2021年10月7日~8日 ナベ(L記)・Y崎 形態:沢登り
今回ツアーの本命、ケヅメのゴルジュ。
谷の中央部には猟師の間で「鹿の毛皮をはりめぐらした」といわしめたケヅメと呼ばれているゴルジュ帯があり、この谷の遡行ポイントとなっている。
(太田五雄「屋久島の山岳」より)
鹿の毛皮をはりめぐらすってどういうことだろう?
少なくともネットではまともに突撃した記録なく、期待値大。
宮之浦川の上部ゴルジュ帯と並んで屋久島最悪と目されるゴルジュにベース形式でじっくり挑むこととした。
なお、「屋久島の山岳」のFナンバーに関しては、ケヅメの入り口となるF6から先の実態と合わないため、屋久島の山岳におけるF6を本稿ではケヅメF1と称し、以降ケヅメF2、F3と記載している。
10/7 快晴
09:05栗生神社→10:20黒味川標高110m付近に入渓→12:00黒味川標高210m付近二俣(BC設置)→ケヅメゴルジュ偵察(13:40ごろ帰幕)
10月6日に瀬切川を下山してきて間髪入れずすぐ黒味川となった。疲労感があるが、天気の都合なので仕方ない。
まず早朝から開いているSマート(山下商店)に寄り、今晩のお惣菜を買い込む。その後立派な栗生神社に参拝して安全登山を祈願し出発。
グーグル航空写真やネット情報によると黒味川左岸林道は廃道化しているようなので、右岸林道をしばらくたどって、ミカン畑とミカン畑の間の適当な所から下降して入渓。今日も巨岩が多い。
二俣近くまで来たらなんだか水が濁っている。なんじゃこりゃ?
二俣の北西側の樹林帯の中にタープを張りベースとする。焚き火はもちろん河原。
不要物をデポ、猿が食料持って行く可能性もあるためザックに厳重に入れてカラビナ等でロックし木に括り付けた。
なんだか対岸(左岸側)が騒々しい。
超巨大CSの裏にある斜瀑F4(Fナンバーは「屋久島の山岳」より)は右手から小さく巻いた(F5はよく覚えていない)。右手(左岸)から細い支流が流れ込んでいるがこれに土砂が混じっている。どうやら林道工事をやっているようだ。屋久島まで来て濁り水か…
プールのような大淵を泳ぎ、軌道跡(土台だけ残っている)を見送るといよいよケヅメゴルジュ開始。
斜瀑F6(ケヅメのF1、10m)は左岸(右手)から小さく高巻き、巨岩とスラブで構成されたCS滝F7(ケヅメのF2、5m)は渡渉して対岸に渡り巨岩帯の迷路から洞窟くぐりで突破。洞窟の抜け口は不安定な草付きというか、完全に浮いている地面なのだが、そこでマントルを返しても地面は落ちず、根っこの生命力と頑丈さに感謝。
ケヅメのF1。左岸巻き。
ケヅメのF2、右岸の巨岩トンネルから脱出
偵察はここまでで十分ということで洞窟上の木からスリング垂らして翌日の準備として下降、行きに泳いだ大淵は飛び込んで遊んだ。
ベースに戻り、猿の襲撃を受けていないことに安堵。焚き火を起こし、山下商店の飛び魚のつけあげに舌鼓を打つ。さすがに刺身はヤバいということで買えなかったのが残念だが、タンパク質とアルコールを摂取し翌日のケヅメに向け英気を養う。
10/8 快晴
06:15幕場発→06:55ケヅメF1(F6)到達、ケヅメのゴルジュ開始→12:10ケヅメF7下のプール(360度ゴルジュ)→14:25ケヅメF12前の淵→15:40標高530m二俣→16:25山越えのコル→17:40幕場帰着→19:20栗生神社
前日と同様の行程を辿り、昨日垂らしておいたスリングを活用してケヅメF2(「屋久島の山岳」のF7)を越える。ここからは未知のゾーン。
続く大岩と左岸スラブで構成された小滝は水線突破。左岸スラブにハート形の摂理?があった。今後ケヅメがゴルジャー達の人気沢となれば、海谷不動川のアンモナイトみたいに名物になるかもしれない。
小滝は水線を攻めれた
左岸スラブにあったケヅメのハート
