西上州裏妙義/木戸壁右カンテ
期日:2011年10月16日
メンバー:渡辺、大部
幽ノ沢右股リンネに行く予定であったが、前日の雨および当日午前の予報の悪さから無理と判断。しかし湯檜曽流域の沢はなんかメジャーで嫌だな…ということで前から気になっていた木戸壁へ。調べてみると電車&歩きでも十二分に許容範囲。問題はヤツらだ。2009年8月に巡視路コースから丁須の頭に登った時、それはもう、何百何千というヒルどもが鎌首をもたげて我々に突撃してきた。そのように蛭たちに集られ(そう、「タカる」とは漢字では「集る」と書くのだ!)、以来ヒルの出ると言われる地域には恐れを抱くようになってしまった。同じ8月にオジカ沢に行った時、メンバー全員が丁須の頭で集られた記憶が新しかったので、ヤマビルファイターだか昼下がりのジョニーだかでもういいだろうというくらいスパッツと靴下を薬着けにして完全武装し、テントの周りには持ち上げた約1kgの盛り塩でバリケードを築いた。それほど恐怖だったのだ。とにかくヒルが怖かったのだが、「まあ10月だしそんなにいないだろ…」と大部に同意を求めると、「10月ならまだ出るんじゃないですか」とつれない返事。まあ岩に入ってしまえばいくらなんでも出ないだろう。そう高をくくって横川へ向かった。
10月16日
曇りのち晴れ
横川駅7:00ごろ→国民宿舎裏妙義9:00ごろ→取り付き11:00→松の木テラス12:15ごろ→4P目終了点13:20→6P目終了点14:40→(同ルート下降)→取り付き17:20ごろ→国民宿舎→ホルモン賢ちゃん18:40ごろ→横川駅19:51
池袋のアパートを出た時点では小雨であったが、横川に着く頃には安定してきた。
駅を出て、国道に出てから看板に従い林道へ。大部がつい先日まで遠征していたインドネシア話を聞きながら歩く。沢もそれなりの成果があったみたいだが、ともかく友達がたくさん出来たのが今後の大部にとってプラスになると思うが、悪友も随分増えたようだ。中でも一日3回アレをナニする男の話は強烈であった。
他にも、
インドネシアの学生「おい、今でも忍者ってのはいるのか?」
大部「実は俺のおじいちゃんが忍者なんだよ。これ、秘密だぜ」
インドネシアの学生「マジで?(ちょっと信じてしまっている)」
結局、海外に行っても日本にいる時と同じ事するわけで、「旅が人を変える」っては嘘だな、と思った。あ、でもしっかりヤニ男になって山頂でも吸ってました。
まあそれは置いておいて、いよいよ国民宿舎裏妙義に到着。ここで沢靴(大部は沢タビ)に履き替え、ヤマビルファイターでコーティング。ドキドキしながら山道へ入るが、2年前には林道の時点で既に何匹も出てきていたのに、今回は全然出てこない。もちろん「さみしい」なんてことはなくて超うれしいのだが。登山道に入ると、速攻で両岸岩壁となり、どこが木戸前ルンゼでどこが木戸壁なのか全く分からない。しばらく登ると複雑に沢が出合う地形となり、「ああここが木戸ルンゼ出合いか」と判断。戻りながら「アレか?」「コレか?」と探す。よく見ると、とんでもないところに結構FIXが残っており、「ヒマラヤを目指した群馬の岳人たちの、情熱の燃えカスか…」とそれなりに感慨深い(とこの時はおもったが、今にして考えると単純に下降で回収不能になりぶった切ったのかも)。
2011年時点ではこのあたりには2つ鎖場があるのだが、国民宿舎側から見て1つ目の鎖場より下側を捜索していると、ものすごい岩屋というか洞窟状を発見し、その上部岩壁はなんとなく大系の記述に似ている。「しかし普通、こんな岩屋があったら書くよなあ…」と思ったが、岩屋を除けば、ほぼ大系の記述どおりだ。おまけに木戸前ルンゼ側のカンテラインには立派なハンガーボルトまで発見してしまった。まあ多分これで間違いないだろう。結局1時間半くらい探してしまった。
(※岳人2011年3月号に整備の記録があったらしい…)
以下、グレードは体感、長さは大体です。
<1P目> ナベ 40m V+
