谷川岳幽ノ沢右股リンネ
期間:2014年9月13日(前夜発日帰り)
メンバー:渡辺、高橋
―――滝はオーバーハングであるから、あきらめて、左手を真直に登るより外にルートはない。しかもこの足溜まりは二人僅かに立てるくらいで、確保の場所は全然ない。下は十米余りも落ちて、滝になっている白っぽい楔石を越して、遥かに遠く切れ込んで居る。胸の高さの所に手懸りが一つあったので、それを頼りに肩を用いて約一米登って見たが、その上に僅かに求め得られる小さい手懸りは皆下向きである。ピトンを打つ適当な場所も見付からない。順位を変えてOがやって見る。四米程登ったが、そこでピタリと止まってしまった。物凄い緊張が三人の間に続けられる。手を出しては何回となく躊躇していたOの身体は約五分の後少しずつ右方に動き始めた。そして次の瞬間、しっかりした手懸りを掴んだ彼の喜びの声が揚った。終に成功したのである。穂高に遊んだ折、明神岳のギャップから第二ピークへの真正面の岩壁で困難な裂け目の登攀を試みた時以来の難場であった。逆層でしかも手懸りの小さい時は、ある程度まで体を岩面から離して完全なバランシングをやらねばならぬ。少なくとも此処は二三本のピトンものであろう――― (「幽ノ沢右股リンネ初登」田名部繁/白山書房「クライミング記録集@谷川岳(遠藤甲太編)」より)
小川登喜男・田名部繁・桝田定司ら東北帝大3人衆が幽ノ沢初登のルートとして登攀した右股リンネ。
なんてったって幽ノ沢右股の本流であり、あの登喜男様が核心を抜けた際に「青ざめた顔」をしていたという。繁様が書くには、「完全なバランシング」をしなければならないというのである。一体どういうことなのだろう。
また、何年か前にV右行こうとして途中から大雨で撤退した際、右股リンネからじゃんじゃん流れ出る水を見て、「すげえゴルジュだ!」と、沢屋としてのハートにも火が付いたのである。
高橋さんという強力なパートナーを得て、準備は整った(連休後半は、ナベは仕事、高橋さんは家族とのアレコレで、お互い前夜発土曜日帰りという都合が合致したのだ)。
9月12日 晴れ
予定より早く西国分寺に集合し、高橋車に乗り込む。
車中では熱心にカムは何番まで持っていくかなど話し合う。しかし、大事なことを我々は忘れていた。
「決定的瞬間を撮るためには、決定的瞬間を撮り得る場所に居なければならない」(沢田教一)
谷川岳を登らんとするクライマーも当然、土合なり土樽なり、谷川岳を登り得る場所に行かなくてはならない。しかし我々は何も考えず、習慣と化した「とりあえず国立府中ICから中央道」ということで中央道を西進していた。その先には谷川岳は、もちろんない。
誤りに気付いたのは大月ジャンクションを過ぎてから。
Uターンしてから圏央道を利用したので、正規ルートと比べて時間的にはそれほどダメージを受けなかったが(関越道所沢までの下道は結構混む)、金銭的には一人頭1500円くらいかかってしまった。まあ、勉強代としよう。
気を取り直し、水上のコンビニで買い出しして土合ロープウェー駅で車中泊。
9月13日 高曇り
5:00起床 5:30出発 6:15一ノ倉沢出合 6:30幽ノ沢出合 7:00二股 8:05中央壁基部(右フェース取り付き)からV字の要へのトラバース点 9:10最初の核心を抜ける 10:05上部核心の下 11:15上部核心を抜ける 12:30中芝新道 14:15幽ノ沢出合 15:30谷川岳山岳資料館
朝起きると駐車場1階はほぼ満車。ハイカーだけでなく同業他社もチラホラ。30分で準備し出発。指導センターに計画を提出(都岳連加盟の特権!)。
一ノ倉沢はさすがに出合に残雪は無かったが、奥の方には結構残っている。幻の大滝は今年は幻ということか。
幽の沢は残雪全然なし。出合でハーネスを付け出発。沢通しでなんなく二股まで。右股に入り、段々傾斜がキツくなってくるが何も考えず進む。
いい加減傾斜が強くなり、「そろそろザイル欲しいな〜」と思ったがカールボーデンはアプローチだしなあ…とか迷ってたらどんどん傾斜が強くなり、マジになる。適当に登ると行き詰まってアウトなので真剣にルートファインディング。
やがて正面壁基部からV字状岩壁の要へトラバースする地点(と思われる場所)に着く。RCC2本のビレイ点でセルフを取る。狭いビレイ点で落ち着かない。
