■和賀の縦横無尽の沢歩き

生保内川志度内沢~堀内川朝日沢(下)~堀内川マンダノ沢下天狗沢~堀内川マンダノ沢上天狗沢(下)~堀内川マンダノ沢~大荒沢川(下)
2010.8.6〜.9
治田敬人
 原点回帰。それは誰の人生にもあるかもしれない。一生懸命歩いてきた道のりをふと振り返る。自分は何のために、この道を選び歩んできたのか?今一度、そんな「なぜ」を考えるため、回帰し原点に戻る。大切なことだろう。
 僕の山の原点は、やはり歩き登ること。見たことのない世界を覗き、手や指先や肌で山を感じることだ。自分が訪れていない世界に足を踏み込むこと。山をひたすら歩き登り体感する。それは道のある世界にとどまらず、沢や岩や氷も求め登り切る。もちろん登るだけでなく下降のスキー滑降も一つの山と捉え取り組む。枠は固くは引かない。引いてしまえば卓越したジャンルの技は身に付きそうだが、技だけでは通用しない山をやりたい。そういう考えの下で、柔軟に対応し、一年365日全てが山につながると数十年動いてきた。
 さらにこの数年は人工壁のクライムまでも山に続く何かがあると思えている。しかし簡単に言えば、山馬鹿なだけかもしれない。でも、この山岳活動に、自分自身嬉しさを覚え、身を粉にして動いているのだ。
 それで冒頭の回帰だ。そういう活動に、昔、情熱を注いだ単独遡下降が浮上している。発端は白神の沢だろう。どうしても彼の地へ行きたい。入山規制があろうがなかろうが、誰が行こうが行くまいが関係ない。本当に行きたい所に、本当に行きたい気持ちで向かう。もちろん誰といってもいい。だけどそれを求めてもかなり無理がある。現実は日程上の休み、気持ちの度合、技術や体力などなど……、考えあぐねた結果は単独になってしまう。そういう当たり前の求めている山が、今求めているもの。行きたいから行くという素朴な原点。
 それで和賀を考えてみた。大雪のクワウンナイ川から地獄谷のプランの遅さ甘さもあったが、和賀はそれを補うほどの情熱をぶつけらるれものと自負していた。急な代替ではなく、前々から練っていたものと受け止めてほしい。それはやはり、25年前の継続の遡下降の経験から、さらにを求めて考えていた案だ。あの充実した日々と、幾つかの沢の遣り残した山塊の未練。それを払拭さしてくれる計画でぶつかろう。少しは欲張り、でも余裕も持って練ったみた。結果は、どうぞご覧あれ。
8月5日(木)<出発>

 慌しい勤務を終えて、最終の盛岡行き新幹線で一杯やる。みちのくの沢旅は幾つもこなして来てるが、いつも緊張と胸の高鳴りで杯は進んでしまい、実に喜ばしい入山姿勢だ。盛岡では構内で仮眠もできず駅前広場のベンチで横になる。弱者締め出しで安心して寝られず朝を迎える。


8月6日(金)<生保内川志度内沢>

 田沢湖線始発乗車。車窓からの覗く生保内川は規模もでかく迫力もある。昔、ソロで向かった生保内川〜朝日岳〜朝日沢下降〜堀内川ハ滝沢〜和賀岳〜和賀川上部〜沢内に降りた記憶が蘇る。一心不乱で谷々と山々を求めた日々は僕の血肉なって体を駆け巡る。
 田沢湖駅からはタクシーで生保内林道を遡るが、数日前の新幹線も止める大豪雨で林道がズタズタ。すぐに崩壊して立ち往生。ま、致し方ない。アブも寄ってくるし本気で身支度してボチボチ歩き始める。

