■城ヶ崎 門脇崎 燕島 「ポセイドン」(5.9+)

2014年4月17日
荒井、高橋、渡辺
 海から聳えるフェース、頂上まできれい割れたクラック、荒波に阻まれたアプローチ。クラックに興味をもつクライマーなら誰でもその冒険的なラインに目を奪われるだろう。海から取り付き空に抜ける、こんな魅力的なラインはそうそうあるものではない。
 ポセイドンを知ったのはいつだったか。「クライミング・ジャーナルNo.3」で目にした保科雅則氏の写真、ドクンと胸が高鳴ったのを憶えている。海パンに素足、フリーソロで登っている保科氏を包む開放感とちょっとした冒険性。「波が荒いと海難事故になりかねない。」という記述が気になるものの、「何とかなるだろう」くらいにしか思っていなかった。
 保科雅則氏と菊地敏之氏によりトップロープで開拓され、1983年7月に保科氏が裸足でフリーソロ。アプローチの悪さと観光客の見世物となること必至のこのルート、その後の再登は聞かない。
 ポセイドンの下見を行い、希望的観測は一瞬で打ち砕かれる。強いうねり、高い波、「ドバァァーン」という轟音とともに、白波が消えることはない。「無理じゃん」と思わず言葉が漏れる。その日の海の条件が良くなかったとはいえ、泳いで取り付くのはあまりにもリスクが高い。しかし、泳がなければポセイドンの魅力は半減してしまうだろう。厳しい現実を突きつけられても、まだ胸の高鳴りは止まらない。
 ことあるごとに門脇崎に立ち寄っては、眺め、想いに耽り、ため息をつく。これを何度繰り返しただろうか。「いつか、やりたい・・・」「いつか・・・」。「いつか」という不確定な未来に、弱弱しく灯る登攀意欲を託す。登りたい気持ちと諦めの葛藤を「いつか」が何とかつなぎとめている。

 シーズン終盤、城ヶ崎で確かな手ごたえを感じていた3月、パートナーの高橋が均衡を破った。「今シーズン、ポセイドンをやろう・・・」。「そうっすね・・・」。この軽い会話、これを交わすためにどれくらいの時間が必要だったか。ポセイドンへの挑戦が始まった。

燕島ポセイドンを眺める高橋

波を待つ高橋・荒井

取り付きで頑張る荒井

荒井に引っ張ってもらう高橋

エイドで上がる高橋

ポセイドンをオンサイトする高橋

完登を喜ぶ高橋

対岸(本土)から記念写真
 ポセイドンについての情報は非常に少なく、これがまた冒険性をより一層高めている。現在販売されているガイドブックには皆無、絶版本や雑誌のバックナンバーから集めた数少ない情報は以下のとおりだ。

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「クライミング・ジャーナル(NO.3)」
 5.9+  中間部のクラックをレイバックで決めるのがポイント
 @「ポセイドン」は水泳が達者なことが必要条件に付加される。波が荒いと海難事故になりかねない。
 A離島のルートなので、泳いで渡るか、ボートで登る。(中略)干潮時を狙うこと。

「関東の岩場」
 5.9+
 フィンガー〜ハンド、レイバック
 5.11相当のスイミングテクニックが必要

「関東周辺の岩場」
 5.9
 燕島正面のきれいなクラック
 燕島へはゴムボートだが、かなり度胸がいる。
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 実際の下見で得た感触と資料の情報を整理すれば、アプローチはボート、泳ぐにしても夏を選ぶのが順当。が、あえて春に泳ぐ。冒険的な要素を大切にしたかったのと、今シーズン城ヶ崎で打ち込んだフィナーレとしてポセイドンを登りたかったからだ。

 4月の平日、大潮となる17日と決め、あとは当日の天気を祈るのみ。天気・海・岩、これらの条件がピタリと一致し、かつ干潮時の一発勝負でなければ勝機はない。


 当日の天気は晴れ、最高気温24度、ほぼ風なし、波高1m〜1.5m、波周期10s。波周期が長いのが気になるが、これ以上の条件はそうそう望めない。

 取り付きまでは荒井が担当。干潮は12時だが、泳いで帰ってくることを考えれば、少しでも早く取り付きたい。
 11時から波の状況と首引きでタイミングを見計らう。沖は凪に見えるが、飛び込みポイントの磯は波とうねりがなくならないらしい。波が磯に当たっては激しい白波を立てている。
 「体がバラバラになるんじゃないか」という不安と潮の満ち引きが妙にシンクロする。  行きたくない。が、行くしかない。「ポセイドンの頭でまた会おう」と仲間に告げ、ヘルメットの内側に貼ったお守りに願をかける。
 波が落ち着いた瞬間、海へ飛び込んだ。

