2014年8月13日から8月16日(前夜発3泊4日)
佐藤益弘、鈴木秀昭
あれはいつだったか、そうだ、6月頭の総会のときだ。総会後の宴会で、鈴木さんが、柳又の誘いをかけて来た。どうしても行きたいのだそうだ。そう、佐藤がリーダーとなったが、鈴木さんの計画なのだ。
うーん? 柳又って有名だけどあまりまじめに考えたことないなあ。白馬に突き上げるのはいいね。でも激流でやばいんでしょ?
その後いろいろ調べてたところ、いわゆる核心部の上の廊下やクラガリ峡はお盆の時期ははうまっているようだ。ということはクライミングでは後れを取る私でもなんとかなるんじゃないかなと思った。激流の渡渉には通用しないが、トライアスロンのために週2,3回のペースで泳ぎの特訓をしているので、水にも慣れている。
そして7月の会山行のときの宴会では、もう行く気になっていたので、よし行きましょうと言っていた。
問題は天気である。出発の前日に台風が通過、この台風は通過前に四国、近畿に大雨を降らせていた。柳又谷ではどうなのだろうか?アメダスの宇奈月の積算雨量や、雨雲レーダーなどをチェックしている限りはたいして降っていないと思われた。台風後の好天は2日しかもたいが、3日目、4日目は曇りか雨だが、大雨はないだろうと予想した。序盤の渡渉さえなんとかなれば、上流は雨降ってもどうにかなるだろうと考え決行することにした。
出発の前日、ひでさんから気合いの入ったメールが来る。
鈴木「明日、22:30 JR武蔵野線新座駅で。全てがここで始まりますね!」
佐藤「おっと?集合は21:30ですよ?」
…
そして当日。トロッコ列車の始発が7:32なのに起きたら7:30
…
どこか抜けている我々なのである。ま、どうにかなるでしょう。
次の7:57の列車目指して大慌てで準備して駅に駆け込むが、その列車は黒薙駅に停まらないので結局8:17発で黒薙駅8:40。
黒薙駅では駅員が絶対に通っちゃダメと言うので、黒薙温泉への登山道経由でアプローチする。 途中から道路となり、さらに歩道となる。歩道のトンネルでは、ヘッドライトライトの明かりに驚いたコウモリが奥へ奥へと逃げていくが、トンネルの出口まで行くと逃げ場がないわけで、半狂乱で戻ってく来る。こちらもぶつかるかと思って半狂乱とまではいかないが焦った。 心配していたメジロは北又堰堤付近にわずかにいるだけだった。短パンでアプローチできた。
それより水量だ。どうなんだろう?トマの風の記録 で見た写真と同じくらいのように見える。この時期の平水なのかもしれない。 雪代の白濁はあるが、以前お盆に北又谷に行った時もこんな色だった。しかし流れが速い。想像以上だ。これは写真ではわからない。 とにかく、水量は想定内なので、GOだ。
パッと見どこでも歩けそうに見えるが、水はものすごく重い。それに普通だったら河原がありそうな川幅だが、川幅いっぱいに水が流れており、どうしても渡渉が必要になる。 最初はスクラム渡渉。次はスクラム渡渉が通用しなくなり、ロープを出して、空身でダッシュ。さらに飛び石をぎりぎりまで利用してのジャンプ&スイム、ジャンプ&ダッシュ、高いところからの飛び込み&スイムとどんどんエスカレートしていった。じわじわと攻めようとしても、まったく歯が立たないのだ。股下あたりの深さになるとスクラムでも身動きできない。 ほとんどの渡渉はリード、フォローとも空身で渡渉し、ザックは荷揚げする形式となった。これは、とにかく素早く渡りきることで流される距離を最小限に抑えることが重要と感じたからだ。 とにかく普段あまりやらない渡渉を繰り返す。また、記録にはあまり見なかったが巻きも多様する。巻の最後は懸垂だったり、飛び込みだったり。意外に踏み跡があるが、ジャンプ台で終わっていたりするのである。
飛竜狭は今回の水量ではまったく人が登れるような雰囲気ではなかったので巻いた。なんとなく踏み跡があり、谷を見ながら自然に巻いて行ける。
この日は予定の楊河原まではたどりつかず、タンバラ谷出合の後の瀞を超えたところの河原までで泊まる。 結果的には非常によいテンバだった。整地不要。薪集め不要。渡渉せずに動ける数十メートル以内で岩魚3尾ゲット。刺身と塩焼きでいただいた。
朝からたき火。スタートしてすぐに渡渉。この日の内容はあまり記憶にない。
しばらく進むと楊河原になるが、河原というおだやかなイメージと異なり、対岸に渡れないくらいの激流だ。大岩のゴーロ地帯で、よいテンバもなさそうだった。 関東周辺の沢によれば、この日の行程は、何もなさそうに書かれているがとんでもない。今日も水圧に耐えながらの遡行や、ジャンプ渡渉や巻きの繰り返しだ。前日にさんざんやったおかげで、この特有の遡行の技術にはすっかり慣れていたが、進みは快調というわけにはいかない。正直佐藤は疲れのピークだった。ふらついて何度こけたことか。 どうにかこうにか赤男谷出合付近までたどりついた。整地してタープを設営し、たき火を始め、まずビールで乾杯。今日もビールが飲めるのは鈴木さんが500ml缶3本も持ってきてくれたおかげだ。 その後ちょっと竿を出すが、アタリも無し。遡行中は魚影はあったのだけど。
夜は満点の星空だった。
今日も起きたら、たき火が燃えており、鈴木さんが横で寝ている。予報では今日から天気が崩れるが、どうやら朝までもってくれたようだ。