 志度内沢はそれなりに規模も大きいが、右岸に道がありそれを遡る。しかし、その豪雨がものすごく谷は大荒れだ。堰堤も続くがその乗り越しの道もズタズタ。河原は大木が重なり連なり、支沢からの土石流に驚嘆の目が続く。退屈な歩きが延々と続き、小ゴルジュが続くので竿を出しおかずをキープ。二俣にやっと着くが、昼前だ。ここで泊るか迷ったが、早いために歩を進める。
 滝もいくつか出てきて、両岸が狭まる。曲がりを繰り返すたびに、いよいよ大滝か。まずは2段25mの直瀑。過去の記録では左側から巻いているらしい。しかし僕にはどうもNGに写る。下段はシャワーで登り、そこより左巻きを考えたが、上段も右側に弱点が見てとれる。決して楽ではないがトライする価値はありそうだ。もろいそのラインを慎重に攻めて滝頭に立つ。
 続いてすぐに大滝2段30mのご登場。こいつも直登したい。よく伺うが右ラインが行けそうだ。しかし上部は結構急で浅い凹角の攻めがやばそうだ。一段目を難なくこなすが、案の定、右上部はかなりのシャワーとコケがすごくやばい。ソロクライムはこの読みが重要だ。右巻きが易しそうなのでそのまま右トラバースから右巻きでやり過ごす。
 既に上部の沢がこれで一気に、小さくなった。ナメが続き、ルンルンで飛ばす。これだよこれ。この爽快感。

 最源流に小さな河原を見つけてツエルトを張る。焚火は芯まで湿気ているので中途で終わる。それでも外での宴会はいい。静かで沢音だけが響く中、一人で酒に酔う贅沢。文句なし。


8月7日(土)<生保内川志度内沢~堀内川朝日沢(下)>

 稜線まではわずかな距離だ。藪はそこそこ。それでも下降用の沢である部名垂沢のポイントまで来ると踏み後が急に濃くなる。それで一気に朝日岳に立つ。そのたたずまいは相も変わらず静かな頂だ。

 さて、視界はきかずコンパスをふっての朝日沢の急降下が始まる。
 藪からガレ、そしてナメ状から小滝の連続。巻きも選択しないとくだれない。何か動物の獣になったような、そんな勘を働かせスルスルとガンガン下り続ける。昨日の志渡内沢より豪雨のつめ跡は少ないようで途中で竿を出し、ゆっくりモードに転換。成果がでればまた納竿し急な大岩地帯を下降する。
 なんとここで驚きのサプライズ。まったく予期していない単独の男に突然出会う。相手も驚いたようだが、見たこともある御仁なんでこちらから伺えば、あの長期山行の第一人者の深谷明氏だ。ま、向うも本当かどうかは知らないが、山登の治田の事も知ってはいるようで少しは嬉しくなる。彼は生保内川からの継続で夏瀬温泉に下るとのこと。堀内川の本流まで共に歩く。彼の体からはオーラがあふれ、その筋肉の塊から野獣の匂いがした。ワイの感じた岳人の中では、相当のツワモノに入る輩だと思った。
 さて、堀内川はやはりでかく悠久な流れだ。ここでまた老舗の鵬翔山岳会の5人Pと出会う。挨拶を交わし抜きつ抜かれつで、先行させていただく。
 急な大粒の雨が振り出し、増水が気になる中、自然な歩きはワイが思う以上に速いテンポで進んでいる。

 マンダノ沢に入っての泊りを考えていたが、オイノ沢出合の本流右岸に最適な幕営地。整地も何もなく即ツエルトが張れる。天候も悪いし、ここでおしましの宣言。しばらくして鵬翔の面々の到着し共にここで幕を張る。


8月8日(日)<堀内川朝日沢(下)~堀内川マンダノ沢下天狗沢~堀内川マンダノ沢上天狗沢(下)>

 今日は予定以上に進んでいるので、さらに駒を進めるべく核心をこなそうと気合を入れて4:00に起床し5:45発。
 今日の行程は、マンダノ沢から下天狗沢を登り再度朝日岳に立ち、上天狗沢をくだり、その出合で泊るというもの。