浅いゴルジュ地形の中は一旦河原となるがまたすぐに大きな淵を持つケヅメF3(3m)。とりあえず泳いでみたら滝身の右にクラックがあったので半ば泳ぎ・半ば浸かりながらハーケンを打ち、ハーケン連打+アブミで突破。そのまま左岸スラブを登り一旦ブッシュに出てから懸垂下降して沢に戻る。
ケヅメF3(Y崎さん写真提供) この後クラックにハーケン連打。
その先は浅いV字谷の中の巨岩帯で、巨岩が本当にやっかい。巻き・ボルダリング・ショルダー・洞窟くぐり等色々やりながら苦労して進む。
ケヅメF4(2段5m)は一段目と二段目の間に釜があって形状的にやっかい。右岸側は簡単に上がれそうだが上がると戻るのが大変、左岸は上がるのが大変。左岸のシダが川底に近づいている部分をよく見るとクラックがあったので、ザイルをつけて登ることに。スラブに入ったクラックを2mほど登り、カムを決めてシダの藪に突入。シダの藪は部分的にハングしており、両手両足何に乗っているのか何を掴んでいるのか不確かな5+の藪こぎを5mほど。ここはカムが決まっていなかったらとてもじゃないが突っ込めなかった。安定したブッシュに出て、懸垂で沢に戻る。
ケヅメF4。
ケヅメF4左岸巻き。最悪のシダ藪に突入。
一旦沢は緩んでV字谷の中の河原となるがまたすぐケヅメF5(5m)が出てくる。右岸岩壁と滞積した大岩によって構成されておりまた例によって淵があるが、幸い左岸のスラブにバンドが入っておりトラバースできた。巨岩帯もザイルをつけて越える。
ケヅメF5。岩がデカい。
例によって短い河原を挟んでケヅメF6(4m)。左岸岩壁とやたら尖がったCS(昔の人なら即「烏帽子岩」と命名しただろう)によって構成され、滝の前は深~い淵がガードしていてこれは右岸から小さく巻く。
ケヅメF6。尖がってます。
ケヅメF6から先は巨岩やプールが出てきてそのたびに荷揚げしたりショルダーしたり小さく巻いたりで疲れる。
いよいよ両岸ブッ立ってきた。地形図上で沢が北西に屈曲するあたりでヤバい雰囲気となってきた。岩壁はツルツル&赤茶けており、「鹿の皮」と言われればそうとも見える。これが「ケヅメ」か。淵を渡渉し、幅70cmまで狭まっている水路を抜けると、360度岩壁に囲まれたプールとなる。左奥にはよく見えないが滝が鎮座しており、プレッシャーが凄すぎて禍々しい印象を受ける。ここまで恐ろしいゴルジュは初めてだ。もしここを初めて見た人間が私たちだとしたらうれしいが、そんなことはないか…。
もし初めての人間だとしたら、そのまんま「360度ゴルジュ」、「ケヅメの間」、あるいは宮之浦川竜王の滝に対抗して「竜王の間」と名付けたい。
(少なくともネット検索では出てこなかったが、古い岳人のクロニクルとかで紹介されている可能性がある。岳人は記事名までは国会図書館の検索で引っ掛かるが、クロニクルで紹介されていると検索に引っ掛からない)
プールの左奥に滝の飛沫が見える。真ん中の突き出た岩に上陸し、Y崎さんと合流するが、あまりの雰囲気に二人とも突破する意欲は消失。泳いで滝(ケヅメF7、15m)の写真だけ撮って一旦下り、右岸から高巻きに入る。
なおケヅメF7は滝身の左裏にクラックがちらっと見えたのでひょっとして登れるかもしれない(取り付くことができればだが)。
水路に突っ込むナベ(Y崎さん写真提供)
水路をフォローするY崎さん
ケヅメF7。この空間は凄かった。
ケヅメF7の右岸高巻き中、ゴルジュの中を伺うが、弱点の無いブッ立った岸壁に囲まれた水路の奥に滝(ケヅメF8、20m)が見える。絶望的だ。だが、称名の廊下が登られた今「不可能」などと簡単には言えない。言えないが、ちょっと凄すぎる。
ケヅメF8の先には両岸絶壁の中に小滝&水路が連続し(ケヅメF9~F11、各3~5m)、情け容赦の無いゴルジュとなっている。
ケヅメF8
ケヅメF9~F11
ケヅメF9~F11 同上。
ケヅメF11までまとめて右岸から高巻いて歩いて沢に戻る。谷が南東に進む間わずかな平和を享受するが、南に屈曲したあたりからまた壁が「ケヅメ」の模様となり、「あ、また何かあるわ」という雰囲気になる。
