2011.9.17
鮎島、伊佐見
当初は乙女の沢に行く予定で、例会で暇そうにしていたイサミを誘ったが、なんだか天気予報で残暑が厳しいとか言っている。「え゛ー、クソ暑いのにスラブ登るのいやだなー、それに今シーズンすでに西沢渓谷行ってるし、なんかなー」なんて思い始めてしまったら、興味が少し薄れてしまった。(でも、いつかは行くよ)今年、一度も関越トンネルをくぐっていないことを思い出し、それならば越後のゴルジュだっ!でも、越後のゴルジュはどれも難易度が高く、日帰りでいけそうなところは五十沢下部ぐらい…。ちょっとブランクがあるので、それは避けるとして他にどこかないのか…と思案して、パッとひらめいた。あー、謙信の廊下があったなーと。
6年ほど前、風穴スラブを単独で登った際に、雪渓に埋もれた廊下を通った。そこが謙信の廊下。なんと、インパクトのある名前。しかし、どこの資料にも「突破不可能」としか書かれておらず、だからこそ残雪期に通ることしか頭になかったのだが、実際にどうなのだろうか。すると、やはり実際に無雪期に突破した記録は見つからなかったものの、資料をよく読めば10m程度のCS滝が数個あるような感じだ。うーん、突破不可能とあるけど、実際のところ、誰も本気で登ろうとしなかっただけなんじゃないか、登攀具を駆使すればいけなくはないんじゃないかな・・・と思い始め、興味津々。
そこで、イサミに「『乙女』と『謙信』どっちがエエねん?」と伺いを立てれば、硬派なイサミはやはり乙女嫌い(?)。決行前日になって、天気予報が「傘マーク」もチラつき始め、私はビビってしまったが、イサミは「大丈夫ですよ」と来た。これは腹を括って頑張るしかない。
ちなみに、このゴルジュを突破できたとしても、脇に登山道が走っているわけでもないので、最短のホソドノ沢ダイレクトスラブを登る計画にした。いやー、なかなかハードな計画だなぁ。
集合して早々、「こんな予報なのに、よくゴルジュ登りに前向きだなー」と聞くと、
「あ、どうせ謙信の廊下は登れると思っていないんで。だって、どの記述にも突破不可能って書いてありますしね。それよりもダイレクトスラブ、どんな感じかワクワクですよ」
なんて来た。肩透かしを食らった感じだが、
「いやーでも、ボク、この半年間で今が絶好調ですヨ。任せてください!」
とくればたいそう頼もしく、こちらとしても
「ショルダーの土台だけは俺にまかせておけ、心無く踏んでくれ」
となるもんだ。
そんなこんなで、越後湯沢でおりた後、案の定、迷いながらもなんとか足拍子川右岸の林道を突っ込むが、怖いくらいに奥深くまで入っていける。「これ以上はちょっとマズイだろう」という雰囲気のある広場に車を停める。GPSで見れば、経木の沢ちょっと手前ぐらいまで来てしまったようだ。
車内で仮眠を取る。5時起床だが、その前からなんか、雨粒が車をたたく音が聞こえ、熟睡はできなかった。
それでも、起きたときには雨は降っておらず出発に向けてサクッと準備する。っと、イサミのヘルメットにある「飢え過ぎ」の文字が目に入った。個人的には、山登りに必要なのはどちらかというと「飢え」じゃなくて「渇き」なんだよなぁ、とちょっとした語彙の違いに残念だったが、でも2ヶ月前はこんなの書いてなかったよなぁと思って意図を聞くと、なんでも、「謙信の廊下」突破に向けて気合を入れるため、「上杉」と「飢え過ぎ」を掛けて、書き込んだらしい。なるほど・・・!確かに、今回の場合は「飢え」で正解かもしれない。それよりなによりも、行きの車内では、「謙信の廊下、期待してないですよ〜」とか言っておきながら、静かに準備している姿にちょっと感動した。
