■越後/裸山ダイレクトスラブ

2010.10.23
鮎島仁助朗、山田恵
 今年の無雪期は、デカいのは一つもやれなかったけど、長年の課題も数多くこなせたし、自分の中では合格点を挙げられるシーズンだったと思う。そのシーズンの最終盤に、一つの「区切り」を迎えることになった。山屋にとっての区切り、それはよく「山屋の三大北壁」――就職、結婚、出産――で表現される。
 就職は「山登魂入会」という壁で乗り越え、無縁だと思っていた結婚も「恋ノ岐川」というで無事に乗り越えた。そして残る一つ…。これも、どうやら縁があるものだったらしい。そう、このたび、めでたく、その最後の障害(?)を迎えることに相なったのである…。
 そんなわけで、発覚した週末。妻の体調は不安なれど、元気に行動できるのは最後になるかもしれない…という状況で、登山を企画することにした。なにしろ、天気予報は図ったように快晴で、紅葉も期待できる絶好のコンディションなのだ。あまり負担をかけぬよう、でも、最後にきっと心に残るところを…と考えたとき、篩に残ったのは、裸山しかなかった。

 思えば、山岳年鑑だったな、最初に裸山の名を見たのは。実際、この目でも見ることもできた。彼の姿は、全山スラブの潔い山だった。
 ここに動機はいらない。而して、狙った二回とも、あいにくの雨。(もっとも、代案で行った笈吊岩荒山沢右俣は、それぞれ、インパクトが強い「いい山」をやれたので、それはそれでとても印象深い思い出だが…)。その後、岳人のミニガイドに載ってしまい、自分の中では興味が少し薄らいだものだが、そのガイドはまさに今回の条件にうってつけ。しかも、二度目の計画挫折の際は、妻もメンバーだったことを考えれば、彼女にとってもリベンジになる。つまりは、乗り越えるべき「最後の北壁」として、これ以上の相応しい地は見当たらなかった。


 当日の朝、けだるそうにしている妻を、なんとか起こし、紅葉渋滞が始まる前の関越道を一気に北上。小出ICから1時間ほど国道を走り、六十里峠トンネル直前のほぼ雑草に埋まりかかっている林道を、1分ほど強引に進んだいい広場に車を停めて、準備する。もちろん、誰もいない。
 不要なような気もするが、いちおう登攀具を着用した後、いざ出発。
 すぐに新しい大堰堤が行く手をふさぐ。一度、護岸堰堤のはしごを降りて、右岸に渡り、あとは魚道に沿ってジグザグと登り、最後はススキのヤブをこぐと、堰堤上に出れる。
 目指す大スラブは、桑原沢から堰堤を越えた一本目の顕著な右岸の沢がアプローチだ。堰堤上から、木をギュッと握りながら、沢へ下れる(あまり踏まれていない)。

 さて、アプローチの沢を登るが、ヌメヌメだっ!足回りは、例のアクアステルスなので、かなり渋い。まぁ、べつに転んでも、“痛い”というだけですむ程度であるが、今回ばかりは、特殊な事情のため、それも勘弁…!何度か、お助け紐を出しつつ、進むと、途中で、登りづらいヌメヌメの小滝があり、左岸のヤブを強引に巻いていく。
 この巻き中に、敗退ムード濃厚になるコトがあり、沢に戻ったところでちょっと時間をかけて休んだが、なんとか続行できそうなので、さらに進む。

 さて、沢は二股になった。勘で左を選択し、そのまま登っていくと、どんと出ましたスラブ帯。
 いやー、絶景だね。そして、傾斜が緩いぜっっ!!

