2025年(令和7年)11月19~22日 治田(単独)
屋久島は若い時分は沢を考えてはいたが、実行に移せずに何十年と経ってしまった。
あらためて島を調べてみる。基本、平地がなく山だらけの島で、人が居住するのは海岸線であり川の河口が多い。
歩道という登山道が幾つかあり、その中で尾之間歩道と永田歩道がハートを動かした。
いわゆる縄文杉のメインコースを外しているわけである。なるべく人がいない静かな登路で臨みたい。
さらに海岸線、海抜0mからスタートし九州一の高峰にたち、また海岸でフィニッシュするのはどうだろうか。島ならではの無理のないラインができあがる。
何か付加価値を見つけ山を楽しむのが、私のやり方である。すなわち沢や岩やスキーを使っての登頂もまったく同じである。
これで計画から面白くなってきた。問題は空路の乗り継ぎや手続きが、私が苦手なことだ。
山行記録
11/19(水)羽田空港~鹿児島空港~屋久島空港(空港でガスボンベと携帯トイレ買う)バス~尾之間~蛇之口滝~尾之間歩道(泊)
11/20(木)尾之間歩道~乃木尾根~淀川小屋(泊)
11/21(金)黒味岳往復~宮之浦岳~永田岳~鹿之沢小屋~桃平広場(泊)
11/22(土)岳の辻~永田集落(民宿泊)
11/23(日)屋久島観光~屋久島空港~鹿児島空港~羽田空港
11/19
羽田で仮眠して朝一番の便で現地入りする。
バスで尾之間で降りるが、どうにも海岸への道はない。浜はなく絶壁であり岩礁だ。谷崎鼻という灯台のある手前の左踏跡を探り、岩を降りていく。波に打たれた岩は怖いが、手ですくい海水を味わう。
「うまい」。ミネラル豊富で磯の出汁が効いている。
尾之間の谷崎鼻は岩場で慎重に下る。いよいよスタート

尾之間と鈴川流域、主峰の山々
さて次は登山入口だ。そこには古い構えの温泉がある。浸かりたいが歩きたい欲が上だ。
さっそく南国の樹々に囲まれ昼なのに暗い。
予定はまず蛇ノ口滝だ。2時間ほどで着く。花崗岩の丸いでかい石がゴロゴロして、圧倒的な幅広な大滝が出てくる。登攀もなにもそのみごとさに脱帽だ。
東屋があるのでテントを組み立て、ウイスキーをやる。
島なのにスケールが半端でないでかい滝。
11/20
明けて二日目。緯度のせいか日の出が遅く、ヘッドライトで行動する。
この尾之間歩道は淀川登山口まで車が入れるようになった現在登山者は非常に少ない。道跡はあるが台風などで大きな倒木があったところは不明瞭でわかりづらい。
難所の一つに鯛ノ川の渡渉がある。石づたいに濡れずに渡れたが、増水で何人か遭難しているらしい。確かにこの谷の規模と平水でこれでは、濁りが入ったら深さもわからず絶対に渡ってはダメだ。
屋久島を有名にしているものに大木の屋久杉がある。しかしあまり見かけない。歩道脇にある看板の表記から謎が解けた。
島民は神木として崇めていたが、高僧の教えから森林資材として活用するようになり、伐採をやたらめったら進めたらしい。たまに見る巨大な切り株は伐採の残骸だったのだ。
今屋久島は自然の世界遺産として保護する立場にあるが、ひと昔は森林軌道まで設けてやりたい放題の自然破壊をしていたのだ。
今ある細目の杉は何千年の時を刻まないと屋久杉という規模に成長しない。人間とは何とも不思議で愚かな生き物だろう。
淀川小屋には二時半に着いた。大した荷量ではないのにスピードが上がらないし、足腰にきている。老いぼれた体はさらに老いへと加速している。
しかしまあ、酒を飲めば落ち着くし何やらいい気分になってくる。
11/21
三日目はメインコースで主要な山々の登頂だ。花之江河の湿地先からまず黒味岳を往復する。トップは巨石の塊で、ぐるりの島の山々が望める。
黒味岳は花崗岩の岩の塊が頂だ。なぜかボルトが打ってある。フリールートがあるのか?
宮之浦岳は島一番であり九州一の最高峰だ。その名声に少しの偽りもなかった
快適な稜上漫歩で投げ石の岩屋からボチボチ宮之浦岳が伺える。
笹原と丸い巨岩のコントラストが屋久島ならではの景観だ。一息の登りで宮之浦岳。
やはり嬉しい。100名山の最後だったし、285/300名山でもある。
晴れ間からガスも湧き出し冷えてきた。長いは禁物だ。

やっと立てた。100座目で嬉しいが、次の山がまた見えてくる
次は永田岳。
これは大岩が突兀した山容でやや不気味な感じがする。頂もわかりづらく登山道から右に入り急登する。怖いがやはり大岩のてっぺんに立つ。そこからは下山する永田浜の海が見えるらしいが、残念だがガスが湧き乳白色の中に佇むだけだ。
暗い山道を降り鹿の鳴き声が増えると鹿之沢小屋だ。中には淀川小屋であったペンシルベニア州在住の日本の若者が一人。共に泊まろうかと朝方に話していたのだ。アメリカの地理を頭に入れて、私がアパラチアントレイルの話をしてみると「一緒にやりませんか。そのための歩きトレーニングをしています」という。3500kmのトレイルだ。踏破は深く考えていないので曖昧な返答しかできなかった。
そしてまた、小屋に泊まるのは止めた。やはり永田集落までの下山が長いからだ。この膝の疲れからもうひと踏ん張り歩かないと明日が苦しい。暗い道を沢でなく川の規模の渡渉を何回かやる。
桃平広場という小平地に幕を張る。時は15:30。今日もよく歩いた。
11/22
山の最終日は下山だけだ。しかしこれが長い。屋久島のでかさを体で実感できる。これでもかと下りやっと林道だ。
驚いたことにセミが鳴いている。そしてウミガメが産卵するという永田浜にたどり着いた。白浜の波打ち際で潮を舐める。塩味がうまいのだ。
計画からは実行して、こうして砂浜に一人立っている。何だか妙に嬉しい。
「やったよ屋久島。ありがとう屋久島……」何回も心の中で叫んでいた。