経木の沢、フトゴキ沢出合をすぎると林道は広場となり、フトゴキ沢に沿って林道はなおも続いていた。本流をさかのぼるため、広場から強引にヤブをこいで本流へ。本流と言ってもたいした水量ではないので、あとはひょこひょこと・・・と思ったら、小ゴルジュとなる。このゴルジュ、たいした水流はないけど、何個かは胸まで浸からなければならない淵を持ったものがある。ロープは使わないが、そこそこ楽しめる。そんなんで、駐車地から30分。それまでの優しいゴルジュとは一線を画す、明らかに「あ、これが謙信の廊下だな」とわかるゴルジュ入り口にたどり着いた。
謙信の廊下は、これまでどの資料にも「突破不能」という文字だけが躍り、実物の写真は見たことがなかった。而して、こうやって入り口に立ってみると、確かに圧倒的で難しそうなゴルジュではあるが、少なくとも入り口の滝は登攀具を使って登れそうな感じで、必ずしも突破不可能のようには思われない。もちろん、残置物は一切見当たらないけれど、これはチャレンジしてみるしかない。
●謙信の廊下F1(5m)
準備して、じゃんけんに勝ったイサミがリードする。釜を腰まで浸かって、右壁に取り付く。厳しい体勢でナイフブレードを打ち込んでアブミを掛けてスタート。そこから、見る限り左上するリスが見えるのだが、実際のところ浅いらしく、あまり決められないが、一つだけナイフブレードが決まるリスがある。そこにたち込むが、そこからが厳しい。そこで、もう少し上にラープを打ち込んで、そこにアブミを掛けて、最後は気合の突っ張りでCSの上に立つことができた。
その後、荷上げ…もハプニング。イサミは荷揚げするためにロープを投げるが、なんと、全部投げてしまいやがった…。コノヤロー、荷上げできないやんけ。幸いにも5m滝で、投げハンマーにてロープを返すことができたので良かったが、これがナベさんなら、お前、半殺しやでっっっ!。無事、荷上げの後、ユマーリングにて回収。ただし、この回収は水流モロあたりでつらい上、CSで引っかかる…。フツーにフォローにすればよかった。鮎島は、この回収でけっこう疲れてしまい、不覚にも、ナイフブレード2本を釜に落としてしまった…。
●謙信の廊下F2(12m)
F1を越えると明らかな迫力でF2が立ちはだかる12m程度の滝が立ちはだかる。うーん、相当な威圧感があるなぁ。空はたえず霧雨が降っていて嫌な感じだし。で、順番的には鮎島の番だが、F1回収でヘロヘロになってしまったので、気合の入っているイサミにお任せしてしまった。なさけなや。
これまた釜を胸まで浸かって、今度は左壁に取り付く。下で一本エイリアン青でランナーを取り、8mほど直上。あとはナイフブレードを三本打ちながら、右にトラバースして、落ち口にキャメロット#0.5を決めて落ち口へ。見た目はヤバイが、案外フリーで抜けることができた(W-?)。荷上げ後、フォローにて回収。それにしても、なんでL字形のリスにハーケンを打ち込むかなぁ…コノヤロ。抜けましぇん。2本残置してしまったス。すいません。
●謙信の廊下F3(4m)
ちょっとだけ歩いて、またしてもCS滝4m(5m?)。これは鮎島がリード。
案外、深い釜を胸まで浸かって突っ張りで取り付く。見た目簡単そうだが、案外難しく、右壁にナイフブレード2本を打って、人工で越えた。荷上げ&フォローで。
●謙信の廊下F4(3m)
またまた、ちょっとだけ歩いて3mのCS滝が沢をふさいでいる。これは、ショルダーでしょう!ということで、お約束の通り、鮎島が土台になってイサミに越えてもらうが、実のところ突っ張りで越えることができたので、「ムダショルダー」だった。
●謙信の廊下F5(8m)
F4の直ぐ上で、深い釜を持ったのち、これまたCS滝がふさいでいる。見る限り、左壁の傾斜が強く、またリスが右上して続いているように見えるので、鮎島がリード。しかしながら、これがあまりよくない。何度か釜にドボンしたのち、手がパンプ!