「いやあ〜ザイル欲しかったすね」
「ほとんどフリーソロだよ、後ろ見てみろ」振り返るとすごい傾斜。いやーザイル出さないとダメでしょこれ…(写真参照)
ここでザイルを出し、右股リンネへ下りトラバース気味に進入する。
<1P目> 3級 15m ナベ
下り気味にトラバース。途中にリングボルト1本有り。右股リンネに入り5mほど登ると濡れた滝。左壁が登れそうでこのままザイルを引こうと思ったが、足回りがまだ秀山荘忍者のままで、せっかくクライミングシューズ持ってきてるんだから履き替えて楽したいなと思い、どうせ履き替えるなら二人一緒の方が効率いいのでピッチを切る。腐った残置ハーケンを緑キャメで補強してビレイ。
<2P目>
4級 R 30m 高橋
高橋さんも、忍者のままで登れそうだけどせっかくクライミングシューズ持ってきてるんだから、くらいのノリで履き替えたのだが、取りついてみると以外と傾斜がある。しかも逆層。
アンダーをうまく使ったりハイステップしたりと、結構アクロバティックなムーブをしているが支点は全部腐れ残置でしかも数が少ない。仮に落ちたら全部吹っ飛ぶだろう。
フォローしてみるとスタンスは探すと結構いいのがあり、岩は固い。が、このプアプロ。痺れます。カムが効く気配は一切なし。確かビレイ点は錆びたリングボルト1本。
<中間部>
ザイルを畳み傾斜の強いルンゼを100mほど登る。左岸が圧倒的だが意外と陰惨な感じはなく寧ろ開けた感じ。もっと井戸の底のようなのをイメージしていたので拍子抜けしたが、これはこれでいい。やがて濡れた5mくらいの滝に着く。
<3P目> 3級+ 15m ナベ
濡れ濡れの滝はクライミングシューズで登るのは厳しそうだったので左から上ったが結構悪かった。苦し紛れにハーケン打ったら岩の方がエキスパンドする始末。ビレイ点は沢床のチョックストーンに赤キャメと緑キャメ。
<4P目> 2級 25m 高橋
奥に見える悪相のハング滝に向かってザイルを引く。左の岩の塊の真下にリングボルトが1本あったのでそこでビレイ。
<5P目> 4級+ R 40m ナベ
岩の塊を左から巻こうとしたが、そのどん詰まりは異常に黒い岩となっており、気味が悪い。一応取り付いてみるが手ごわそうなので、いったん下がって岩の塊の正面に取り付いて、ハングを左にトラバースしてリッジに出る。このあたりから高度感が増してきて、ほとんど何もプロテクションが取れていないのでビビり始める。とりあえずハーケンを1本ぶち込む。
そのままリッジを登ると黒い岩のコーナーとなっておりここが非常に悪い。残置ハーケンはあるが信用できず、アングルを打つが効いている気がしない。もう足がパンプしてきた。腹を決めて突っ込む。どうやって越えたかよく覚えていないがとにかく悪場を越えて、やった!と思ったが、下から見たら小さい滝なのに壁はまだ続き、おまけに残置は見当たらない。スタンスはあるので自分でハーケンを打とうとするが決まらない。高橋さんからは沢に戻るのではないかとサジェスチョンがあるが、右に回り込んでみると、小さいと思った滝は傾斜を緩くしてさらに続いている。とりあえず広いスタンスに戻って、半分しか入っていない残置にタイオフ。その上にあるスリングも一応クリップしようと思ったらあっさり千切れた。
両手は離せるので、ボルトを打つかどうか真剣に悩んだが、行く手は腹さえ決めればそれほど難しくないように見えたので、腹を決めて突っ込む。丁寧にスタンスを拾い、ようやく傾斜が落ちたところで朽ちたリングボルトがあった。遅いよ!こいつ一本ではビレイする気にならず、さらに進んで沢床でカムとかCSとか使えないかなと思ったがそういう雰囲気ではなく、地面の横リスに刺さったハーケンがあったのでこいつを補強してビレイ点とするが、一本打ち足してスリングを残置に通そうとしたらあっさりヘッドがもげた。
仕方なくナイフブレード1本でビレイ。
登ってきた高橋さんか良く登ったとお褒められた(*´▽`*)
この悪場の上も半ば滝と化した急な沢状が続き油断はならないが、やがて草付が優勢となってくる。
ある程度登ってから右手に進もうと話し合っていたので、とりあえず右手の大きな岩峰を見送り、その裏から延びるルンゼも見送るが、そのルンゼの尾根への抜け口もすっきりした岩となっていて感じがよいので路線変更し、このルンゼへトラバース開始したが、変なところからトラバースしたせいで結構悪かった。