両岸ブッ立った中を滔々と流れる長~い淵の先に20mほどの滝が見える(ケヅメF12)。
攻撃する気にすらならず、右岸から高巻き。
ケヅメF12
ここでY崎さんがらしさを発揮。そこまで攻めなくてもいいだろうというくらいギリギリのところを進み、最後はザイルを出す。足元にはゴルジュが広がっておりビビるラインどりだ。途中カムでランニングを取っていたが最後はグズグズの草付きの段差をエイヤで越える必要があり、万人にはお勧めできない。この高巻き中ケヅメF12の先が良く見えたが、水路を挟んでケヅメF13(7m)が見える。
ケヅメF13
Y崎さんは緩いルンゼの中で立木にてビレイしており、合流。下を見ると滔々と流れる水路が美しい。上方を見るとやたら大岩が角ばっており、まるで遺跡のようだな、と二人話していたら本当に遺跡(軌道の遺構)だった。
軌道をたどると、最後の屈曲部の突端から左岸に向かって進んでおり、既に橋は無かったが、柱をぶち込んだであろう跡が対岸(左岸)のスラブに残っていた。この固い花崗岩に、あんな不安定な所で誰かが穴開けたんだな…凄すぎ。
軌道跡をたどるとまだ続いているゴルジュに入ってしまうので、戻ってくりぬかれた軌道跡の壁を登り高巻く。ゴルジュ出口のケヅメF14(4m)に続くバンドに出たが、スリップするとえらいことになるのでもう一段上から高巻いて沢に戻った。
緩いルンゼから振り返ると水路が…
軌道跡トンネルから行く手を撮る。この固い岩をくりぬいたのか…
出口となるケヅメF14
これにてケヅメゴルジュは終了。Y崎さんからは、軌道跡を辿って戻ってみるかという提案もあったが、軌道はどこに続いているか分からないので、当初の予定通り739m二等三角点の南西コルから山越えしてベースに帰ることとした(※今から考えると、軌道跡を辿れるだけ辿って、523m二等三角点北東のコルから山越えするのが一番速そう)。山越えは予想通り楽勝だったが、越えた先は植林が荒れており、最初の30分くらいは下りにくい沢だった。標高450あたりから下りやすくなり、標高340mあたりで地形図上の水線の沢に出会うとものすごく下りやすくなった。この沢はかなり人の手が入っており、なんと堰堤まであった。なんとか日没前にベースに帰着。
黒味川左岸林道が復活していることは工事の音や土砂流入で分かっていたので、明日から天候が悪化することもあり、このままベースを撤収し下山することとした。
林道に上がるころにはヘッドランプが必要となっていたが、再整備されたばかりの林道は歩きやすく、あっという間に栗生集落に着いた。
【ナベ感想】
沢登り的にはほぼ完璧に登ったといってもいいと思うが、ゴルジュ突破的には課題が残った。黒味川左岸林道を利用すればあっという間に核心部に取り付けると思うので、我こそはというゴルジャーは挑戦してみてはどうだろうか。
【Y崎感想】
黒味川ケヅメのゴルジュ
瀬切川に輪を掛けてやばいヤツ。
二つめの滝の洞窟登りに始まって、滝横アブミラダー、側壁シダ登りと変化に富みすぎる登攀を重ね、急流が走るトイをブリッジングで突破した先の空間はまさに伽藍、まさに異次元。
後退滝のなごりであるトイは幅2m程なのに両側は20mほども立ち上がっている。そして、急に広がった伽藍は底さえ見えない釜だった。そしてその奥を直瀑が落下している。
これは今生きている人類に登れる所ではない。
ここまで来た人間もたぶん数えるほど。
隔絶した世界に息を呑まされた。
息を呑んでいるばかりでは窒息してしまうので右岸を高巻くが、滝上も半端ない。
屋久島の自然が「お前たちにはムリだろう」と高笑いしている。それがケヅメゴルジュの上部だった。
<屋久島 黒味川ケヅメのゴルジュ遡行 全体行動概念図>(国土地理院地形図「電子国土Web」を加工)
<黒味川 ケヅメのゴルジュ 遡行図>