道具魂 Vol.5 ツエルト

<治田氏、ツエルトについて大いに語る>

<はじめに…>
 ツエルト。一言で表現すると「オールマイティ・シェルター」つまり全天候多用途型野宿用具だ。幅広く柔軟に設営できる用具として、タープやテントにない強みがいっぱいある。設置場所の選択には慣れが必要だが、慣れ親しんだ間柄からか実に良きものと推奨したい。

タープの使用例。

ザイルを木と木の間に張って、
そこにタープをかけて張綱で伸ばしている。
よくあるパターン。
しかしこんなに平らで広いところは
そう都合よくは見つからない。

【写真:2009.06の奥鬼怒】
ツエルトの使用例

夏ではこんな感じに張れる。

【写真:2009.07の比良山地】
テントの使用例

抜群の保温性・快適性・防風性を誇る。
設営も、スリーブにポールを通せば自立するので、
ツエルトやタープよりも頭を使わない。
しかし、設営場所が限られ、しかも重い。
写真はエスパースゴアモデル。

【写真:2011年GWの硫黄尾根】

<幕営具それぞれ>
 以下に簡単に山の幕営用具を「柔→硬」という形で独断の見方で並べてみる。
@タープ
 長方形一枚のペラペラのシート。ねぐらの天井を作るだけのもの。だから雨だけを避ける単純なシートと言っていい。妖怪・一反木綿型?の幕営用具だ。はっきり言っていい加減だが、これほど制限なく自由空間を作れるものもない。無雪期の沢筋の泊りには最高に合う。でも弱点が多い。当たり前だが、風が抜けて保温性はない。そのため早春や秋の使用はかなり寒い。また、盛夏の吸血昆虫の遭遇にはお手上げ状態になる。防虫ネットを忘れようもんなら色男もボコボコにされる。そんなわけで、冬季や稜線には使えないので季節や場所の制限が多いつうことだ。
Aツエルト
 三角形の袋状のもので、しっかりしたポールがないので独立して建たない。難しい表現だが、風に吹かれる鯉のぼり型?幕営用具かな。タープに比すると袋状のため空間を作れるので空気の溜めができて保温が守られる。居住空間が作れるので冬季にも使用できる。フルシーズンでどこにも使えるというものだが、自立型ではなく、風に弱く、保温性も低い。さらに弱点をあげれば、設営に使い慣れの経験が必要である。いざ使用となると支点や張り綱が取れる場所ということで、その設営には少しの工夫と追加装備が必要になる
Bテント
 山岳の宿泊用具で不動の地位にいる。独立型でポールと言う骨格を持つ。農家のビニルハウス型?の泊り用具と言える。空間が確保され風に強く、保温も居住性も高い。しかし、骨格があるため設営場所に難がある。底地は平らな所が要求されテントの面積を要する。狭い所、デコボコ地、斜め、変形地に弱い。近年は製品に軽量物もあるが、タープやツエルトに比するとやや重く嵩張る。高価なものほど軽く風雨や吹雪に強い作りになっている。テントは特に外部環境の厳しい冬季にこそその真価を発揮する。

<実践使用パターンの幕営具>
 次にワイは一年中活用しているので、実践使用パターンでツエルトをほめてしまう。
@沢で使う場合
 「沢ではタープ」と発言していてなんだが、ソロで沢を登る場合はツエルトが多い。その理由とは一番に軽量化だ。本体同士の重さではタープの方が軽いが、タープは底がないため別途にシートが必要になってしまう。
 また、上記のごとく保温性がタープは低いため防寒着が増えてしまう。結果的に全体で考えるとツエルトの方が軽くなってくるという按配だ。もちろんタープの開放感が好きで、それも使うが長期単独の場合はやはりツエルトが多い。
A氷(アイスクライミング)で使う場合
 BC型で攻めるときは当然テントとなるが、冬季遡行型、アルパインアイス型の泊りはツエルトだ。
 テントも超軽量製品もあるが、やはり軽さ収納でツエルトにはかなわない。谷底や尾根のワンポイントに小さく泊る使い方で、その地形にあった張り方を考えるとツエルトに勝るものはない。もちろん多少の窮屈さはあるが慣れれば苦にならない。寒さは辛いが軽量テントでも極寒はまったく防げるものでもない。軽さや収納にこだわる理由は、重い荷ではW〜X、さらに上のグレードのアイスクライムが続けばクライムそのものに支障が出てしまい大変危うくなってしまうからだ。そこで全てギリギリに軽くしていかないと成功はおぼつかない、となってしまう。
 最近も八ヶ岳東面の上ノ権現沢、甲斐駒黄蓮谷の坊主ノ沢、秩父の釜ノ沢で使用した。いずれも、日帰りアタックでは成功確率はかなり低い。そこで泊りだ。谷底のゴルジュ、荒れた河原などでは確保できるスペースはわずかだろう。そんな予想が見事的中して、いい感じで張れたわけだ。小さく張って中で宴会。慣れれば実に楽しき我が家に変身する。
B縦走で使う場合
 稜線のテント場の設営ならツエルトの良さは無く、テントに軍配が上がる。悪天時は風に対して弱さが出てしまう。ここではほめられず、正直、自分が惨めになってしまう。
C山スキーで使う場合
 設営は雪の上でどこにも上手く張れるので、これもテントに軍配が上がる。しかしスキー板やストックなど支点が多々あるので当然ツエルトも上手く張れる。厳冬期は寒さと降雪と風を考えてテント。残雪期はツエルトもいいかな?ぐらいな感じだろう。ただ、大荒れで雪に潜る場合は、雪洞の蓋を閉めるときなど、ツエルトの方が上手く雪を塞ぐことができる。当初から雪洞利用ならツエルトか?