 懐かしい八滝沢の出合を見て、こちらが本流だろうと思えるマンダノ沢に入る。しばらくして大岩が重なるゴルジュに入る。  2条の15mの滝はとても登れず弱点から右岸巻きとなる。その巻きも微妙でRFが楽しめる。またしばらくで同じ2条の滝これも巻きだ。さらには下部がナメ状で上段は曲がったイナズマ状の滝もご登場。これは下段は右から巻いて上段は水線の左を微妙に攻めあがる。急に傾斜が緩み広い河原が続く。  しばらくで有名な蛇体淵だ。過去の記録から皆右巻きをしているらしいが、どうも巻きルートはそうは見えない。自分のラインを確かめるために左をつめると案の定楽に小さく綺麗に巻ける。すぐ上の小さなCS滝の見ながら下降できる。さらに大淵のCS滝は、その右側より越える。あとは、おとなしくナメ状滝を出てきて、上天狗の出合に到着だ。  まだ8:45。3時間での行程は、調子がまずまずで予想通りと言える。

 不必要な荷物をデポして天狗沢経由朝日岳一周コースを廻る。
 快適な素晴らしいルンルンコースで下天狗沢出合。後は小ゴルジュに小滝が連なる遡行が続く。
 最上部でやや難しい滝が出てくるが、密藪を漕ぐと今回2度目の朝日岳にやっとこ着いた。視界は良し。巡る山々が懐かしい。
 上天狗沢は急なお花畑から、これまた密な藪こぎで、沢に乗っかれる。後はナメが続き、所々嫌らしい小滝の下降を交え、すんなり先ほどの二俣に戻る。

 ツエルトを張り焚き木を集め、落ち着いていると、何とも山の内懐に抱かれている自分がいる。今日は火を起こし、酒をゆっくり喰らい、酔いの中、和賀にいる自分を楽しんだ。また、昨晩も泊り地を一緒にした鵬翔の面々もここに泊り、にぎやかな夜を過ごした。


8月9日(月)<堀内川マンダノ沢~大荒沢川(下)>

 順調に進んでいるので、今日は一気に里に戻る気持ちで、出発する。

 昨日通った沢筋を辿り、マンダノ沢の源流へとつなげる。出合は小滝。下半身を濡らしながら小ゴルジュの谷に、不安いっぱいで、でもガンガン突っ込んでいく。
 楽な小滝が幾つも続くが、何かあるだろうとの読みの通り、一目見てかなり厳しい滝が出てきた。んーん、立っている。巻きは草付き、ほぼ垂直の谷筋ではさらに悪い。荷をおいてホールドをまさぐる。じっくり納得いくまで眺めつかみ読んでいく。何とか行けそうだと答えが出た。また、荷を担ぎトライだ。外傾したホールドにそっと足を乗せ、安定させてから、まさぐった遠いカチホールドをしっかり固める。えいっと右足に立ちこみワンレッグスクワットの状況で、体重を上げていく。一手一動作が真剣勝負。まったく小滝だが、こんな誰も来ないような沢の源流では間違いは起こせない。
 さらに幾つかの嫌な滝も出てきたが、同じようにじっくり読み、慎重に取り付き直登していく。
 つめは藪も濃いようだが、最短の稜線に出るため、やや手前の開けた草付き斜面の所で右岸を一気に詰めていく。これはまったく大当りでたいした藪も無く稜線に抜けた。
 そこは刈り払いされた道が続いており、主峰の和賀岳が連峰の存在を誇示していた。幾筋の尾根が脈々と続き、その合間の谷は堪らなく遡行者を誘う。やはり、夏の和賀山塊は文句なしに最高だ。

 さて、最後の沢に取り掛かる。大荒沢。ろくに記録がなく、本当はどうなのか?当初より興味があった。降り易い下降点を探し一気に急降下。ガレ場から左岸からどんどん沢を合わせていく。  上部には20mクラスの滝があると登山大系には記してあるがそれはない。10mほどの滝があり、一つは右岸から懸垂下降。  さらに下るが、たまに小滝がある程度で延々と河原が続く。それは飽きるほど続く。ただ、山深さは抜けないので気楽にはなれない。  案の定かなりくだった最後の方で両岸が高くなりドードーと落ちる豪瀑の音が響いてきた。覗けばどうにも下れない8mの見事な滝。巻きも難しい。ここは右からの懸垂下降で滝つぼの端に降りた。これで大荒沢の核心を越えわけだ。  さらに河原を歩けば堰堤に着く。これで沢旅は終了だ。