出だしでボルトを見つけて「ひょっとしたら…」と思ったが、予想通りハンガーボルトがベタうちされている。よって、ハンガーボルトをひたすら追いかけるだけ。下部は苔&草が多い(のでちょっと怖い)が上部は誠にすっきりした壁となる。ホールドは全部ガバで、この辺りにしては岩はそこそこ固いし、傾斜も緩いため楽勝だが、たまにホールドが欠けるので油断はならない。初登と同じように登ったら相当恐ろしいだろうが、何しろハンガーボルトがこれでもかというくらい打ってあるので緊張感ゼロである。上に見えてる松の木まで届くかなと思ったらギリ届かなそうだったので、ボルトが近いところでピッチを切り、上のボルトからスリングで伸ばしてビレイ点を作成。
<2P目> 大部 30m W
出だしがちょっと手ごわい。ここもボルトに従って登る。すぐそこに見えている松の木が結構遠かった。松の木の左奥のビレイ点でビレイ。
<3P目> ナベ 25m W+
出だし、左の方が簡単そうだったが、ボルトがよく見たら右にあったので右へ。ワンポイントがちょっと難しい。
カンテ登りとなり高度感や景色は最高。使えない(カムが入らない)凹角の左フェースを上り、ビレイ点があったので早めにピッチを切る。
<4P目> 大部 25m V+
上部の城塞状めがけて、ボルトに従い登る。ここも景色が最高。
<5P目> ナベ 25m W-
ここからはハンガーボルトは無くなり、本チャンの世界。おそらく同ルート下降を考えるとここでルートを終えたほうが楽、と整備者は思ったのだろう。そういう「オイシイ部分だけ登る」っちゅーのは、色々意見があると思う。スポートクライミングならばここで終了はありなんだろうが、少なくとも木戸壁に来る人間は「山登りとしてのクライミング」を求めているわけで、すぐそこが国民宿舎というロケーションを考えると「もうちょっと頑張った方がええんじゃないの?」って思ったので、初登と同じく城塞ハングを避けて左トラバースし、樹林を越えて、腐れた草付き凹角を登る。精神的にはここが核心。ステミング、膝で草つきにマントルなど多彩な内容(笑)。
<6P目> ナベ 20m V+〜W-
目の前にはさらにヘッドウォールというか小岩峰がある。左のルンゼから簡単に登れそうだが、腐れたルンゼは全く意欲が湧かない。しかしこれを登らずに帰るなら、さっきのピッチで帰っても同じなわけで…ということで、3本ある凹角の真ん中をナベがリード。
フリクションを生かしてズリ上がっていくと、素晴らしいナイフリッジとなる。右側は軽く100mは切れ落ちており高度感抜群(ただし左手はちょっと下が木の生えたルンゼですが…)。ナイフリッジどん詰まりで木の枝を使ってビレイ。ランニングは、途中でもげそうなノブに1箇所タイオフできただけ。ナイフリッジの先は稜線であるが、実は稜線上にさらに5mくらいのピークがあってそっちがリアル終了点に思われた。でもまあ、さすがにめんどくさいしアレに登ったら降りれなさそうだったのでここで終了とする。
ナイフリッジに二人並んで座り、食ったりヤニふかしたり。眺めは最高で、無理やりザイル伸ばして良かったな〜と心底思った。大部はリードしてないので満足できなかったのではないか?とたずねると、
「日本語が通じるパートナーと岩登れて幸せです」とのこと。のんびりしてから下降開始。5P目の凹角取り付きまでシングルで2発懸垂し、そこからフリーでトラバースして4P目終了点へ。ここでスケベ心を出してダブルで懸垂したのが大間違いだった。案の定引っかかり登り返す羽目に…約2時間ロス。同ルート下降ならシングルで降りたほうがいいです、このルート。なにしろフリクション抜群なので簡単に引っかかります…登りの途中で妙にピッチが短かったり変なところにビレイ点があったりしたのは、シングル懸垂前提だからでしょう。
取り付きで身繕いし始めると次第に日が落ち始め、国民宿舎に着く頃にはヘッドランプが必要となった。腹が減っていたので、国道へ渡る橋の手前(裏妙義側)にある「ホルモン賢ちゃん」なる店(外見は小洒落ている)に入ると…
いきなり2人くらい椅子で寝ている。その奥で職人風の男性が3人くらいで飲んだくれている。
ナベ「あのう…やってます?」
