうかは不明
【写真】









山登魂ホームへ