■西上州/山急山五輪岩正面壁「嶺呂ルート(仮称)」

2011.4.10
鮎島、渡辺、伊佐見
 西上州の岩場は、過去、南牧村の毛無岩と鹿岳南壁を登り、この二つとおまけ二つを含めて岳人クロニクルに投稿もさせていただいたことがある。私の中ではそれはそれはとても充実したクライミングで、過去に実施してきたクライミングの中でもとても印象深いクライミングのひとつである。
 そんな中、群馬岳連のホームページに昔の会報がアップされてあったのを発見した。それが、西上州の五輪岩正面壁の記録で、実際に鹿岳南壁の記録のあとがきで、次なる課題として挙げていた。しかし、それ以降、個人的にいろいろあって、2年も経ってしまった。前週に、丹沢の未踏のガケで今期はじめてのクライミングをやって、なぜか自信が出てきたので、例会で誘うとナベが乗ってきた。ついでにイサミも誘うと来るというので、三人で向かうことになった。

五輪岩全景と登攀ライン
登攀後の集合写真

1P 目と2P 目の顕著なルンゼ

1P 目をリードする渡辺

3P 目をリードする伊佐見

3P 目をフォローする鮎島
 国道18号を碓氷峠に向けて走っていると、気味が悪い岩峰が見えた。
「記憶が正しければ、五輪岩ってアレだよ」
「ま、まじで、、、アレ登るの?」

 となったが、私がそれと指摘したのは実は高岩で、その圧倒的な高岩に見とれているうちに、五輪岩基部近くまで入る林道の入り口を行き過ぎてしまった。
「あー、良かったよかった☆」

 強引にUターンして、若宮集落から入る林道を慎重に探り出し、辿っていく。すると、「勘弁してよ〜」と思った高岩に負けず劣らず「ガビィ〜ン」とそそり立つ岩峰がそこにもあった。…今度は間違いない。アレが五輪岩です。
「うー、ヤバげな雰囲気、変わんないんですけど…」
 まぁまぁ…ここまで来てしまったんだから、まずは取付まで行ってみるしかないやんけ!
 そのまましっかり舗装はされているものの、路肩の雑草が伸び放題の林道を辿り、適当なところで駐車。準備する。

 唯一の記録の松井田山岳会のガイド概念図は高速道路がなく、本当にわかりづらいので、アプローチは地形図を頼りに適当に辿るしかない。
 最初は沢沿いに登るが、堰堤がうるさいので右岸の尾根に逃げる。その尾根は歩きやすいが、じきに岩稜っぽくなったので、その基部を左側に逃げ、隣の沢へ。その沢がゴルジュ状になるが、小さい枯滝を簡単に登れるのであとは忠実につめていく。すると、正面壁の基部にぶち当たった。

「うーん。下から見てもデカい。ブッ立ってるぜ!ほぼ垂直?いや心なしかハングっている…。しかも、脆そう…。だいたい、登れるライン…。なさそうなんですけど…。マジ、どこ??」

 そんな感じで基部を左に回りこんで、どこかな〜と見渡していくと、かすかにガイドにあるルンゼ状らしきところがあった。そこしかないよなー、でも本当に登れるんかな?という感じで、ところどころ脆い岩がある、基本いやらしい木登り30mでルンゼ基部まで行くと、残置はないものの「ザ・取り付き点」みたいな大テラスがあった。
 そこから上部を眺めると、キレイにクラックが続き、かつ、確かに記述どおりの雑木が見える。

「なんだ、案外簡単にいけるんじゃね?V+ぐらいのクライミングで行けそうだね♪」

 みたいなテンションになってしまった(イサミはここまで来る木登りで一度ハマってるため、鮎&ナほどテンション高くない)。気分は軽くなり、公平にリードじゃんけんした結果、@ナA鮎B伊の順番でオーダーが決まった。
 取付きで、先週の練習の成果を試すため、念のためボルトを打ってみるが…。なんだここ…。ボルト、まったくダメじゃん。叩けばたたくほど、周囲の岩がはげて、うまくボルト穴をあけられない…。うー、ま、どうせV+だし、気にしなくていいっか!