すると、「右壁なんじゃないですかね〜」とイサミが言うので、「それじゃやってみろ」ということで、リードを交替すると、スルスル登ってしまった(途中、キャメ#1.0でランナー)。実際、フォローしてみると、V+ぐらいの簡単なクライミング。見た目は立っていて、嫌な感じなんだけどなぁ。ま、ルートを見る目もまだまだ、ということか。
●謙信の廊下F6(6m)
F5を越えると、またちょっと河原となってF6が見える。ただし、これはこれまでのとは違い、左壁が簡単に登れそうだ。ロープをザックにしまい、スラブ状の壁を登ると、やはりノーロープで簡単に登れた。
このあと、ゴルジュの中に河原となって、進むと本当にすぐでホソドノ沢出合となり、本流は7mの滝がかかっている。・・・っということは、これにて記録を見たことのない「謙信の廊下」ゴルジュは無事に突破してしまったということだ。
時間もまだ10時半で想定どおり、いや想定よりすんなりと越えることができた。いやーそれにしても、「突破不可能」と書かれていたところを突破できたんだから、気分はいいよね〜。まぁ実際は、絶好調のイサミがいたから登れたんだけれどね。いや、めでたいめでたい。ありがとう。
さて、ゴルジュ突破は無事に終了したが、普通のゴルジュ突破と違って、巻き道で帰るわけにもいかないのは前述の通り。帰るためにも、最短のホソドノ沢ダイレクトスラブを登らなければならない。
ホソドノ沢を辿り、2〜3個スラブ滝を越えると、CS滝。…なんだ、これ、ムズいぞ。幸い、残置ハーケンがあったので、迷いなくアブミを掛けて、ワンポイントの人工で越える(ノーロープ)と、すぐそこがダイレクトスラブの出合だった。
500mlだけ水を汲んで、スラブ登りへと向かう。
階段状を登り、F1基部。F1はまったく弱点がないため、右のブッシュから巻く。しかし、このブッシュのぼりが本当にきついんだなぁ。さっきのゴルジュで相当に筋肉に来ている上、水をしみこんだ登攀具を詰め込んだザックがずしりと重い…。
本来、私はブッシュ登りは得意の範疇(?)だが、二ノ腕がパンプし、握力がなくなったときは、本当に落ちると思った。なんとか耐えたが、とにかくしんどいし、ヤバい。なんなんだよ、運動不足か?参ったぜ。
適当なところからブッシュからトラバースしてスラブに戻れるらしいが、ちょっと登りすぎてしまったため懸垂下降してスラブに戻る。(ちゃんと懸垂できるかも怖かったぜ)
次いでF2。これがW級くらいとあるが、まぁ傾斜は強いものの、階段状でそれほど難しくはない。ただし、ガバがなく、疲れている我々には怖い。それでも私はノーロープですたすたと越えてしまったが、イサミは下で、「っくそーこわぇ〜〜」と言っている。なるほど、得意・不得意があるのね。ロープ出しても良かったね。ごめん、ごめん。
F2上で休憩の後、再度スラブ登り。傾斜は緩くなったが、先ほどまでの階段状スラブとは違い、今度はフリクション勝負のなんとも写真映りがする美しいスラブだ。その後、右ルンゼを分け、中央ルンゼに入ったあともスラブが延々と続き、快適そのものだが、ふくらはぎいてー。何箇所か細かいところがあって緊張するところもあるが、概して難しくはない。
しかし、詰めのブッシュ登りは長かった。いや、距離的にはたいしたことがないのだろうけれど、F1の巻きですらつらかった私には、このブッシュは果てしなく長く感じた。二の腕は痙攣しそうな感じだ。とにかく、しんどい・つらい。しゃくなげもむかつく。誰に向かってでもなく悪態をつき始めたころ、ようやく稜線に到着。荒沢山山頂までは1分の距離だった。
荒沢山。3度目だ。1度目は風穴スラブ、2度目は南カドナミ沢だった。いずれも土樽方面におりて、さほど下山に苦労した覚えがない。しかし、今回は…。実は、ここからが更なる正念場だった。車を足拍子川沿いに停めているため、タクシーを使いたくない我らは、足拍子川の支流の小沢を降りるべく、下降点まで荒沢山北尾根にあるはずの登山道を使おうと考えていたが、なんと道がない。いや、僕だってほとんど廃道だということは聞いていたさ。でも、でも、想像以上にヤブに埋もれていたのでガックリだ。こんな行き先の険しさを見てしまうと、まだ13時半ではあるが、ゆっくりもしてられない。
「イサミ、こんなところで油売っている時間ねぇぞ。さっさとおりるぞ」
案の定、下山の尾根はところどころ踏み跡はあるものの、ほとんどがヤブ。下山とはいえ、疲れきった体にはつらい。前手沢のコルを越えてのちょっとした登り返しもつらい。山頂から指呼の場所に見えた小ピークまでも1時間かかってしまい、休憩せざるをえない。