 あとは人だけが通れる山道を辿り、さらに車の砂利道を辿り、舗装道を辿り、人家を伺い、通過する車を見てバス停に着いた。
 旧沢内村の川舟発の14:00過ぎのバスに乗れば、下界の自分しかいない現実が迫ってきた。でも、盛岡からの新幹線で一気にBEERを1リットル流し込み、日本酒を楽しめば、疲れと共に想いを込めたこの山行の一幕が次々と蘇る。
 たまらない充足感が押し寄せる。これは何十年と山を思い活動した、ご褒美として自分に感謝したい。また一つ心に残る大きな結果を出せのだ。
 和賀の山々よ、本当にありがとう。


治田 記

【記録】
8月6日
 田沢湖駅〜林道7:00〜志度内沢二俣11:45〜源流最上部14:00
8月7日
 発6:00〜朝日岳7:30〜(朝日沢下降)〜堀内川12:00〜オイノ沢14:00
8月8日
 発5:45〜(マンダノ沢)〜上天狗沢出合8:45〜(下天狗沢)〜朝日岳11:30〜(上天狗沢下降)〜二俣13:40
8月9日
 発6:00〜(マンダノ沢上部)〜稜線9:00〜(大荒沢下降)〜川舟13:45

【写真】
●8月6日

志度内川の下流。
生木の大木が流されている。
荒れた河原が続く

下の大滝。
下段はシャワーで上段は右側を登る。
慎重に体重移動を行うクライムだ

上の大滝。
右ラインを攻めるが上段が細く手が出ない。
そこで右巻きに変更する


●8月7日

堀内川。
釜も大きく緑色で昔も今も悠久の流れを維持している


●8月8日

マンダノ沢下流部。
これから大岩の滝が続く。
左巻きが多いが近づいての直登もある。
自分で谷を読む力が要求される

マンダノ沢蛇体淵。
皆右から巻くが大巻きと感じ、ワイは左から巻く。
素直に小さく巻けて谷に戻れる

蛇体淵の上。
CS滝が続くが、スケールも冷厳さもあり、
迫力のそれは近寄り難い。
しかし弱点付きで滝の右側を登っていく

下天狗沢中流部。
小さなゴルジュに釜や小滝が延々と続く

下天狗沢最上流の滝。
緑色のコケもあり楽しく登れる。
しかし幾つかは難しい滝もあり油断はできない

山行3日目の2回目の朝日岳。
昨日はガスっていたが今日は猛暑。
道は踏み後程度が続いている

上天狗沢下流のナメ。
この沢は下降に向いている。
滝はあるが小さくその間のナメが長く続きすばらしい

上天狗下流のナメ。
写真では小さく写るが実に酔う景観。
どうぞあなたも一歩を投じてほしい


マンダノ沢二俣の焚火。左足を投影。生米とパスタで宴会。
今日は岩魚はないが最高の焚火で酔いが廻る。
鵬翔山岳会の5人もここに泊る


●8月9日

下天狗沢手前のマンダノ沢。
小滝と小釜の美しい渓谷美。
ルンルンで歩が進む

マンダノ沢上部。難しい滝一つ。
右を直登するが垂直のバランスクライムで真剣勝負。
この先も悪い滝があり一手と気が抜けない

マンダノを抜けて稜線。
主峰和賀の山々を眺望。沢から沢の旅ももう最後の沢を迎える。
ここまでも緊張と苦労の連続だが気を引き締めて下降に入る

大荒沢の上部の滝。
右岸から簡単に降りるが何個かは懸垂下降になる。
大半は河原の沢だが、下降後半も滝があり気が抜けない


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