1P目(渡辺、8m、V+)
 クラックにキャメ#2.0を入れてファーストクライムアップ。しかし傾斜が強い上、凝灰岩に礫が入ったような岩質で、たくさんあるガバのうち、いくつかがまったく信用ならない。それでも、順調に8mほど登って行くと小テラスがあってそこに残置ピンがあるようだ。どうやら、正解ラインのようでそこは安心。
 しかし、その上がどうやらポイントらしく何度も行ったり来たり、行ったり来たりを繰り返している。

「よし、覚悟決めていッたるで……………ぅお、だめだ、このガバ、信用できーーん!!」

 そんな感じを繰り返し、1時間近く粘った末、パンプしてギブアップ。そのポイント下の小テラスでピッチをきる。


2P目(鮎島、25m、X)
 ナベが粘っている中、下でイサミが「あー、早く登りたくなってきました」と言っていたので、「このピッチ、イサミやる?」と聞いたが、この8mのクライミングで岩の脆さに慄いたらしく、「いや、やりません」と素直に言うものだから、当初のオーダーどおり鮎島リード。
 ナベがなんども行き来してダメだったポイントをすんなりと…っと………。ん??………。あースタンスが崩れた…。うぇ、すかさず、目の前にあった残置ハーケンに…えっっ、手で引っ張っただけで取れた…。オイオイ…( ̄ロ ̄lll) ガビーン。

「あ゛ー、あ゛ー、あ゛ー、落ちるぅぅぅぅーー、ダメだァァーあ゛あ゛ぁ゛゛゛〜〜〜〜」

 結局………。……落ちなかった!。自分でもどうやってシノいだかはまったく覚えていないが、得体の知れない潜在能力をフルに発揮し、きわどいバランスで堪え、ナベがいけなかったポイントをイッパツで抜け切ることができた。
 しかし…この先も長い。部分部分ハングの凹角がずっと続いている。幸い、ガバがあるのでガバに体重をかければ登れるのだが、なにせ脆い…。その都度その都度、チェックはするけれど、何個か実際に剥がれるのよ。つまり、「ガバは危険だ♪」という認識が強調されて恐怖が増殖されるだけだ。そんななか、ガバに全体重をかけてハングを超えていかないといけないなんて…。少なくとも、あんまし心地よいものではない。加えてランナー。クラックが隣に走っているので、基本的にカムで取れる。しかし、言わずもがなに脆いし、切羽詰っている中では欲しいサイズがなかなかないものだ。

「あれ、#1.0がない。ナベ、1番は??」「あー悪い、ビレイ点に使ってる…」…
「あー、ここ4番ほしいんだけど、ない?」「もちろん持ってきてないよ」…。


 エッ!?。ま・じ・で・・・?頼りないランナーを頼りに、抜けそうなガバを全体重を預けるしかないのか…。それには十分な気合が必要だ…。

「しょうがねぇ、なべ、落ちたらよろしくね…。あぁ、登るしかないよな〜…。よしっうぉぉぉ〜」

 そうやって、なんとかそんなポイント部分を3個ほど超えた。しかし、それでもまだ見通しが立たない。正直、こころが折れそうになる。参った…。
 そして、さらに小ハング…。うげっ、ない。ガバがない!…。ただし、菊のような変な植物はある…。これ使うの?使うしかないよね…。使うしかない!使え、使うんだ、使ったれ、コノヤロー。とはいえ、なかなか決心が付かない。なにせ、私には家族がいるのだ。この夏に生まれる子供もいるのだ。この間、逡巡に5分程度。しかし、やるしかない。。。。