永田川流域と島民が言う奥山の峰々

永田浜にたどり着く。小さな山旅だが心に染み込んでいく
右奥が永田岳で長い下降だ。山と己に感謝である
日本100名山について(個人的雑感)
日本100名山は深田久弥氏の著書である。
読み込めばわかるだろうが、きつい表現だと100名山は未完成というか流動可変性を持っている。
氏は後書で、「主観で選択したもので妥当性はなく多くの意見を聞きたい。再版の機会があれば若干の山の差し替えをするつもりである(要約)」とある。くしくも67才で亡くなられたが、長命で山岳活動を続けていたらやはり改訂版は出たと思われる。
また最近では、NHK放映で中高年登山ブームを産んだ岩崎元郎氏の新100名山というものもある。各県に焦点を当てて身近な低山も含まれている。選定する見方は人それぞれだということだ。
私はもともと100名山の響きや特定した山を選ぶのに抵抗があったし今もある。
沢や岩や氷に雪山、山スキーを長く続けてきたが、基本、山のてっぺんに立つことが大好きである。それにより山行が充実するし、終止符を打つことによって後味がいい。それで数えてみると70座ほどは登れた。膝と腰がいかれてロープを担ぎ激しい山は難しくなってきた。
再任用で図書館勤務となり、300名山を詳しく見ることになる。数えて見れば150ちょいだ。しかも西日本は壊滅的に少ない。あまりに偏りすぎだ。小さな日本なのに、実はろくに山を登れていない自分がいた。完全退職を気に100も300も関係なく、400でも500でも気になるところは立ってみるというスタンスで全国を歩いてみようと相なった。63才になる年である。
蓋を開けて驚いた。なんとまあ良き山が多いことか。北の雪国から南の亜熱帯まで選り取り見取りだ。実に多種多彩な出で立ちの山があり、地勢水勢樹勢その他に変化が見られる。
全国を回り、いろいろな山好き達と出会い話し込んだ。一人や二人ではない。何であんなに関東周辺に多いのか?という。
例えば秩父だ。
そこには両神山、雲取山、甲武信岳、金峰山、瑞牆山の5座がある。全国の1/20である。
批判覚悟で言えば金峰山だけでいい。両神山は入っていいかもしれない。雲取山や甲武信岳はあまりに目立たず平凡だ。瑞牆山は小さすぎる。これなら群馬の妙義山の表と裏の数々の岩の景観の方が良いのではないか。
また、時代の流れとともに、文明や資本が入りすぎた山もどうなのだろうか。筑波山、霧ヶ峰、美ヶ原、伊吹山、それぞれ良い所は多々あるが、やはり公園化というか人工物が多すぎる。
個人的には、北海道では、カムイエクウチカウシ山、二ペソツ山、石狩岳、芦別岳は推しの山だ。
先の秩父山塊で言ったことに重なるが近い山々もある。しかし、それを差し引いてもなお貫禄、特徴、スケール感がすばらしい。
北海道は標高は高くはないが、空間が広く雄大で、本州と比し、山は野性味があり登降も手こずり、登山の本質がある。
中部では荒沢岳と鳥甲山。共に両翼を広げ、谷と岩壁の迫力が抜群だ。
岩菅山を上げる人も多いが私にはこの2座の方が特徴が強く見た目も好きである。九州では岩塔の景観が輝く大崩山である。一山塊の主峰でもあり、奥深さもあり文句なしだろう。由布岳も少し小さいが尖がりかたがよく、目立つ山だ。
今の100名山ブームにはオーバーユースの問題もある。山を観光名所の一つとして売り出しているわけだ。
特に可哀そうなほど山が傷んでいるのは、中国地方の大山と九州の韓国岳だ。
前者は山を守るために木の階段が敷き詰められ、後者は泥の斜面がえぐれにえぐれて、その間を階段が縫っている。人が多くて自然修復ができず登山そのものが破壊行為になっている。だから中には、俺の地元の○○山は最高にいい山だ。100名山に入らなくて良かったというのだ。自然のままで何年もそうであってほしいという。まったく同感だ。
勝手に書いているが、もちろん結論などはない。
寂しく悲しいのは名前だけが先行して100名山ありきで山を登っている人達だ。なぜかは、それ以外の山は見向きもしない人達をたくさん見てきたからだ。
ただそうは言っても明確な意志がない限り何年登山をしていても全山登頂にはつながらない。仕事や家庭で時間がない、登山の魅力に晩年になってはまったなど、人それぞれの山がある。最短ルートで山を楽しもうが他人がとやかく言うことではない。
山は速い遅いの時間的な競争もなく、体力グレードや岩グレードで優劣をつけるものでもない。そう考えると、堂々巡りをしてしまい、寂しく悲しいのは自分だけなのかもしれない。
あまり考えず、やはり笑顔で登りたい。
これからも登って登って登りまくって、疲れまくり、昼は握り飯、夜は酒を喰らう。
そんな山旅を続けていきたい。