思わずそう声を出してしまうくらいの雰囲気だったが、寝ていた人のうちの1人が起きて、カウンターにいる、エプロンを着た爺さんを差し置いて、「どうぞどうぞ!」と招き入れる。酔っ払った常連が店員ヅラしてるとか、痛いなあ…
そう思っていたら、起きたオッサンがエプロンの爺さんに指図し始めた。なんと、さっきまで寝ていた酔っ払いのおっさんの方がオーナーらしい。相模湖の「まぐろとんかつ」で、水の入ったペットボトルをドンとを出されても問題なく対応した俺も、これにはたじろいだ。大体いつまで経ってもメニューが出てこない。大将とエプロンの爺さんが探しているのだが出てこないようで、しまいには大将が「ウチはホルモンの店です!他にもあるけどホルモンを頼んでください!」みたいな事を言い出した。呂律が回っていない。多分他のメニューを思い出せない(飲みすぎて)のでホルモンを頼めと言う事なのだろう。俺は、「値段を聞かないと頼めないです」と果敢に抵抗。普通(というか安い)値段だったので、「じゃあそれ2つ、定食で。あと生2つ」と頼んだ。先に出てきた汁物がインスタント感100%でいよいよヤバイと感じたが、その後出てきたホルモンは至ってマトモ、というかむしろ旨い部類。
その後、追加で鶏肉を頼んだら、「サービスします!」ともう1皿出てきて、「今試作を作っているメニューがある」と、ものすごく大きいシイタケの焼き物が出てきた。このシイタケ、噛むとまるで肉汁のようなシイタケ汁が出てきて滅茶苦茶旨い。旨い旨い言ってたら、酔いどれオーナーに「そこに生産者がいます」と言われ、見ると奥で飲んだくれていた3人のうちの1人だった。しまいにはその方に「マスター、兄さん達にお土産持たせて!」と、大きすぎて調理しづらいという超ジャンボシイタケをいただいてしまった。
こうして、駄目押しとも言えると〜ってもディープなエピソードを頂き、なんだかんだで大満足なのであった。大部、サンクス!
<総論>
あのエボエボ以上にボルト本数が多く、しかもボルトはエボエボと違って、ステンレスオールアンカー(M10)+フィクス社のスチールハンガーなので、いくら岩が多少脆いといっても全然怖くなかった。頑張ってランナウトで初登した人々への冒涜ともいえるが、この大量のボルトがなければ我々も再登は不可能だったわけで、えらそうなことはいえない。
しかし、ムーブとしてはWの域を出ないためスポーツとしては甚だ低レベルであり、冒険性も皆無。しかも整備者の意図通りにのぼるなら、壁の途中で終了してしまい上にも抜けれないため山登りですらない。
これを登るなら、越沢登るなりジムに行くなりハイキングした方が身になるだろうが、初登のエッセンスを感じつつ、この素晴らしい景色を眺めるための、垂直のハイキングルートと割り切れるならば、登る価値はあるだろう。その際には、4P目で終わるのではなく、上まで抜ける事をオススメしたい。
ちなみに日当たりがいいので、風さえなければ真冬でも登れると思う。
下山飯はホルモン賢ちゃんで決まり!ぜひ西上州人のディープな世界を堪能して欲しい。冗談抜き肉もにシイタケも旨かった。
<必要ギア>
・50mシングルロープ1本(できれば60mの方が安心。50mだと下降でギリギリになるところがあり、仮にセンターマークが入っていない場合はちょっと危険。我々はダブルロープで行ったがこんがらがるだけなのでシングルの方がいい)・ヌンチャク12本くらい(カムは持っていったが使えないし使う必要も無い)・スリング長短各2くらいあとは捨て縄、捨てビナ、ナイフくらいなもんか(終了点はハンガーボルトにごんぶとスリング+シャックルで、シャックルが小さすぎて使う気にならない)
1P目をフォローする大部
2P目をリードする大部
右側に展開する木戸前ルンゼ。側壁はすごいが谷底は普通そうに見える。
3P目をフォローする大部
4P目をリードする大部。
6P目。真ん中の凹角を登った。
6P目ラストのナイフリッジ。景色が最高。
ナイフリッジに腰掛けて勝利の一服。
ルート図
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