「ヨシッ。う・・・うぉぉぉ、こわぇぇぇぇぇぇ〜、こうぇ、怖ぇ、こうぇ、怖ぇ(×10)、、あぁあ゛゛、こうぇ、どゃーー、ぼゃーーー、おぉぉぉぉ…」。

 岩壁内に、いや、高速道路に走る車にさえ伝わるのではないか?と思えるほどの大声で叫んでいた。この「叫び」がいかに切羽詰ったものだったかは、現場にいないとわからないだろう。実際、ビレイ点にいた二人は私の絶叫が断末魔にきこえ、恐怖に身が固まり、ザイルを握り締めるばかりだったようだ。「ザイルを握りしめろ!あとは神頼みだ!」そんな心境だったらしい。
 なんとか、その核心(?)部分を越えると、ようやくこのピッチ終了点の立派な雑木までの見通しが立つようになった。そこまで8m。ただし、かなり脆いうえにランナウト…。ため息しか出ない。…慎重に登り、なんとかその雑木にたどり着いたときは泣きたかったぜ。シャレのならない「まだ生きてるぞ〜〜」コールでビレイ解除。あー、オレはやったぞっっっ!ここ数年で一番のクライミングをやっちまったぜ。
 ルート中、一本だけ立派に生えている木にてハンギングビレイしてセカンド・サードを迎える。実際に、イサミは一度ホールドがもげたらしくワンテンで泣きそうになりながら登ってきた。なお、3人集まり、話す言葉は

「『よく死ぬかと思った』と人は言うが、今回は鮎ちゃんが本当に死んだと思った」(byナベ)
「鮎島さんが落ちるとボクも巻きこまれそうなので、心から落ちないでくれと思いました。こんな気持ちはじめてです」(byイサミ)


 この瞬間、「生きて帰りたい」とパーティみんなの気持ちが一つになったわけだった。


3P目(伊佐見、45m、W‐)
 なんとか、ほぼ垂直のルンゼ状を脱し、「トポ上での核心ピッチ」は切り抜けたわけだが、この上を見上げてもただオーバーハングがあるのみで、本当に頂上までいけるのかの見通しがまったく立たない。こんな中、順番的には伊佐見の番だが、2ピッチ目セカンドで登ってきた直後では唇が紫になって放心状態である。それでも時間がたてば、決心付いたようで「いきます」と。その言葉に心強さを感じた。
 ハング下のテラス状バンドを右上し、ハングを右から回り込むように登っていく。そこから先、下のビレイ点から様子は伺えないが、順調にロープが伸びて行き、残り5mのところでピッチが切られた。どうやら無事だったようだ。
 後続して登っていくと傾斜は緩いようだが、高度感がある。ランナーはところどころ生えている潅木から取れるが基本ランナウト。ところどころ、傾斜が強く、抜けそうなガバを「エイっ」とする必要があるのは変わらない。それでもイサミ曰く、

「快適なピッチ、リードさせていただきありがとうございます!」

 まぁ、さっきのピッチに比べれば格段によかったけど、一般的に言えば悪いよ。高度感あるし、ランナウトするし、岩もろいしね…。さすが、宮崎スラブ仕込みのクライマーは一味違うぜ。


4P目(渡辺、25m、U)
 簡単なブッシュ帯リッジを歩く。ロープはいらないような。この先も簡単なブッシュ帯をたどれば簡単に山頂に着く…と思ったが、25m伸ばしたところでピッチをきられた。
 後続すると、最後の砦のごとくガビーンと10mほどの高さの岩壁帯がある。ピッチをきられるのもなるほどね、、という感じ。


5P目(渡辺、25m、W)
 順番的には私のリードだが、2P目でつかれきってしまってる上、簡単な4P目で「あぁこれで終わりだー」と気持ちが強かった分、すでにこころがポッキリ折れている。しかし、本日、あまり見せ場がなかったナベがリードを買って出てくれた。あ、ホント?(●⌒⌒●) わーい。
 ナベが、少し左へ少し回り込んだところから登り始める。が、これがそれなりに傾斜が強い上、このガバももちろん信用できない。クライミングとしては潅木帯までのたった5mだけだが、本当に悪かった。そこをこえれば、簡単なブッシュ帯で、それを忠実に山頂まで。