 記念写真のあと、簡単なところをスタコラ登る。この辺まで来れば、ヌメヌメがなく、快適そのものである。概して難しくはないし、落ちても頭から落ちなければ、どこかで止まる傾斜だ。そんなスラブだが、途中、傾斜が強いところもある。そういうところは、安全を期してお助け紐を出した。もっとも、だいたいが残置もリスもないので、精神安定上のものにしかならないが、今はそれも重要だ。
 ”あー、ふくらはぎ、いてー”といいつつも、簡単なところを選んで、ひたすら登る。スラブに飽きて、高度感が出始めた頃、稜線まであと少し。頑張って、ようやく稜線に付いたら、なんと、頂上まで、かなり遠い…。どうやら左に行き過ぎたらしい…。あぁ、あの沢の二股を左に取ったのがそもそもの間違いだったらしい。右に取ればよかった…。
 稜線のヤブをそのまま漕いでも良かったが、このヤブ、結構しんどい。明らかに、スラブをへ降りて、そこを進んだ方が賢明だ。スラブも高度感はあるものの、幸い、難しいところもなく、また思惑どおり、ひじょうに快適なスラブ登りで、頭にたどり着くことができた。
 実は、このスラブの頭が裸山の山頂ではなく、もう少し奥である。しかし、見る限り、ヤブをこがないといけないし、山頂自体の居心地も良くなさそうなので、この快適なスラブの頭で大休止。

 360度の絶景。周囲を見渡す。嗚呼、鬼ヶ面方面が赤く染まり美しい。下には、スラブ。その奥に国道が山を縫うように走る。かなり贅沢な景色を二人占め――。
 そのなか、吹く風がとても心地よい。その心なしか冷たい風を受けた刹那、カクネ里からみた鹿島槍北壁を思い出した。

 「静かだ。人工的なものはひこうき雲だけ。空は青い。雪渓は白い。そして北壁はとても潔い。吾も些かの不安も無く、焦慮もなく、彼らを打ち眺める。これこそ贅沢なヒトトキ。これを幸せといわずに何をば言わん?。安らかだ。とても安らかだ。」

 我が一番の「会心の山行」だったカクネ里。当時、あの時。間違いなく、この上なく幸せだった。
 であるなら、今日はどうか。
 二人して、昨夜、自分たちで握ったおにぎりを頬張りつつ、心地よい風に吹かれ、「あぁ、よく登ったね〜」と言い合いながら、それらの風景を眺めている――。
 きっと、比較はナンセンスだろう。でも、少なくとも、あの時以上にこころ落ち着いている実感がある。あぁ、安らかだ、とても安らかだ。とにもかくにも、「節目の山」として思い出に残るであろうこの静かな景色を、しっかりと脳裏に焼き付けた。

 ヤブを10分ほど漕いだ裸山山頂は、ただただ質素な頂で、記念写真だけ撮って、北東に延びる稜線をヤブをこぎながら下山を始める。
 尾根のヤブ漕ぎに飽きた頃、適当に沢に下り、あとは沢を忠実に下った。沢は難しいところはない、そして、これまた、沢下りに飽きた頃、堰堤に着き、ちょっと「落とし穴」にはまるというオマケをいただきながらも、ひとまず旅を終えた。

 裸山自体は、難しくもなく、また短く、、、東京からわざわざ…というところではないのかもしれない。しかし、登山道もなく、岩登り、沢登り、ヤブ漕ぎ、ピークハントがコンパクトにつまり、山屋にとっては、これはこれでなかなかの内容なんだと思う。しかも、なにより、あの見栄えだ。この素晴らしい全山スラブを自分の思い描くラインで登ること…それは、とても興味を惹く対象に間違いない。

 今回、ただ単に左端をちょろっと登った(本人はスラブの中心を登っていたつもりだったのにっ!)だけに過ぎなかったが、それはまた、行けばよいことだ。それ以上に、このシアワセなヒトトキを彼女と共有できたこと、それこそが私にとっては価値ある山行だった。これで最後の北壁(?)を乗り越えられたかどうかはよくわからないが、間違いなく会心の登山であった。
 サンキュー、ベイベー、オーイェ〜。

2010.10.28 鮎島 筆

【記録】
10月23日(土)快晴
 駐車地0900、スラブの頭1100、裸山山頂1140、駐車地1330

【使用装備】
 お助け紐
※足回りは、アプローチはフェルト靴、スラブはゴム底の方が良いと思う。
※ロープは不用。



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