<ツエルトのメリット・デメリット>
 機能的な面として、色は黄色が断然多い。目立つという意味と内部の明るさで利にかなっている。昔は赤色もあったがそれでは夜は光を吸い込み暗い。黄色は反射するのでロウソク1本でも明るい。生地はパラシュートに使用する生地らしく、軽く強い素材が多いので安心だ。
 一般に防水素材でできており、結露する。ゴア製品もあるが高価で嵩張り重くなる。結露は困るが経験上たいしたものではない。冬は内部は真っ白に凍る。撤収時に裏返せばパラパラと氷になって落ちるので気にならない。
 付属品としてのアイテムをいくつか。まず支柱用に軽量ポールが売っている。沢なら流木で代用できる。またストックがあれば歩行用もかねているので一石二鳥。3人用になると内部空間を確保するため内ポールも別売りである。絶対に必要というものでないが、冬は荷物も多く中に収納する物も多い。あれば非常に便利である。

<ツエルトの設営ワンポイント>
 ツエルトをきれいに張る工夫としては、ツエルト本体のベンチレーターの上部分に支柱を止めるために3mほどの張り綱を2本付けておく。ほかに底の角の部分と中腹の空間を広げる部分にも張り綱を適宜つけておくと非常に便利だ。特に2箇所ある支柱からの張り綱で、支点を取ることが重要だ。支点は木々や石、倒木、笹、草、バイルなどでその場に合わせた知恵と工夫が必要だ。
 どうぞ、使い慣れて、あなただけのいとしいツエルト空間を作ってみてちょ。(ばらばらちぐはぐな文書の攻めだが、大手雑誌にも載るわけでもなし、勝手に筆は進めるモンね)

<結びに>
 批判というか、ツエルトは「苦手+嫌だ」派もいることは事実。こんな便利なものをなぜ?と不思議に思うが、単純に持っていないか、使い慣れていないかだけだろう。
 沢はタープが基本だし、一人や晩秋でもツエルトだ。沢でテントなんて考えられない。宴会はもちろん外だ。雪があって春など可能ならば外だ。
 またまた、脱線するが、数年前あの青山嬢と冬季の八つの地獄谷に二人で行った。当然ツエルトだが、12月中旬で雪の中、何とかマキを集め焚火をした。雪も降り始め暗くなって相当に白く辺りは積もったけれど、青山嬢とワイは雪に埋もれる火を楽しんだ。不平も言わず斜めのツエルトに潜りこんだ。このとき心底この娘は山が好きなんだと思った。
 最後にお世話になっているツエルトに捧げたい。

 使い方を忘れられた道具、ツエルト。
 バリをやる山屋のザックには無くてはならぬもの。
 でも、そいつを上手く使え、利用できる輩はひとつまみ。
 山行成功の立役者として、いざというときの裏方の地位は横綱級なのに。
 とにかく、あなたはどんな場面でも主人の言うことにそむかないで急場をしのいでくれた。
 何て、けなげな道具なの。
 ああ、しかし、道具の進化の中、ある特定の要素が特化されたものだけがもてはやされた。
 今の時代は特定に強すぎる道具がもてはやされる。
 特化されていず、そこそこに何でも対応でき、そこそこに万能なあなたは今や化石なのか。
 いいや違う。使い慣れ伝承できる輩が減っただけだ。
 愛用している者は、胸を張ってこう叫ぶ。
 「ツエルトよ。永遠なれ」
 全ての山屋はもっともっと目を覚まし、本質に帰れ。
 多様化する中に、自然に向き合う過酷な条件下で、本当に強くシンプルで万能なもの。
 数多い山道具で、最高便利なものは何か、それはあなた。
 おお、それこそはツエルト。
 大切に使っている初代ツエルトには「山登魂」の代紋がしっかり刻まれている。
 そしてそれは、今も輝いている。

―――END―――

<編集より>

 こうしていただいた原稿を見ていると、ツエルトの優位性というものが際立ってくる。風さえなければ(これが一番の問題なのだが…)これほど軽くて心強いものは無い。佐藤さんと会越御神楽を遡行した際、雨の中頑張って起こした焚火にあたるよりも、ツエルトの中に逃げ込んで茶を飲んだ方がよほど温まったものである。
 結局、タープ・ツエルト・テントそれぞれの特徴をよく理解し、そして、対象ルートの性格もよく理解したうえで、適材適所で行きましょう、というのが模範解答なんだろうけど、この中でもツエルトは一番張るのにコツが要るので、一度近所の公園で張る練習をしておくといいと思う(張り方も色々ある)。特に、ストックを支柱として立てるやり方は、一人だと結構大変、というか近所の公園でやってみたらできなかった(片側を立ち木に固定したら超楽勝)。
 そのように、ツエルトを使い慣れておかないと、本来ツエルトがベストな選択であるルートでも安易にテントを担いでしまい、その結果重くて登れず…ということになってしまうのだろう。ああ、思えば、我が前穂北尾根敗退も、高橋さんの仏像化(雪盲で瞼が仏様のようにはれ上がった)が直接の要因ではあったが、まさにそうした失敗であった。
 タープやツエルトを上手く使うにはそれなりのノウハウが、テントにはそれを担ぐだけの体力が要る。そのどれも手の内にしておき、適宜選択できるようにしたいものだ。


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