 山頂でゆっくりする。今回、トップは空荷、セカンド・サードは荷を担いで登る方式で登ったが、やたらイサミの荷物が重かった。何が入っているのかなぁとずっと思っていたが、山頂で2リットルのお茶を取り出して飲んでいやがる…。靴は、軽登山靴で来るし、こいつ〜と思ったが、まぁ無事で登れたので何よりだ。

 下降は、山急山とのコルから西側へ降りたが、道を間違えたのか、ゴルジュ帯に入ってしまったので、潅木を支点に懸垂下降を4回ほどすると、ビニールテープが付いた登山道に出られた。
 あとは適当にヤブ漕ぎはないが、道もないところを駐車地のほうへ下るだけだ。
 我が、至極のフォロークライミング。雨飾山フトンビシ中央稜の記録から抜粋しよう。

『あの黒部の怪人、和田城志氏が「いい山登りの良し悪しの基準とはビビるかどうかだ」とあっけなく書いていたのを思い出す。その基準において今回の登山は私の登山歴でも間違いなくナンバーワンのいい山登りだった。私は、今後、どのような山登りを実践しようともフトンビシ中央稜のあのナイフリッジは忘れまい。』

 そう。フトンビシのナイフリッジは私の中で一番のビビるクライミングだった。そして、今回の五輪岩のクライミング。明らかにそれに次ぐレベルであった。これは間違いなく言える…。つまるところ、和田城志基準で言えば私の中で「ナンバーツーのいい山登り」となったわけである。
 これまで西上州の岩場に幾度も行ったが、見栄えの良さでは一番であることは間違いない。登る前、

「上信越道からとっても目立つやつですからね。登れたら、子供に自慢できそうです。へへへ。」

 と書いたが、まさにその通り。上信越道から見たこの岩峰の写真と辿ったラインを赤線にて記してみたりしたが、この高速道路を通るたび子供に自慢できそうだ!やったねvv。今回は、そんなとても気持ちのいいラインを仲間とともに辿れたこと、そして無事に下山し、そのラインを見て、にこやかに話せていること、そのことこそがとてもうれしい。最上のシフクである。
 次は、一本岩か、高岩か…。いやいやいや。子供も生まれるし、なにがなくても安全第一。当分は勘弁してください。而して、まだまだ私のインタレストリストは増えるばかりだ。

 最後にナベ氏、イサミ殿。御付き合い、サンクスです。とくにナベ。毛無岩、鹿岳南壁と西上州の岩場に懲りずに御付き合いいただき、感謝感謝です。イサミはもう、いやなんだろうけれどね。ま、気が向いたら付き合ってくださいませ。

2011.4.12 鮎島 筆

【記録】
4月10日(日)晴
 駐車地0730、取付0830、終了点1230、駐車地1400

【使用装備】
 ダブルロープ50m×2、エイリアン各種、キャメロット(#0.5〜#2.0)、アングルハーケン
※キャメロット#1.0をもう一個、#3.0、#4.0もあるとより安心。

【備考】
・各ピッチのグレーディングはあくまでも体感の参考グレードです。岩のもろさ、残置支点がないこと、ランナーもあまり信用できないことなどを考えれば、もう少しグレードが高くてもいいかもしれません。
・ルート名の「嶺呂」は参考にした群馬岳連の会報の名前を仮につけさせていただきました。出展「嶺呂第8号」(昭和51年10月15日発行「特集かくされた山C」より)
・このルートの初登は昭和50年あたりに松井田山岳会の松井均氏ほかと思われ、我々は数少ない続登だと思われる。
・初登時、カムはないわけで、これをピトンだけでどうやって登ったのかなどの疑問はつきず、心から敬意を表するばかりです。



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