イ「もういやだ。絶対にこの山、2度と来ません!」
鮎「なんだよ、オレはもう3回目だぞ。でも、4回目はないと思うけどね」
とにかく、共通しているのは、もう、もう・・・。早く帰りてぇ〜〜ということ。しかしこの先もずっと藪…。当初は柄沢山手前のコルから小沢に降りる予定だったが、もう限界。少し手前で沢に下っちゃおうぜと話し合った。
話し合いのとおり、適当なところから沢の下降開始。この足拍子川小沢も記録を読んだことがなく不安だったが、たいした滝場もなく、結局、25mの懸垂下降1回と、ゴルジュ帯の中で懸垂下降15mの2回の懸垂下降だけで済み、正解だった。しかし、とにかく、この沢も長い。ゴルジュになったり、途中、なぜか伏流になったりして、そうかと思えば、復活した水流の水の冷たさが尋常じゃなかったりして、なんとも腹立たしい。もう完全に「頭がピーマン状態」(←頭が空っぽ)。考えることといったら、下山後に何を食べるかについてだけだ。
イ「鮎島さん、下山したら何食べます?やっぱ、良質な動物性タンパクですかね。でも、カレーとかいいなぁ。ぼく、カレーならシーフードカレーとかナスカレー好きなんですよ〜」
鮎「オレさ、カレーにイカの輪切りとかナスとか入ってるのダメなんだよ。それに今、カレーという気分じゃないなー?そうだなー。おれはキャベツ食いたい。山盛り生キャベツ。でも、その前にコーラだな」
そんなんで、長い長い沢下降の果てに林道がようやく出現。助かった(←正直な気持ち)。足拍子川本流を渡って、足拍子川右岸の林道に合流。しかし、ここから、駐車地までも遠い。重い荷物はデポして、昨晩、車で走った林道を歩くが、なんで、昨晩、こんな奥まで車で入っちゃったんだろう…と後悔することしきりだ。結局、20〜30分歩いてプジョーの姿を見つけたときは、心からうれしかった。
気兼ねなく全裸で涼み、イサミがくれたカレーパン(←カレー食いたくないと言いつつ頂いてしまった…)を頬張りつつ、しばし余韻に浸る。あー、あー、長いいちにちだった。もうすでに、日も暮れていた。
謙信の廊下については、イサミが「何でこんな上質なゴルジュが未登なんですかね」というぐらい、岩は堅いし、リスもちゃんとある、しっかりとしたゴルジュだった。もちろん、イサミの実力があったから突破できたわけだが、わたしのこれまでの経験からしても、決して突破不可能とは思われなかった。結局、「突破不可能と書かれているけれど、ただ単に本気で突破しようとした人がいないだけなんじゃないか?」と考えた私の思惑通りだったわけだ。先入観・記録を排除して山を見る。視点を変えて発想する。西沢渓谷も然りだが、こうやって山登りの計画をしてみれば、こんなパイオニアワークが失われた日本にあっても、まだまだ新たな発見があると思う。
なんて偉そうなことを書いたけれど、今回は、謙信の廊下がメインではない。終わってみればそこは序章にしか過ぎなかった。今回の山行の本質は、総合力だ。ゴルジュ突破、ブッシュ登り、スラブ登り、ピークハント、ヤブ漕ぎ、沢下降、林道歩き・・・書き連ねるだけでお腹いっぱいだが、これを日帰りでやっちゃうのはとても疲れるで。もちろん、技術的にはたいしたことはない。が、とにかく苦しかった。山登りとは体力やで。
総括。
今回は本当に良い計画を思いついたもんだ。記録のない謙信の廊下、さらには自然の流れでの継続登攀からのピーク…。過去、コーディネートした計画でも上位の部類に入る「よい計画」だったし、実際も素晴らしかったと自画自賛したい。しかし、いかんせん体力・実力はギリだった。トレーニング不足を痛感するとともに、今後も研鑽に励みたい。
2011.9.21 鮎島 筆
【記録】
9月17日(土)霧雨のち曇ときどき晴
駐車地0530、謙信の廊下入口0600、ホソドの沢出合1030、ダイレクトスラブ出合1100、荒沢山1330、荒沢山北尾根下降点1450、駐車地1730
【使用装備】
ダブルロープ50m×1、エイリアン各種、キャメロット(〜#1.0)、ナイフブレード各種、ロストアロー各種、ラープ、アブミ各自1sユマール、フラットソール、捨て縄
※ライフジャケットは不要、ウェットスーツはあっても良い。
※ロープは謙信の廊下だけなら30mで十分。ただし、下降のことを考えて50mあると便利。
※キャメロットの#2.0以上とボルトは使用しなかった。
※とにかくナイフブレードを多用するため、たくさん持っていけば無難。
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