 干潮とは言え、うねりは強い。途中何度か岩に体をぶつけながら、取り付きへ。海まで延びているはずのクラックは水面付近で閉じている。
 ラインの右にあるガバ、ぬるぬるした海苔(?)のカンテをヒールで押さえ込み、離水。
 フジツボの詰まったシン・クラックにマスター(#0)をさし込むが、フジツボが砕けて海に落とされる。
 フジツボがなくなりパラレルになった場所にもう一度差し込む。今度はバッチリだ。
 アブミをセットし、フジツボのないところを探してマスター(#1)を決め、こちらにもアブミをセット。その上部にキャメロット(#0.4)をセットしビレーポイントの設置を行う。

 下半身を海に入れてのハンギング。体力の消耗が激しいが、このままビレーもしなくてはならない。
 体温の低下とパンプで足がミシンを踏んでいる。クライミングを担当する高橋にできるだけ不安は与えたくない。
 ギリギリ感を悟られないよう余裕を装い、磯へビレーポイント設置OKの合図。
 FIXしたトラロープを手繰って高橋を迎える。
 「俺の仕事は終わった。後は頼む」と、高橋にバトンタッチ。

 「クライミング・ジャーナルNo.3」を見ると、下部はフィンガーサイズのダブルクラックを使って登っているが、濡れたソール、上下のウエット、ライフジャケットでは不可能と判断。
 エイドでフレアード・ハンド・サイズまで上がる。
 城ヶ崎特有の甘く湾曲したフレアード・クラックは、なかなか登り応えがある。ここを過ぎると、一旦傾斜が緩んでレスト可能。
 再度、湾曲したフレアード・ハンド・クラック。ここが核心でレイバックに持っていくまでのバランスが悪い。
 その後、ガチャガチャしたハンドとフィストの中間のサイズを右上してポセイドンの頭へ抜ける。

 ビレーポイントから見るクライマーの姿は、太陽と重なり、神々しいほどに美しい。
 海から現れたポセイドンが海水を滴(したた)らしながら、天に昇って行くかのようだ。

 荒井がセカンド、渡辺がサードで登り、同ルートを懸垂で下降。
 近年の再登はないと思われるが、潮の付着もなくジャムは快適。
 終了点にボルト等はないため、立ち木を使って懸垂下降となる。
 できるだけ残置物を残したくなかったが、今回はやむを得ず捨て縄を使ってしまった。もしボート等でトライする方がいれば回収をお願いしたい。


 クライミング自体のグレードは5.9+が妥当。ただし、泳いで取り着く場合、濡れた靴やウェア等でムーブが制限される。

 海の状況の変化が激しいので、短時間でクライミングを終了しなければ、帰路が危険になるので注意。
 海が少しでも荒れると完全に無力化される。帰るべき磯にFIXロープを固定しておいた方が安全だろう。
 実際、渡辺が磯に帰る際、岩に叩きつけられたり、海に引きずりこまれたり、危うく海難事故になりそうだった。

 城ヶ崎に数ある良質のルートと比べても、質は決して引けを取らない素晴らしいライン。しかも20mのスケールは登り応えも申し分ない。
 しかし、アプローチを差し引いても魅力あまるルートかと聞かれれば、胸を張って「YES」とは言えない。泳ぐという冒険的な要素こそポセイドンをより魅力なラインに仕立てているように思う。

 それなりの覚悟が必要だが、東京から3時間の冒険的ルート、クライミングだけでは味わえない最高の充実感を約束する。

<日程>
2014年4月17日 11時30分〜14時30分

<装備・ギア>
 ウエット(上下)、ライフジャケット、シングルロープ(60m)、FIX用トラロープ(70m)、カム(マスター#0〜キャメロット#3)、アブミ



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