ルンゼに入ってからも、草付というより岩場と草付のミックスと言う感じで、例えば沢バイルを泥に叩き込むような感じではない。まあともかく支点となりそうな灌木は一切ないので振出しに戻らぬよう(高橋さんの持ってきた岩と雪の付録にそう書いてあった…ブラックすぎる)慎重に登る。
登るにつれ容易になり、やがてあっさりと堅炭尾根に。1m反対側に下ると中芝新道に出た。
しかしこの中芝新道は長かった…沢に入ってからは崩壊しているし…登りはともかく下りは絶対にこういう用途(岩登りの帰りとか)以外では使いたくない道だ。
あとは旧道をトボトボ歩くのみ。時間が早かったので、山岳資料館で昔日の偉人の業績に触れる。ここはできれば一日中入り浸ってみたいところだ。
それにしても、鋲靴でどうやってああいうルートを登ったのだろうか?やはり昔の人はすごかった…そうとしか言えない。
駐車場に戻り、共同装備を分けていると、ナベが預かっていたはずのジャンピングが無い。おそらく取り付きでザイルを出した際においてきたか落としたのだろう。
金銭的にも、ゴミを増やしてしまったことも残念だが、5Pでボルトを打とうとしていたら絶望のどん底に落ちていたわけで、そうならなくてよかった。
湯テルメではなく湯檜曽のもちや旅館で入浴したが、これがなかなか良かった。泉質がさっぱりしてていいし、宿の人の対応もいいし、程よい混み具合だし、遠回りしなくていいしで、また来たいと思わせるに十分だった。
<感想>
ゴルジュを登るつもりで来たので、意外と明るくて拍子抜けしたが、岩登りの難しさ、というか支点の貧弱さはそういうアレコレをすべて超越して強烈な印象を残した。
とにかく残置が少なく、しかもその数少ない残置が手で引くと抜けたりもげたりするのである(そして頼みのカムはほとんど決まらない)。
それでも、例え強度はなくとも目印や気休めにはなる。
東北帝大3人衆が初登した際は当然、残置が無いどころか「その先がどうなってるかどうかすら分からない」わけで…
初登というものの本質的な凄さ、冒険性を改めて考えざるを得ない。
こんなマイナールートに付き合ってくれた高橋さんに感謝。
<テクニカルメモ>
とりあえず、下部核心(滝の左壁)と、上部核心(滝の左の岩の塊、コーナー、その上のフェース)が乾いていないと話にならないし、それがすべてともいえる。
登攀実行日だけでなく、その前の日も晴れていないと駄目。乾いてさえいれば岩は堅い。
トポにはA0とかA1とか書いてあるが、そんな支点、もう、どこにもない。やるなら自分で打つしかなく、ああいうシチュエーションで自分で打てるならば、フリーで越え
る力がある人だと思う。
<使用ギア>
ナイフブレード長短(マストアイテム)、キャメロット#0・75〜#1(ビレイ点用に沢床でしか使えなかった)
※基本的にカムは水流中の樋状以外は効かない。
薄刃の兼用ハーケン、つまりナイフブレードが有効。ランニングはハーケン以外では取れないと思った方がいい。
なので、大目に(6〜8本くらい)持っていくといい。
幽の沢二股より。左から滝沢大滝、中央ルンゼ、中尾根、正面壁、右股リンネ、V字状岩壁。資料には登攀価値なしとされている1ルンゼ(大滝の左)も十分面白そう。
正面壁・右股リンネ・V字状岩壁
カールボーデンを詰める
さらにカールボーデンを登る。このあたりから傾斜がきつくなる。
取り付きから振り返ると…ロープ出した方がよかったね…
右股リンネ1P目をフォローする高橋さん
右股リンネ2P目をリードする高橋さん
同2P目、ランナウトからすごいムーブを繰り出す高橋さん。
やっと抜け口、一安心。
中間部。ザイルは畳んでぐいぐい登るが、たまにちょっと難しい。
4P目、核心までザイルを引っ張る高橋さん。核心の滝は一見、左のリッジ裏から簡単に巻けそうだが…
同じく、核心へ向けて引っ張る高橋さん
核心5P目をフォローする高橋さん
堅炭尾根に向けて草付を詰める。ちょうどよさそうな抜け口が見える。
中芝新道にて一服
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