我々の読図では、赤男谷とササゴマタを過ぎたところに泊まったつもりだったが、少し先に大きめの沢が合流していたので、ちょっと自信がない。エアリアマップの水線の沢と考えればあっているのかも。 上の廊下はナル谷乗越から巻くことにする。適当なところから左岸に這い上がり、乗越を目指す。藪の中になんとなく流水溝のような踏み跡が続いており藪漕ぎというほどのものではない。出発したころは曇りだったが、この高巻中に雨が降りはじめた。もうすこしで乗越かというあたりで、視界がなくなり、右へそれて登りすぎてしまった。どうにか方向修正して戻ってコルを越え、大ナル谷へ降りた。 大ナル谷はいくつか滝を落としているので、クライムダウンしたり巻いたり、最後は右岸を巻きながら本谷を目指す。降りれるところ行き、懸垂35mで本谷の雪渓に下降。この懸垂は下の様子が見えず不安だった。降りたら今度はロープを抜くともう後戻りはできない気がして不安になる。雪渓から上の廊下を見下ろすと圧倒的な側壁の中、雪渓がズタズタと途切れており、こんなとこ登れんのかね。という感じだ。
雪渓を歩いていくと、じきに雪渓がわれて、滝の一部が見えているところが現れる。深廊の滝だ。雪のないときの遡行では、核心部と言っている記録もある。左岸から巻けそうなので、雪渓から1mジャンプして小尾根に飛び付き60m登る。ロープを出したが、泥と石がズルズルと落ちて見た目より悪かった。トラバースして行くとちょうど最上段の落ち口付近に降りられた。
広大な雪渓が続く。本谷からの風は生暖かく、左岸側のハヤ谷やレンゲ谷からの風は冷たい。小さな沢がいくつか流入しているが、水を飲もうとして休憩していると、水流の音が激しくなり、やがて濁流となることがあった。不安定な天候で、上部ではときどき豪雨が降っているのだろう。
内心このまま雪渓歩きで新作滝まで行ってしまうことを期待していたのだが、そうはいかなかった。 またまた雪渓が割れ、水流が出ている。雨も激しくなってきており、水も濁っている。 右の岩をショルダーで上がり、右をへつるように遡行してあがるが雪渓まではたどり着けない。ロープをだし濁流をジャンプ渡渉で左へ、ここでザックを荷揚げ中に10cm増水。急いで渡り、左のスラブを50m登る。そこからトラバースだがワンポイント悪い。トラバースしたあと、40mの懸垂で雪渓に降りた。ここが今回の山行で一番の核心だった。
この先は雪渓歩きと巻きでとくに問題なく、新作滝まで行けた。新作滝は滝が三つくらいあるのだがどれのことなのだろうか?ともかく、どれも大水量の激流で登れそうにないので、全部巻き。この巻きが藪が濃くて大変だった。巻ききったところで右から支流の入ってきているところで泊。後から気が付いたが、 2013のトマの風のパーティ と同じところに泊まっていたようだ。
夕暮れ時一瞬晴れた。今日は早朝と夕方だけ晴れ、行動中はだいたい小雨、一時やんだり、激しくなったりと、まったく落ち着かない天気だった。 たき火はできず。木の枝が見つからず、タープの天井が低い。ブヨの集中攻撃。断続的な雨。辛いビバークだった。
気温の冷え込みはたいしたことないのだろうが、雨がふるたびにタープに触れている部分から体温が奪われ目が覚める。雨が止むと、うとうとと眠る。そんなことを繰り返しているうちに寝坊して6:30起床。 もうやばいところはないと思っていたので、ちょっと気が抜けていたかもしれない。
遡行してみると、見た目はかなりの水量だが、まったく重さはなく、普通の沢となったと感じる。源頭だというのにすごい水量だが、そのまま雪渓に突入し、カールに出た。横を見れば、もはや側壁ではなく、ゆるやかな斜面に花がさいている。 自然と涙が出る。喜びか安堵からかわからない、言葉では言い表せない。
ゆっくり浸っている余裕はない。雷雨となったので急いで小屋を目指す。次第に横殴りの雨となる。お花畑の中、白馬山荘のポンプ小屋を過ぎると、稜線の登山道にでた。白馬山荘では、受付のある建物で休ませていただいたが、ストーブがたかれており非常に助かった。 寒さと疲労で鈴木さんは低体温になりかけていたようなので、じっくりと1時間ほど身体を温めてから出発した。
天気が悪いしバテバテなので山頂にも登らずに下山することにする。当初の予定では清水岳の方に縦走し祖母谷温泉へ下山する予定だったが、白馬大雪渓から猿谷温泉に下山した。その後悪天が続いたようなので早めにおりられて正解だった。 ビールを飲みながらバスと電車を乗り継ぎ宇奈月温泉へと車を回収に向かった。
柳又谷は、お盆の時期は、上部は雪渓歩きがほとんどなので、9月に上の廊下やクラガリ峡を突破する場合にくらべ容易だろう。しかし我にとっては力を出し切った充実した山行だった。 できれば晴天の中お花畑に抜けたかったがまあ仕方がない。今年のお盆シーズンは天気が悪く、北アルプスでは遭難事故も何件か起こっていた。こちらの悪天はそれほどでも無く、天気は味方してくれたと思う。しかし、このチャンスを掴めたのは、まずどうしてもやりたいという鈴木さんの思いがあって、それならば可能性がある限りやろうという姿勢で望むことができたからだ。
2014.8.21佐藤益弘